EVER GREEN

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第一章「出会いと旅立ち」

No,3 ある午後、保健室? でのお話

「いてて……」
 文字通り顔が痛い。さっきボールをもろにくらったからだ。
 あいつら手加減ってものをしらんのか。あとで絶対とっちめてやる。
「痛っ!」
 にしても本当に痛い。
「気がついたようですよ」
「え、ほんと?」
 男と女の声。先生か?
「もしもーし、起きてます?」
 この際だからもう少し寝たふりしとこ。
「ねえ、起きてるんでしょ?」
 女が体をゆさぶるもあえて目をつぶったまま動かない。
「起きてって」
 しつこい先生だな。いつもサボってるわけじゃないんだからたまには見逃してくれたっていーじゃん。
 たぬき寝入りをきめこんでいると足音が遠ざかっていった。よかった、あきらめてくれたみたいだ。
 そう思ったのがまずかった。
「忠告したからね」
 そう言うやいなや、毛布をおもいっきしひっぺがす。んでもってオレは勢いあまって床へまっさかさま。
「いってぇーーっ!」
 床は固く、ピカピカに磨かれていて。要約すると、痛かった。
「なんだ。やっぱり起きてるじゃない」
「いきなり床に突き落とすことはないだろ!」
「それはたまたま。ちゃんと忠告したって言ったでしょ?」
 くーっ。なんて女だ。
「アンタそれでも先生――」
 言いかけて、止まる。なぜなら先生の容姿が普通のそれと異なっていたから。
 金髪に明るい茶色の目。染めてるにしては綺麗すぎだし、目は先生にしては好奇心があふれだしすぎている。……変な格好。まるで……?
「どーかしたの?」
 女が心配そうな顔をする。
「あのー」
「何?」
「それ、ヅラ?」
「はぁ? 何言ってるのよ。この年でカツラをかぶるような女の子がいる?」
 だよな。
 だったら一体これはどーいうことなんでしょうか。
「あなた庭で倒れてたのよ。感謝してよね。もし見つけたのがアタシじゃなかったら今頃大騒ぎよ」
「……ありがとうございます」
 状況がつかめぬまま、促されるままに礼を言う。
「顔もちゃんと冷やしてあげたから。腫れたままじゃカッコ悪いものね」
「それはどーも」
 足元にはぬれたタオルがあった。さっきたたき起こされた時に落としたんだろう。
「なーんてね。本当はアタシの連れがたまたま見つけたんだ」
 そう言って舌をペロリ。
 なら威張るなよ。
 そう言いたいところをかろうじてこらえる。今はそれどころじゃない。何か根本的な部分が間違ってるような気がする。
 もう一回頭の中を整理してみよう。寝ていたのは大きなベッド。大きな窓に広くて豪華な部屋。目の前にいる女――女子だろう。容姿はどうであれ、見た目はオレと同じ年くらいに見える――はどう見ても日本人じゃない。そのわりにはしっかり日本語だったけど。
 結論。ここは保健室――じゃない……!?
「大丈夫?」
 よっぽど間抜けな顔をしてたのか目の前の外国人が再び心配そうにこっちを覗きこむ。
「あの」
「何?」
「ここ……どこ?」
 我ながら間抜けな質問だと思う。でもこれが、ここに来て初めての彼女との会話だった。
「ここはここよ。それしか答えようがないじゃない」
 わかるようなわからないような答えが返ってきた。
「そう……ですよねぇ」
 でもここはあきらかに保健室じゃない。かといって学校でもないだろう。もしかして今日から通うことになった留学生? なんて都合のいいことも考えたけど……絶対違う。
 本当にここは一体――
「あなた変わった格好してるわよね。特に髪と瞳。黒い髪なら見たことあるけど黒い瞳なんて初めて。あなた外国の人なんでしょう?」
 明るい茶色の目がくるくると元気よく動いている。
「はぁ」
 外国? 外国から来たのはそっちだろ?
 ……まてよ。むこうにとっておれが外国人なら、それこそここは――
「思い出すなぁ。一年前。まるで――」
「もうおよしなさい。困っているでしょう?」
 ふとまとまりかけたある考えが、その人物の声によって中断される。
「もう大丈夫みたいですね。顔の腫れもひいてきたみたいですし」
 そーいえば、はじめに聞いたのは男と女の声だった。
 こっちは金髪碧眼のちゃんとした大人の男。人のよさそうな顔だちをしている。色白かつ長身(180くらいありそうだ)からして典型的な外国人だ。
 そのわりには日本語うまいな。さっきの女子もだけど。
「……あなたは?」
「あなたの第一発見者ですね。この方をお探ししているときに偶然見つけたんです。庭に転がっていたものですから危うく踏みつけるところでした」
 この方、女子の方を指差して言う。
「ははは……」
 踏みつけられなくてよかった。
 話し口調からして彼女の保護者かなんかかな。
「行き倒れなんて今時珍しいですね。しかも人様の庭に。……失礼ですが、あなたのご出身は?」
「……は?」
「どこから来たのかと訊ねているんです。あなたが泥棒という可能性もありますから」
 本気で失礼だな。それに、なんかえらい言われよううだし。
「ここまで運んでもらったのは感謝しますけど、そう唐突にいわれて答える義理なんて――」
「ご出身は?」
 人好きのしそうな笑みで同じことを言う。
「…………」
 ヤロー。
「榊町(さかきまち)東区3丁目22−5」
「……質問を変えます。あなたの祖国は?」
「……日本です」
「ニホン?」
 女子がおうむがえしに聞く。
「珍しい名前ね。知ってる? ア――ふがっ!」
「ニホン――日本ですか?」
 女の口を手でふさぎながら、男が驚いたような声を上げる。
「それは地球にある島国の名前ですか?」
「う、うん」
 勢いに圧倒され、こくこくとうなずく。にしても地球の島国って大げさな。
「日本……」
「あのー?」
「…………」
「ううーー」
 腕の中で女がなにやらうめいているがそれは無視。
「ということは……」
「あのー。こっちからも質問ですけど、ここってどこなんですか?」
「…………」
「うううううーーーー」
「あのー」
「…………」
 話を聞けよ。
「あのっっ!!」
「はい?」
「手、放してあげたほうがいいんじゃ」
 さすがに抵抗する力もなくなったのか、男の腕の中で女子がぐったりしていた。
「これは失礼」
 手を放すと女がばったりと倒れる。あれだけ息を止められてたんだ、しばらくはしゃべれないだろーな。
「何するのよ! 息が止まるところだったじゃない!」
 ――でもないか。でも男はそれを無視して話を続ける。
「わかりました。お教えしますからあちらを向いてください」
「なんで――」
「向いてください」
「…………」
 驚いた表情を元に戻し、親切そうな笑みを浮かべながらさっきと似たようなことを言ってくる。だんだん、この笑顔がうさんくさいものに思えてきた。
 わかったよ。向けばいいんだろ!?
「そうそう。できれば目もつぶってください」
 こいつは……。
「これでいいんでしょ?」
 半ばやけくそで目をつぶる。……やっぱりあれはエセ笑顔だったんだ。
「もう少しで元の居場所に戻れますから。少し痛いかもしれませんが我慢してください」
 痛い?
「それってどういう……」
「ちょっと、何するの!?」
 オレの声と女のこえがハモる。
「へ?」
 悲鳴じみた声に思わず振り向いたその時。
 ゴンッ!
 何かが後頭部を直撃。当然オレは意識を失った。

