矢崎真名さんからいただきました。

Sky and Sea and Green the Spirit.

ある深い深い森の中、そこには緑の精霊がすんでいます。緑の精霊は、いつも森の中を見て回るのが仕事なのですが、毎日毎日では、さすがに飽きてきました。
「たいくつだな〜。」
緑の精霊はぼやきます。今日も、森の中は平和そのものです。困っている木があったら、緑の精霊はすぐに助けてあげますし、人がたくさん入ってきたら、迷わないように、必要最低限にしか木を切らないようにと警告します。けれど、今日に限って、何もありません。いつもと同じように、平和な事はいいのですが、何もないというのも寂しいものでした。
「ねぇ、みんな。僕、少しお出かけしていいかな?」
緑の精霊は、森の中心部に立って森中の木や動物達に話かけました。さわさわと、風が吹きます。みんなは相談しているようでした。
「精霊さん、どうして外に出たいの?外は危ないんでしょ?」
ある木の声が、風に乗って聞こえてきました。緑の精霊は答えます。
「僕ね、どうしても行きたいところがあるの。」
「どこに行きたいの?」
近くにいたキツネが尋ねました。
「それはね、」
緑の精霊は、うれしそうにつづきを答えます。
「海に行きたいんだ!」
すると一斉に、森の中がざわめきます。外に出たい、前から緑の精霊は言っていました。けれど、それが本気だとは誰も思わなかったのです。みんなの反応を見た緑の精霊は、急にしゅんと悲しそうな声で、
「ダメかな〜?」
といいました。緑の精霊抜きで、みんなは話し合います。
「どう思う?」
「やっぱりこの森の精霊何だから、留守にするなんておかしいよ。」
「でもずっと、精霊さんは僕たちのことを助けてくれたよ?一度くらい休みがあってもいいじゃないの?」
みんな、口々に言い合います。緑の精霊は、自分の言った事がいけない気がして、謝ろうとしたその時です。ふわあ、っと静かに風が入ってきます。そのままその風は、風の精霊になりました。風の精霊は、みんなを見回し、
「どうしたの?」
と尋ねてきました。どうやら、風の精霊は、偶然通りかかって来たようです。
「緑の精霊さん、海に行きたいんだって。」
風の精霊の近くにいるウサギが答えました。風の精霊は、緑の精霊に向き合い、
「そうなの?」
と、問いかけます。うん、とでも言いたげに、緑の精霊は大きくうなずきました。
「どうして海に行きたいの?」
風の精霊は尋ねました。ほんの少し、緑の精霊ははにかみながら話します。
「えっとね、森の中にずっといるとね、外はどうなっているんだろうっていつも思うんだ。それで前に空さんが海のことを教えてくれたの。空と同じような色をしていて、すっごく広いんだって。僕、それがすごく気になって・・・。だから、海に行きたいんだ。」
あたりは急に、シンと静まり返ります。緑の精霊は、あまり自分のしたい事を言った事はありません。いえ、ワガママといった類は一度も言ったことがありませんでした。そして、すぐに遠慮してしまう子なのです。
「いいよ。海に行っても。」
急に、一本の木が言いました。
「え?」
緑の精霊は、驚いた声をあげます。すると、他のみんなも口々にいいよ、いいよ、といってくるではありませんか。風の精霊は、にっこり笑い、いいました。
「じゃあ、決まりですね。緑の精霊さん、私が海に連れて行って上げましょう。」
呆然としていた緑の精霊は、風の精霊の申し出に、本当にうれしそうにうなずくと、小さな一枚の葉っぱに姿を変えました。風の精霊も、その姿を風に変え、その小さな葉を優しく持ち上げて、大空に舞い上げます。そして、そのまま風に乗り、飛んでいきます。みんなは、その光景をずっと見送っていました。


