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  第六章 旅立ちへの決意  

No,14 エピローグ〜アルベルトの決意〜

 カイ、聞こえていますか?
 あの子は少しずつ確実に大きくなっていきます。

 カイ、聞こえていますか?
 あの子はあれから大きく変わっていて――変わっていません。
 
「まさか、またここに来れるとは思いませんでした」
 異世界の墓標の前で私は一人たたずんでいた。
 時刻は夕暮れ。周りに人気はなく誰かにとがめられることもない。まあこの場所に花を手向ける者などいないのかもしれないが。
 墓前に花を手向けるのは二度目。一度目は暗殺者の少年と共に。霧海(ムカイ)の時といい虚像にすがってしまうのは悪い癖だ。本物はここにはいるはずがないのに。それでもここに来てしまうのは、貴女(あなた)の育った場所をもう一度見ておきたかったからなのだろう。
「少年は少しずつ真実にたどりつこうとしています」
 時空転移(じくうてんい)は私には使えない。だから託した。仮に扱えたとしても託したかった。道を切り拓く(ひらく)者に。
「もしかしたら取り残されているのは私の方かもしれませんね」
 あの子は私を大人だと、強いと言うけれど、私は決して強くない。強かったらあんなにいともかんたんに時の環に巻き込まれたりはしない。
「あとどれだけ道化を演じればすむんだろうな」
 それは誰にもわからない。
 だけど少年は、旅人は決めてしまった。空都(クート)に帰るということを。それがどんな道になるか知ってのうえで。

『君たち人間は、なんでこんなにも愚かなんだろうね』

 あの時の言葉が胸をよぎる。ああ。本当だな。人はどうして愚かなのだろう。わかっていてなお同じことを繰り返そうとするのだから。

『愚かで不器用で――』

「…………」
 あれから自分も歳をとった。
 大丈夫だ。周りには誰もいない。咎める者は誰もいない。
 だから、少しだけ、言葉を漏らす。
「大切なものはなぜ掌からすりぬけていくんだろう」
 このまま繋ぎとめておければどんなにいいことか。
「どうして俺は……っ!」
 今くらい、声をあげてもいいのだろう。周りには誰もいないのだから。
 
「そう言えば、貴女(あなた)もなかなか名前で呼んでくれませんでしたね。そんなに私のことが嫌いだったんですか?」
 墓標は返事をしない。にもかかわらず語りかける様は人から見ればさぞかし滑稽(こっけい)なことだろう。
 いつの間にか日は暮れていた。
 そろそろ戻らなければならない。ここ(地球)にいられる時間も限られている。
「弟子が頑張っているんです。師匠が頑張らないわけにはいかないでしょう」
 笑みを浮かべ立ち去る姿ははたして弟子の言う『極悪人』とやらに見えたかどうか。
 少年は覚悟を決めた。私も覚悟を決めなければならない。それがどんな結果になったとしても。私にはそれを見届ける義務がある。
「必ず迎えに行きます」
 それだけ言うと踵を返す。ここに来ることは二度とないだろう。次に逢う時はきっと――
「わかっています。……約束は、守ります」
 それが今の私にできる唯一のことですから。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 だから――――あんたにたくす。
 くやしいけど、おれじゃ守れないから。いっしょにいたいけど無理だから。
 いいか? これは約束だぞ!
 
 時の環は少しずつまわる。
 旅人が進む道はきっと――

 あの子を見守っていく。貴女(あなた)との約束を守る。それが私の選んだ道。
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