《シーナという人にあったら伝えてください。
『時を紡ぐ旅人が現れた。水のかけらをその人に渡してください』と》

 何が『時を紡ぐ』だよ。わけわかんねーよ。
 顔面の次は後頭部か? これじゃそのうち頭がつぶれるぞ。
「おーい大丈夫かー?」
「大丈夫なわけねーだろ!」
 ガバッ。
「いててて……」
「ほら言わんこっちゃない。もう少し寝てろ」
「坂井?」
「だから悪かったって。そうむきになるなよ」
 目の前にいるのは確かに坂井だった。金髪の女でも、人のよさそうな顔をして人を殴った外国人の男でもなく坂井。
「どうした? さっきからぼーっとしてっぞ」
「寝ぼけてんだよ。……ところで坂井」
「ん?」
「なんでここにいるんだ? 昼休みとっくにすぎてるだろ」
「昇くんが心配でこうして付き添ってやってたんだよ。うーん、オレってなんて優しい」
 やっぱり最後の付き添い発言はお前だったか。
「……ついでにもうひとつ聞くけど、お前オレがここで寝てる間何かした? 頭殴ったとか」
「なんでそんなことしなきゃなんねーんだよ」
「そーだよな。悪い。今の忘れて」
 やっぱあれはオレの思い過ごしか。
「まあ、しいて言うなら」
「言うなら?」
 坂井は細めの目をさらに細めてこう言った。
「耳元で子守唄歌ってやった。よく眠れたろ?」
「悪夢にうなされたわっ!!!!」
 反動で再び起き上がる。
「怒るな怒るな。ちょっとしたお茶目なんだから」
 そのお茶目にうなされる身にもなってみろ! ったく。
「でもおまえ、よっぽど打ち所悪かったんだな」
「?」
「後頭部。コブできてるぞ。殴ったってそのこと言ってたのか?」
 確かにコブがある。夢――じゃなかった!?
「痛っ!」
 どうやら無意識のうちに手をやっていたらしい。
「さわるなよ。どうせすぐに治るだろーし」
 さすがに坂井も苦笑する。
「もう帰ろうぜ。帰りまでお姉さまと一緒なわけじゃないだろ?」
「うん……」
 やっぱあれって夢だったのかなー。

 それは、ある平和な午後の出来事だった。
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