第十章「真実(ほんとうのこと)」
No,0 プロローグ
全ては一瞬だった。
気がついたら突き飛ばされていた。
耳に届いたのは鈍い音。そして。
壊れるのは簡単で。組み立てるのは難しくて。
なくしたときに気づくんだ。自分がどれほどたくさんのものに守られていたかを。
どれだけ、その存在が大きかったかを。
「の、ぼる……」
視界に映ったのは大切な人の変わり果てた姿。
何が起こったのかわからなかった。考えたくもなかった。でも、目の前にあるのはまぎれもない現実で。
「う……」
泣き喚くことができたらどんなによかっただろう。けど、できなかった。
ただ覚えているのは一つの事実。
こんな命の瀬戸際に、あの人は笑顔で。
そして。
「母さん!」
そして――
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初めから一目惚れだった。
滅びを望んでいたはずなのに、現れたのは黒髪の女。
喧嘩(けんか)ばかりしていた。心の底から気にくわなかったから。すべてを滅ぼせば全てが終わる。
終わるはず、だったのに。
「ものごとはそう、うまくはいかないものですね」
独白に妹は不思議そうな顔をした。
本当にそうだ。なぜこうもうまくいかないのだろう。気づきたくもないものに無理矢理気づかされて。ふたをしていたものを無理矢理こじあけられて。気づいた時には全てが手遅れだった。
違う。一握りの希望に身を任せていただけだ。
『あんたが少しでも未来を信じようって気があるのなら――』
愚かしいにもほどがある。だが、この現状はどうだ。
突き放すことならいつでもできた。見放すことだってできた。そもそも彼女は強制すらしていない。
封じる者と封じられる者。
時を止めた者と歩みを進めた者。
一体どちらが幸せなのだろう。あの選択は本当に正しかったのか。過去を嘆いても答えは出ない。出ないはずなのに。
旅人は前触れもなくやってきた。違う。自らの意思でやってきたのだ。周りのことなどお構いなしに。何の悩みも苦しみもなさそうな間抜け面で。
情緒も何もあったものではない。五年越しの再会はひどくこっけいで、拍子抜けするほどあっけないものだった。
『答えを出す時がきたようです』
胸中で一人苦笑すると視線を移す。この子にも知る権利がある。こんな俺を慕って着いてきてくれたのだから。
本を閉じると妹に全てを告げることにした。
――空(クー)、お前は今、何処にいる?
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全てをなくしてしまえばいい。
嬉しいことも、悲しいことも全部。
心をなくしてしまえば、人形になれば全ては終わる。だから、こんなもの捨ててしまおう。
あの頃は、本気でそう思っていた。