EVER GREEN

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第一章「出会いと旅立ち」

No,13 アルベルトという男

 ジリリリリ……!
「…………」
 うるさい。
 ジ!
 いつものごとく、手探りで目覚まし時計を止める。
 時間はAM7:35。
「親父ー、母さんー、朝だぞー」
 制服に着替えて階段を下りるも返事がない。なんだよ、今日は親父が食事当番の日だぞ?
「椎名ー?」
 椎名もいないのか?
「あ」
 カレンダーに目をやる。
 今日は五月六日。振り替えで、今日まで休みだったんだ。
「っちゃー」
 そこまで気が回らなかった。いつもの癖でセットしといたんだな。今になって気づくなんて。
「ゴールデンウイークって三日間ってわけじゃなかったんだよな」
 だったら、もう少し空都(クート)にいればよかった。
 まあ、起きたものは仕方ないか。
 うーん……。
「着替えよ」
 どっちにしたって制服のままじゃしょうがない。
 制服を脱ぎに二階へ上がろうとした時だった。
 ズルッ。
「げっ!」
 階段を踏み外し、下へまっさかさま。
 ドドドドドッ!
 派手な音が遠くに聞こえた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「おはよう、お目覚めかい?」
 目の前にはリザがいた。
「……今、何時ですか?」
「午前八時きっかし」
「そうですか」
 ってことは、あれからそんなに時間はたってないってことか。
 しっかし、階段踏み外してこっちに戻ってくるとは。我ながら情けない。
「何しょげてるんだい?ほら」
「?」
 目の前にマグカップが差し出される。
「リザ特製、卵と山菜の煮込みスープ。朝はこれが一番」
「ありがとうございます」
 マグカップの中に溶き卵とゼンマイみたいなのが浮かんでいる。
 ちょうど腹もへってたから素直にいただくことにした。
「うまい!」
「だろ? こういうのオレの得意分野なんだ」
「へーっ」
「溶き卵と調味料の加減が大切なんだ。普通に作ったらこうはいかないからね」
 やっぱり見かけはともかくまともな人だ。
「変わった服だね。それは君の国の正装?」
 自分もスープを飲みながらオレの格好をまじまじと見つめる。
「正装……っつーか、オレの学校の制服です」
「へーっ。そっちの方が動きやすそうでいいね」
「そうすか?」
 普通の制服――ブレザーにスラックスなんだけどな。まあ頑丈にできているという点ではそうかもしれないけど。
「地球の学校って一体どんなところなんだい?」
「どんなって、普通ですよ。こんな服着た同年代のやつらが一箇所に集まって勉強する場所です。どこも同じなんじゃないんすか?」
「いや、オレ、ここ生まれじゃないから。地球がどんなところなのか興味あってね」
「ここ生まれじゃないって、もしかしてリザも異邦人?」
「そう。『海の惑星(ほし)』出身。オレ達は『霧海(ムカイ)』って呼んでるけど」
「……はー」
 思わずため息が出る。
「なんだい、ため息なんかついて」
「異世界の人間と異世界で会ってるなんてすごいなーって」
「君だって立派な異世界の人間じゃないか」
 そりゃそーなんですけど。それにしたってこんな状況めったにないぞ。
「ここに来てから初めての連続ですよ。獣に襲われたり壷で殴られたり。気がついたら極悪人の弟子になってるし」
「極悪人って、もしかしてアルのこと?」
「もしかしなくてもです。いくら事情があったからって、人を壷でなぐって元の世界に強制送還させる奴なんてあいつ以外にいませんよ」
「あははは。アルは極悪人かー。でもって君は極悪人の弟子なわけだ。そりゃーいい」
「笑い事じゃないですよ。師匠面してこき使われるこっちの身にもなってください」
「オレもよく使われてたよ。このスープだってそうさ。おいしいおいしいって言うからつい調子に乗っちゃってね。本当は料理担当がいればよかったんだよな。後から気づいたけど、もう遅かったし。オレ達も怒るに怒れなくてさ。今時、男の癖に『私』なんて日常で使う奴なんかそうはいないぜ?」
「『オレ達』って、もう一人はカイ?」
「…………!?」
 リザがはっとした顔をする。
 あれ? なんかマズいことでも言ったのか?
「……オレ、喋った?」
「さっき。それに今『オレ達』って」
 リザは意外そうな顔をすると、何かつぶやいた。
(アルが弟子にするわけだ)
「え?」
「なんでもない。ご明察通り、もう一人はカイ。オレとアルのもう一人の親友さ」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「昔、三人で旅をしてたんだ」
 ミルドラッドに案内してもらう途中、リザが昔のことを話してくれた。
「楽しかったぜー。アルなんかほとんどおのぼりさんみたいでさ。カイも意地っ張りでなかなか言うこと聞いてくれない。中々の珍道中だったよ」
「へー」
 あの極悪人と旅ができたんだ。リザってもしかしたら大物なのかもしれない。
「そんなに仲がよくて、なんで今はばらばらなんですか?」
「それぞれ進むべき道を見つけたからね」
「神官とよろづ屋が?」
「そ」
「じゃあ、カイさんは?」
 そこまで口にすると、彼は少し寂しそうな顔をしてオレの頭の上に手をのせた。
「大人になると色々あるもんなんだよ。君も、もう少し年をとればわかるはずさ」
