矢崎真名さんからいただきました。

まいざくら

小さな出会いと別れ


桜を見るたびに 彼女のことを思い出す


名前すら 知らないけれど


今はもう 決して 会うことはできないけれど


あなたに 伝えたい言葉がある・・・


「ここ、どこぉ〜?」
半べそになりながら、小さな少女はつぶやいた。適度な長さの髪を赤いリボンでツインテールにし、白を基調とした上着には、丸い襟の中央と袖口中央に、ワンポイントの赤いラインがはしり、襟元には小さな赤いリボンがついている。上にあわせた赤いプリーツスカートはヒラリと風に遊ばれて、胸元の小さな名札にはひらがなで、「きくちみえ」と書かれていた。

小学一、二年生くらいだろうか?表情に幼さを残した少女は道に迷っているようにも見える。桜並木の公園で、少女はひどく不安そうに辺りを見回しながら、小さく小さく『どうしよう』とつぶやいた。それとは関係ないとでもいうかのように、桜の花びらは風に揺られて舞い散る。少女はそんな光景に見とれるくらいの余裕がないのか、目に涙をためて立ち尽くしていた。
不意に、強い風が吹き、みえは風の強さから目をつぶる。風が収まり目を開けると、大きな桜の下、彼女と同じくらいの小さな、日本人形のような少女が立っていた。艶やかな黒髪を一直線に切ったおかっぱ頭、赤い着物をまとった少女は、みえを見つけ、呼びかけた。
「ねぇ、どうしたの?」
みえは、人を見つけて安心したのか、少女に駆け寄り事情を恥ずかしげにつぶやく。
「・・・まよっちゃったの・・・。おけいこがいやで、とおまわりしたら、みちがよくわからなくなっちゃったの。」
「そっか。」
少女はそういって、優しい笑みを浮かべる。その笑みはあまりにも年不相応なのに、とても自然で、みえは思わずためていた涙を袖でぬぐっていた。
「涙、止まった?」
笑みがいつの間にかくすくす笑いになっている少女に、恥ずかしげにみえは首を振ってうなずいた。
「お稽古が嫌なんだよね?」
少女の問いに、彼女はまたうなずく。少女は更に笑みを深くして、いたずらっ子がするように、人差し指を口に持ってきて、
「じゃあ、一緒に遊ぼ?秘密だよ。」
そう言った。やっとみえも顔を明るくし、笑顔になって、
「うん!」
力いっぱいうなずいた。


「いーち、にーぃ、さーん、しーぃ、ごーぉ、ろーく、しーち、はーち、きゅーう、じゅう!もういいかい!」
「まーだだよー!」
園内に、かくれんぼをする声が響いた。二人はかくれんぼをいっぱい楽しんだ。不思議なことに、その間、みえは公園内で、誰とも出会わなかった。まるで、ここだけが空間を切り離されたように。でも、かくれんぼに夢中になっていたみえは、そんなことには気づかなかった。
 やがて、空が赤くなってきて、少女はとても寂しそうな顔で、みえに言った。
「これで、おしまいだよ。」
「えー!?」
それに不満の声をあげるみえに、やっぱり少女はさびしそうに笑うだけ。そのことに首をかしげるみえに、少女はみえのほおに両手を触れる。
「なぁに?」
みえの問いに、少女はふと我に返り、右の袖口から何かを取り出し、みえの手にそれを握らせた。
「お守り。」
そういって、少女は優しく笑う。それにつられるように、みえも、
「ありがとう。」
といって、笑う。けれど、少女は分かっていた。だから、少女はにっこり笑い、
「じゃあね。」
別れの言葉を口にした。きょとんとして、それを聞いたみえは、あわてて、
「うん、またね。」
返事した。何故か、その言葉に、少女はさびしそうにみえを見つめ・・・・・・急に、強い風が吹いた。思わず目を閉じるみえは、少女の姿を見失ってしまっていた。




BR> 目が覚めた時、彼女は大きな一本の桜の木に身をおいていた。そして周りには、たくさんのオトナが、彼女の両親の姿もあった。何でも、オトナたちが言うには、自分はこの木の側で眠っていたのだという。誰も、あの少女を見ていないのだという。夢だったのかと、みえが思い始めたとき、ふと右手に何かを握っていた。その手の平の中には・・・・・・





少女は、舞い散る桜の中で佇んでいた。右手の掌の中にあるのは、小さな桜色の貝殻。それを見つめ、少女はつぶやく。
「夢じゃ、ないんですよね。あの時のこと・・・。」
見上げれば、大きな桜の木。それは彼女が小さなころ、迷い込んでしまった場所。彼女しか知らない秘密。

彼女が見上げる木は、もう寿命なのだという。だから、この春に散ってしまえば、切られてしまう。そうなってしまえば、少女にはもう、会えないような気がして、彼女は遠い記憶を頼りに、ここに来た。たった、一つの、言葉を言う為に彼女は桜の木を見上げ、息を整えて、言葉を紡ぐ。
「あの時、道に迷ってないていた私を助けてくれて、ありがとうございました。」
風が、少女のお下げを揺らす。言葉が伝わったのかどうか、彼女に知る術はない。舞い散る桜は、美しくもあり、儚くもあった。
「・・・ありがとう・・・ございました・・・。」
少女の言葉は、桜のみに向けられている。




答えは、桜と風のみが知っている・・・・・・




  おわり
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