ある子供の話



 あるところに一人の子供がいました。
 子供は走っていました。体じゅうを使って息をして。
 顔は汚れ服もぼろぼろです。それでも走っていました。まるでなにかから逃げるように。
 ある湖の前で子供は足を止めました。
 子供は水辺に映る自分の顔を見ました。汗で髪ははりついて。疲れきった、なにかに怯えたような顔をしていました。子供は湖面にむかって石を投げました。波紋で顔はたちまち見えなくなります。
 そこに一人の若者が通りかかりました。
 若者は言いました。
「こんなところで何をしているんだい?」
 子供は言いました。
「べつに」
 若者は言いました。
「これからどうするんだい?」
「べつに」
 その後子供はぷいっとそっぽをむいてしまいました。若者も急いではいなかったのでその場に腰を下ろしました。
「ねぇ、お弁当食べない? おなかすいたでしょ」
「べつに」
「たくさん買っちゃったんだ。一人じゃ食べ切れなくてさ。食べるの手伝ってよ」
 そう言って若者は草むらにお弁当を置きました。おなかがすいていたのでしょうか。はじめは手をつけようとしなかった子供もしばらくすると、お弁当に手をつけました。
 食べている間、子供は一言もしゃべりませんでした。若者もそれでいいと思ったのか黙々とお弁当を食べます。
 しばらくすると、子供はぽつりと言いました。
「……人を殺したんだ」
 それは、若者が初めて聞いた『べつに』意外の言葉でした。若者は何も言いません。
「みんなよってたかってひどいことするんだ。だから」
 そこで言葉をくぎると子供はうつむいてしまいました。よく見ると子供の体にはたくさんの傷と血の痕がありました。
「人ってなんで生きてるのかな」
「そんなの誰にもわからないよ」
「人ってなんでしぶといのかな」
「生きていたいからじゃない? 生きていればいいことが――」
「そういいきれる?」
 子供は顔を上げました。その瞳はとても哀しい色をしていました。
「今までいいことなんて一度もなかった。そんなの詭弁(きべん)だ」
「生きていれば、いいことも悪いこともあるよ?」
「そんなの何も知らないから言えるんだ!」
 子供は叫びました。
「もし大切な人が急に死んだら、もし信じていた人に裏切られたら、あんたは同じことが言えるのか?」
 若者は答えませんでした。
 子供は言いました。それまでひどい扱いをうけていたこと。生きているのか、死んでいるのかさえわからなかったということを。
「人間は汚いんだ。身勝手で、傲慢で。だから――」
 若者は言います。
「じゃあなんで君は生きているの?」
 子供は答えませんでした。
「君はそうでありたいの?」
 子供は答えることができませんでした。自分でもわからなかったからです。
 何も言わず、若者は子供のもとを去りました。


 子供はまだ水辺にいました。
 草場に座り、じっと湖面を見ています。そこへまた若者がやってきました。
「なんか気になっちゃってね」
 そう言うと若者は子供の隣に腰をおろしました。
「生きているのは辛い?」
 子供はうなずきました。
「辛い。死ぬことよりもずっと」
「それは生きてこそのことじゃないの? そんなこと言ったら君を大切に想っている人が悲しむよ?」
「悲しんでくれる人なんかいない。そんなの何も知らないやつだけが言えるんだ。
 みんな人を哀れんで、見下して生きているにすぎない。みんな自分が一番かわいいに決まってる」
「君はそうなの?」
「そうだ」
 若者は言います。
「じゃあ、なんで君は生きているの?」
 子供は答えられませんでした。
「じゃあ、なんで君は泣いているの?」
 子供は答えることができませんでした。なぜなら若者のいうように泣いていたからです。
 子供はどうして自分が泣いているのかわかりませんでした。目からでてくるものを汚れた手で一生懸命ぬぐいます。それでも涙は止まりません。
「死にたくないから。生きていたいからなんだろ?」
 このとき子供ははじめて自分が生きている理由を知りました。若者の言うとおりだったからです。
「辛くても哀しくてもその先を信じたいから。だから君は逃げ出したんだろ?」
 生きていたいから。希望が欲しかったから。
 子供はもう涙をぬぐおうとはしませんでした。
「……生きていたらなにかある?」
「明日がくるよ」
 子供は若者の言っていることがわかりませんでした。若者はそのまま続けます。
「誰にでも幸せだって不幸だってある。残念だけどそれは平等かどうかはわからない。だけど、どんな時にも朝はやってくるよ」
 子供はまだ喋ろうとしません。
 若者は言葉をかさねます。
「どんなに夜は長くても、日はまた昇るよ」
「やっぱり詭弁だ」
 手で顔をぬぐった後、子供は言いました。
「うん。詭弁だね」
 だけど、子供の表情は前よりも明るくなっていました。
「あんたはどこに行くの?」
「どこかな。あてのない一人旅だから」
 腰をあげると若者は子供に向かって手をのばしました。
「一緒に来るかい?」
 子供はうなずきました。
 これから先いいことがあるとは限りません。もしかしたら哀しいことだって、後悔したくなるような辛いことだってあるかもしれません。
 だけど子供はついていくことにしました。若者の言うことが本当なのか確かめてみたくなったのです。

 この先、子供がどうなったかは誰もわかりません。


優貴さんへのキリ番のはず。テーマは「寓話」です。
「寓話」の意味わかってますか? 自分。なにやら殺伐としたものになってませんか? 自分(汗)。
リクを受けたのはいつですか?

……本当にお待たせしてすみませんでした(平謝り)。

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