 どーでもいいけど、人をガキ扱いするのはやめてほしい。
「アルベルトってどんな奴でした?」
 黙っていても仕方がないので話題を変える。
「そうだなー。一言では言い表せないくらい変な奴だったよ。外見はまともそうなのに、やることはああだもんな。確かに頭はよかったけど、『こいつ何考えてるんだ』ってよく思ったし」
 このへんは誰に聞いても同じなんだな。
「でも、寂しい目をする奴だったな」
「?」
「自分をなかなか出さないんだよ。あえてそうしているのか不器用なのか。人の世話をやきながら、自分は一歩離れて遠くを見ている……そんなかんじだった」
「……それって、やっぱり掴み所のない奴ってことなんじゃ」
「あはは。そうかもしれないね」
「はぁ」
 それからは無言だった。
 他にもたくさん聞きたかったけど、聞いてはいけないような気がした。
 しばらくすると、ミルドラッドの城下町が見えた。
「じゃあ、オレはここまで。あとはまっすぐ歩けばいい」
「あいつには会わないんですか?」
 てっきり会うものかと思ってた。
「これから仕事があるからね」
「そうですか……」
「役に立てなくてごめんな。当分はその短剣を改良――カスタマイズしていくしかないだろうね」
「はぁ」
「簡単な微調整はしておいたから。後は君しだいってとこかな」
「って、たったあれだけの間に!?」
 オレが地球に行って戻ってくるまでそんなに時間はたってないはずですけど。
「うん。メンテナンス程度だけど」
「はぁー」
 アルベルトは極悪人だけど、この人はこの人である意味奇人なのかもしれない。
「その代わり、こっちとあっちの世界を移動する道具はこれから考えてみるよ。時間はかかるかもしれないけど、まあ気長に待ってて」
「お願いします!」
 深々と頭を下げる。望みはこれしかないんだ。少なくともアルベルトに任せるよりはよっぽどいい。
「そうだ、これ貸しとくよ」
 そう言って袋から取り出したのはやっぱり袋。ただし小型版。
「開けてごらん」
 袋の紐を解くと、数本の小刀が出てきた。
「オレ武器なんて使えませんよ?」
「うん、それはよくわかった」
 そうあっさり肯定されても。
「それは道具をつくるための道具だよ。短剣をカスタマイズする道具も入ってる。何でもいいから、今度オレに会うまでに一つ作ってごらん。これは宿題だ」
 宿題って。
「アルのこと頼むな。あいつ、あれでなかなか寂しい孤独野郎だから。力になってやってくれ」
「はぁ」
 力って、どう力になれっていうんだ?
「そのうちわかるよ」
 オレの気持ちを知ってか知らずか、アルベルトの親友こと『魔法よろづ屋商会』の会長さんは、オレの頭をポンとたたくと元来た道を歩いて帰っていった。
 結局、アルベルトがどんな人なのかはわからずじまいだったな。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「えーっ。ノボル『魔法よろづ屋商会』の人に会ったんだ」
 これは、ミルドラッドに戻ってきてのシェリアの第一声。
「う、うん」
「いいなー。アタシも会いたかった! シーナだって会えたのに、どうしてアタシは会えないのかなぁ」
 そう言って、心底残念そうな顔をする。『魔法よろづ屋商会』は、実は有名人らしい。
「リザってどんな人だって言ってた?」
「派手な格好をしているわりにはなぜか目立たなくて、商品を高い値段でふっかけるわりにはいいものをサービスしてくれる、よくわからない人だって」
「オレには普通の人に見えたけど」
「アタシの周りには変わった人がたくさんいるから。普通の基準がいつの間にか変わっちゃったんじゃない?」
「まあ確かに……ん?」
 ふとある考えが頭をよぎる。
「変わった人って、オレもその中に入ってる?」
「もちろん」
「オレのどこが変わってるんだよ!」
「異世界から来たってだけで十分変わってるわよ」
「う」
 返す言葉がない。
「それに、なんだかんだいって空都(クート)に馴染んでるし」
「まだここに来てそんなにたってないんですけど」
「アルベルトとあれだけ一緒にいてまともにやってこれたのはあなたくらいよ?」
「他の奴は?」
「ほとんどは変人扱いね。事実だけど」
 変人扱いする方が普通だと思うぞ。
「おや、もう帰ってらしたんですか」
 いつものエセ笑顔を浮かべながら話題の主がやってきた。
「朝には迎えに来るって言ってなかった?」
「言ってましたか?」
「しっかり」
『本当はとても優しい人なの』
「だったらすみません。忘れてました」
「…………」
 どこが?
「じゃあさっそく一仕事してもらいましょうか」
「今度は何させるつもりだよ」
「買出しです」
「自分で行けよ」
「行きたいのはやまやまですが、かわいい子には旅をさせろと言いますから」
「だから自分で……」
「これから先はぐれてもいいんですか?」
「…………」
『寂しい目をする奴だったよ』
 ……どこが?
「ほら、さっさと行ってきてください」
「ノボル、がんばってねー」
「…………」
 アルベルトって……。
「明日はここを離れますからね。買い物しっかり頼みましたよ」

 アルベルトって……変だ。誰がなんと言っても極悪人以外の何者でもない。
「絶対、一日も早くここから抜け出してやる」
 買い物袋を片手に、オレはそう固く誓った。
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