「風の精霊さん、どうして僕に親切にしてくれるの?」
緑の精霊は、風に揺られながら風の精霊に尋ねました。すると、ヒューヒューという音の中から、答えが返ってきました。
「簡単な事よ。私もヒマだったから。ずっと吹いているだけも、長くしているとヒマになってくるから。だから私、時々色々と人の生活とかも覗き見しているのよ。」
楽しそうな風の精霊の返事に、緑の精霊はへぇと感心しました。
「あ、もうすぐ海が見えてくるわよ。準備はいい?緑の精霊さん。」
「うん!」
ドキドキワクワクと緑の精霊は胸が高鳴ります。海が見えてきました。
「うわぁ〜〜〜〜!!すごい!!」
緑の精霊は、感嘆の声をあげます。目の前に飛び込んできたのは、真っ青な空そして海。時間帯は真昼なので、空と海の境界線が空にある雲で何とか分かります。こんなところがあったなんて・・・緑の精霊は、うれしくなって、思わず風の中でくるりと一回転しました。風の精霊が何かを言っています。けれど、緑の精霊は、うれしくてうれしくて、聞こえていません。いつの間にか、緑の精霊が気づくと、風の精霊はどこかに消えていて、自分は海の近くの浜辺に横たわっていました。
「あれ?風の精霊さん?どこにいるの?」
緑の精霊が辺りを見回しても、どこにも風の精霊はいません。どうしようかと緑の精霊は途方に暮れました。確かに、海には行きたかったのです。けれど、緑の精霊は、そのこと以外にどうしたいか、考えていませんでした。
「どうしよう?」
緑の精霊は、困ったようにつぶやきます。風の精霊がどこかに行ってしまい、一人ぼっちになってしまった緑の精霊・・・。不安になって、泣きそうになった時、急に声が聞こえました。
「どうしたの?おちびさん。」
優しい声が緑の精霊を包み込みました。
「誰ですか?」
緑の精霊は尋ねました。その優しい声は、少し楽しそうに笑った後、
「私は海の精霊ですよ、おちびさん。」
と答えました。海は穏やかにもう一度笑うと、姿を現しました。緑の精霊は、その姿の名前を知らなかったのですが・・・その姿はまさに人魚でした。
「海の精霊さん?・・・あ、僕は緑の精霊です。とはいっても、まだそんなに長く生きていないんですけど。」
ふと緑の精霊は、自分が自己紹介していないことに気づいて、自己紹介しました。海の精霊は、そうと穏やかに微笑むと、
「風の精霊は、夕方にあなたを迎えに行くといっていましたよ?どうやら、あなたは聞いていなかったようですので。」
といいました。それに緑の精霊は驚いて、
「え?そうなんですか?」
思わず問いかけなおしてしまいます。そしてふといわなければならない言葉を思い出し、
「あ、ありがとうございます。」
といいました。どういたしまして、と海の精霊は返事を返します。
「空の精霊から聞いたのですけど、私に憧れているですってね。」
穏やかに言葉を紡ぐ海の精霊。その言葉に緑の精霊は葉っぱの姿でひどく赤面して、消え入りそうな小さな声で、
「は、はい。」
返事します。海の精霊はその姿を見て、くすくす笑います。
「ああ、ごめんなさいね。悪い意味じゃないの。私も、緑の精霊さんと同じようなことを考えていたものだから・・・。」
「え?どういうことですか?」
海の精霊の言葉に、緑の精霊は聞き返します。すると、海の精霊は恥ずかしそうに頬を染め、いいます。
「私もね、ずっと海にいるだけで、ここから動くことなんてできないでしょう?だから、陸地に憧れていたの。そして森ってどんなところだろう?って思いをはせていたの。」
「そ、そうなんですか??」
緑の精霊は、驚いて、そのまままた聞き返します。
「ええ、そう。だから、一度お会いしたいと思っていたの。けれど、私の思っている間に、森の守護をする緑の精霊さんが来てくれて。だからうれしいんです。」
穏やかに、海の精霊は答えました。緑の精霊は、しばらく呆然としていましたが、やがて、うれしそうに、
「じゃあ、本当に僕たちは似たもの同士なんですね!」
といいました。ええ、海の精霊もうなずきました。
「面白そうだな、俺も混ぜてくれよ。」
すると、空から声が聞こえてきました。
「あ、空の精霊さん。」
緑の精霊が答えました。あらあらといった感じで、海の精霊も空を見上げます。
「ええ、いいですよ。ひまつぶしになりますしね。」
海の精霊が答えました。よっしゃ!という声が聞こえてきます。
「あ、緑の精霊、海の精霊はどこにもいったことないから、お前のいる森の話をしてやったら?」
空の精霊の提案に、緑の精霊もうなずきました。
「えっとね・・・・・・。」


 やがて、空が青から真っ赤に変わろうとしている時、風の精霊が緑の精霊を迎えに来ました。
「緑の精霊さん、迎えに来ましたよ。」
「あ、風の精霊さん。じゃあ・・・海の精霊さん、・・・またね。」
「また・・・来てくれますか?」
そうつぶやく海の精霊はとても寂しそうです。緑の精霊が、またもう一度ここにこれるかどうかなんて、初めから、考えていません。けれど、言わずにはいられなかったのです。それを何となく察した緑の精霊は、『う〜ん』と何かを考え込んで、何かを思いついたのか、『そうだ!』といいました。くるんと小さな葉っぱになると、緑の精霊はいいました。
「またこられないかもしれないけど、僕ね、置き土産をしておくよ。えい!」
緑の精霊は、葉っぱになってくるりと一回転します。すると、小さな種がたくさん出てきて、砂浜の少し先に種は飛んでいき、小さな芽を出しました。
「あのね、今飛んだ種は桜っていう木のものなんだ。春になるとね、きれいなピンクの花が咲くの。来られなくても、毎年春に花が咲くように。いいかな?海の精霊さん。」
緑の精霊はにっこり笑って言いました。海の精霊は少しの間驚いていましたが、
「ええ、そうですね。」
といって、うれしそうに笑います。
ふわり、と緑の精霊が姿を変えた葉っぱが宙に浮かびます。風の精霊が、少しずつ緑の精霊を持ち上げたのです。そう、もうお別れです。
「じゃあ、海の精霊さん、またね。」
緑の精霊は笑顔で言います。それに海の精霊も笑顔で答えます。
「ええ。また。」
海の精霊は、緑の精霊が見えなくなるまで、ずっと見送っていました。
「海の精霊よ、たまには俺があいつに伝えてやるよ。ヒマだからな。」
空の精霊の申し出に、海の精霊は、
「そうですか?では、頼みましょうか。」
といって、笑いました。


また、緑の精霊と、海の精霊が出会えるのか、それは誰にも分かりません。でも、大丈夫です。海の精霊も、緑の精霊も一人ではないのですから。お互いの事は、風の精霊や、空の精霊が教えてくれます。そして、いつか、花開く桜の木を眺めながら、様々な精霊たちは今日も一日を過ごします。



おわり

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