EVER GREEN

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第十章「真実(ほんとうのこと)」

No,12 ただいま

 カッコ悪いとかダサいとか、みっともないとか。そんなこと、どうでもよかった。
 一旦はずれてしまった堰(せき)は、簡単にはもどってくれない。ただ、すがりついて。たくさん泣いた。哭いた。
 泣いて、泣いて。泣きまくって。
「すみませんでした!!」
 土下座した。
 わかってる。みなまで言うな。カッコ悪いのは百も承知だって。へたれてるのも承知の上だ。
 けど、悪いと思ったら謝っとくべきだろう。男は潔さが肝心だ。
「その……ごめん」
 土下座する天使ってのも、そう滅多にお目にかかれるもんじゃないかもしれない。いや、それが自分ってのも納得いかないけど。
 時の城に単身でやってきたシェリア。俺を見つけて名前を呼んで。けど、そんな公女様に俺はひどいことをした。いくら自暴自棄だったからとはいえ、あれはないだろう。あの時セイルがいなかったら、間違いなくとんでもないことになってただろう。
「ほんと、ごめん」
 今回ばかりはあいつの言い分が正しい。まったくもって、その通りだ。
『好きな女の子に乱暴するなんて愚の極みだろ。臆病より、よっぽどたちが悪いね』
 明らかに拒絶の反応を見せたシェリア。そりゃあ、よほどのことがない限り、あんなことを受け入れる奴はいないだろう。確かに、あの時はヤケになってた。けど、そうしたかったという願望もあった。
 大沢昇、十五歳。そりゃ人並みの、男としての願望はあるけど。人並みの理性もある、と思う。……たぶん。
 公女様の声はない。
「……シェリア?」
「その羽って本物?」
 顔を上げると、ひどく真面目な顔をした公女様がいた。
「偽物つけててもしょーがないだろ……痛てて!」
 真顔で翼を引っ張られた。
「あ、やっぱり本物なんだ」
 偽物だと思ってたのか。趣味でつけてたらマジで痛いぞ。色々な意味で。
「じゃあ、こっちは?」
 再び白い手が伸びる。
 伸びた先にあるものは。
「そっちはやめろーーーー!」
 しっかりつかまれた。あまつさえ、もみくちゃにされた。
 抵抗しても、シェリアはいっこうにやめようとしない。
「そうよね。天使様は人の気持ちなんか、まったく関係ないのよね」
 笑顔で、でも瞳の奥は笑っていない。それはまるで、ここにはいない金髪碧眼の某師匠のようで。
 公女様は怒ってた。
「そうよね。人の貞操なんて、あなたにはどうでもいい――」
「どうぞ思う存分お触りください」
 めちゃくちゃ怒ってた。
 会話だけ聞くと、もしかしなくてもアレな内容にとれる。けど実際は、髪を勝手気ままにいじくりまわされている。
「昇の髪って綺麗だったのね。女装が似合ってたのもうなずけるかも」
 少しも嬉しくないことを言われ、憮然とするも我慢する。今までのことに比べたら軽いもんだろう。たぶん。
 髪をすかれ、三つ編みにされた。かと思ったら、ほどかれてまた梳かれる。着せ替え人形ってこんな気分なんだろうか。だったら俺は、今後つつしんで辞退させていただく。
「前から聞きたかったんだけど」
 今度は何ですか。
「どうして、そんなに髪の毛気にしてるの?」
「え」

