EVER GREEN

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第十章「真実(ほんとうのこと)」

No,0 プロローグ

 全ては一瞬だった。
 気がついたら突き飛ばされていた。
 耳に届いたのは鈍い音。そして。

 壊れるのは簡単で。組み立てるのは難しくて。
 なくしたときに気づくんだ。自分がどれほどたくさんのものに守られていたかを。
 どれだけ、その存在が大きかったかを。
「の、ぼる……」
 視界に映ったのは大切な人の変わり果てた姿。
 何が起こったのかわからなかった。考えたくもなかった。でも、目の前にあるのはまぎれもない現実で。
「う……」
 泣き喚くことができたらどんなによかっただろう。けど、できなかった。
 ただ覚えているのは一つの事実。
 こんな命の瀬戸際に、あの人は笑顔で。
 そして。
「母さん!」
 そして――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 初めから一目惚れだった。
 滅びを望んでいたはずなのに、現れたのは黒髪の女。
 喧嘩(けんか)ばかりしていた。心の底から気にくわなかったから。すべてを滅ぼせば全てが終わる。
 終わるはず、だったのに。
「ものごとはそう、うまくはいかないものですね」
 独白に妹は不思議そうな顔をした。
 本当にそうだ。なぜこうもうまくいかないのだろう。気づきたくもないものに無理矢理気づかされて。ふたをしていたものを無理矢理こじあけられて。気づいた時には全てが手遅れだった。
 違う。一握りの希望に身を任せていただけだ。
『あんたが少しでも未来を信じようって気があるのなら――』
 愚かしいにもほどがある。だが、この現状はどうだ。
 突き放すことならいつでもできた。見放すことだってできた。そもそも彼女は強制すらしていない。
 封じる者と封じられる者。
 時を止めた者と歩みを進めた者。
 一体どちらが幸せなのだろう。あの選択は本当に正しかったのか。過去を嘆いても答えは出ない。出ないはずなのに。
 旅人は前触れもなくやってきた。違う。自らの意思でやってきたのだ。周りのことなどお構いなしに。何の悩みも苦しみもなさそうな間抜け面で。
 情緒も何もあったものではない。五年越しの再会はひどくこっけいで、拍子抜けするほどあっけないものだった。
『答えを出す時がきたようです』
 胸中で一人苦笑すると視線を移す。この子にも知る権利がある。こんな俺を慕って着いてきてくれたのだから。
 本を閉じると妹に全てを告げることにした。

 ――空(クー)、お前は今、何処にいる?

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 全てをなくしてしまえばいい。
 嬉しいことも、悲しいことも全部。
 心をなくしてしまえば、人形になれば全ては終わる。だから、こんなもの捨ててしまおう。

 あの頃は、本気でそう思っていた。
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