 ぶちっ。

 抜けた。
「ひっぱるな!!」
「えーと、大丈夫よ。ほんの二、三本だし」
 『ぶちっ』だったぞ。『ぷちっ』じゃなかったぞ。それになんだよ。その額に浮かぶ汗は。もし元にもどった時ひどかったらどうしてくれるんだ。
 視線に気づいたんだろう。シェリアはしゅんと肩を落とした。
「ごめんなさい。この年でハゲたら大変よね」
「ハゲてないっ!」
 言っておくが、俺は別にハゲてるというわけじゃない。髪だって、ぜんぜん全くこれっぽっちも薄くなんかなってない。ほんの少しだけ。本当にごくわずかだけ心をくだいてるだけだ。気になんかまったくしてない。親にされたしうちがトラウマになってるなんてこと、まったくもってない。
 それよりも。
 咳払いをすると、公女様に向きなおる。
「あのさ、さっき言ってたのってホント?」
「さっき?」
「その、……あの時のがまりいじゃなくて、お前だったってこと」
「聞こえてたの?」
「えーと、その……うん」
 そこらへんからは、なぜかしっかり聞こえてた。数ヶ月前に事故でキスして。あの時は、まりいだと思ってたけど、よくよく考えてみれば姉貴にしては不自然だった。あくまで自然体だった姉貴と、妙によそよそしくなったシェリア。あの一件の主が公女様だったと想定すると、確かにつじつまが合う。
『知ってた? オレ、男だよ』
 言った。
『椎名はさ、あいつのことどう想ってるの? オレは椎名のこと――』
 言ったとも。
 真顔で。抱きしめて。姉貴に伝えるはずだった気持ちをこいつに言った。しかも本気で。大マジで。
「ノボル?」
「いや。ちょっと過去の自分をぶんなぐりたい衝動にかられて」
 ……俺は、一体どこまでへたれていれば気がすむんだろう。
「責任取らないといけないんだよな?」
「あ、あれはちょっと口から出まかせで――」
 事故とはいえ、やってしまったのは事実だ。ここは男らしく責任をとるべきなんだろう。責任ってからには。ここはスタンダードに、どこか殴られたりするんだろーか。
 さっきの一撃はかなり効いていた。男だとか女だとかそういう問題じゃない。マジで痛かった。けど、けじめはちゃんとつけておくべきだ。
 覚悟を決めて次の言葉を待つと、シェリアは厳かに口を開いた。
「じゃあ」
「じゃあ?」
「クレープ作って」
「……は?」
 わけがわからず眉をひそめると、公女様は続きを言う。
「だから、クレープ。『あづみ堂』に負けなくらいとびっきりおいしいの」
 あづみ堂ってのは、空都(クート)にある洋菓子屋。甘党でない俺をうならせるほど、なかなかの絶品だった。そんな昔のこと、よく覚えてたな。っつーか、あれ追い抜くって、そうとう苦労するんですけど。
「そうとう時間かかるぞ?」
「わかってるわよ。アタシがずっと側にいて採点するから。覚悟しなさいよ?」
「太るぞ?」
「うっ。それは……」
「はいはい。わかりました」
 降参のポーズをとった後、うやうやしく礼の形をとる。
「ちょっ……昇?」
「なんなりと私めにお申しつけください公女様。私はあなたの忠実なる騎士ですから」
 意図するものがわかったんだろう。一瞬目をしばたかせた後、公女様はおごそかに言った。
「我が騎士よ。わたくしと一緒にいてください。できれば……ずっと」
「仰せのままに」
 肩膝をついて公女様の右手に唇を寄せる。これで儀式は完了。
 雪の砂漠に静寂が宿ること数分。
「顔が真っ赤ですわよ? 騎士様」
「るせーっ! こっちはハズいの我慢して言ってんだ!!」
 シェリアの含み笑いに思わずどなりつける。この状況かつ、この格好でなけりゃ間違いなく言わなかった。ただでさえ鳥肌ものなんだぞ? これ以上どうしろってんだ。追加注文されても絶対無理だぞ?
 けれど、公女様からの次の発言はなかった。
「……シェリア?」
「……よかった」
「は?」
 立ち上がって相手の顔をまじまじと見つめて――固まる。
「よかった。昇が無事で」
 シェリアは泣いていた。
「えーと、その」
「心配したんだから。アタシ……っ」
「…………」
 それは、ごく自然のことだった。
 静かに。ただ静かに時は流れる。
 力をこめればすぐにでも折れてしまいそうな細い体。そうだ。あれはシェリアだったんだ。
 どちらともなく目をつぶり、口付けが交わ――
「……あ」
 されることはなかった。よって、続きはなし。終了。
 何だよ。せっかくいいところなのに。ここまでもってきといて何もなしかよ。俺、まったくもっていいところないんですけど。
「髪。元に戻ってる」
「へ? マジ!?」
「マジ」
 慌てて頭に触れると、確かに髪は短くなっていた。
 できることなら今すぐ鏡で確認したい。じゃないと、俺のこれからの日常生活にかかわる。
「短くなっちゃったのね。あのままでもよかったのに」
「冗談! あんななりで外歩けるかっての」
「それもそうね」
 くすくす笑った後、シェリアはふいに目を細める。
「日はまた昇る」
「へ?」
「あなたのお母様が言ってたじゃない。いい名前よね」
「普通の名前だと思うけど」
「でも、アタシは好き。昇のお母様って、本当にいい人だったのね」
「……うん」
 本当に、いい人だった。大好きだった。大切な人だった。
 その大切な人を、俺は――
「また変なこと考えてるんでしょ?」
 顔をのぞきこまれ、言葉につまる。
「なわけないって」
「ダメよ。バレバレなんだから」
 即行で否定された。しかも正しかった。どうやら、本当にこいつにはバレバレらしい。
 ま、考えてみれば確かにそうだよな。こいつの前でカッコいいところなんてほとんどなかった。
 初対面では毛布をひっぺがされて。護衛役になってからはいいようにこき使われて。霧海(ムカイ)に行った時は、無理矢理女装させられて。って、本気でカッコ悪いな。俺。
 けど、逆を言えば見ていてくれた。弱くて、ダサくて、みっともない俺を。
『どうか、帰ってきてください。あなたが必要なんです』
 声は確かに伝わった。聞こえたんだ。そして、嬉しかった。
「あの時」
 両手で顔を覆い、何度目になるかわからない弱音を吐く。
「あの時の母さん、笑ってたんだ」
 まぶたの奥に映るのは五年前の光景。
「痛いはずなのに。辛いはずなのに。けど、笑ってたんだ」
 俺を突き飛ばして、車にはねられて。痛くないはずがない。辛くないはずがない。なのに、笑ってた。
 最後にのばされた手。母さんは、あの時何を伝えたかったんだろう。俺は、その時の気持ちに報いることができてるんだろうか。
 ふいに、両手をつかまれる。
「シェリア?」
「あなた、本気でわかってないの?」
 視界に映ったのは呆れ顔の公女様の顔だった。
「何を」
 目をこれでもかってくらい大きく見開くと、同時に盛大なため息をつく。
「もういい。自分で気づきなさい」
 気づけって何を。
 聞こうと思ったけど訊けなかった。顔が心なしか怒ってるように見えたから。どうやら、ここから先は自分で考えるしかなさそうだ。
「さて、と」
 勢いよく立ち上がり、服のほこりを払う。
「帰るの?」
「そのために来てくれたんだろ?」
 そう言うと、公女様は顔を赤らめてうなずいた。
「問題は山積みだよなー」
 こっちの顔が赤いのは、あえて気にしないことにしておく。っつーか、自覚したら負けだ。おさえが効かなくなる。
 今頃、地球はどうなってるかとか。これから向かう場所だとか。確かめなければならないこととか。
 本気で問題は山積みだ。だけど。
「その時はその時。また考える。ま、――」
『なんとかなるさ』
「でしょ?」
「だな」
 お互い顔を見せ合うと笑った。


 ――ただいま。そして、ありがとう。
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