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飛野 猶(とびの ゆう)さんへの差し上げもの

大人になるということ

『…………』
 部屋の中で、二人は終始無言だった。
『………………』
 困った。本当に困った。
「えーっと……」
 ちらりと相手を上目遣いに見てみる。
 目の前にいるのは、黒い髪に黒い目。どこにでもあるようなごく普通の容姿の男子高校生。なぜわかったかというと、単に制服を着ていたからだ――その目がなぜか剣呑(けんのん)にこっちを見ている。
「あのー、怒ってる?」
 対して、居心地悪そうにイスに座っているのは黒髪に翠(みどり)色の目をした長身の男。恐る恐る聞いて見ると、
「別に怒っちゃいないさ。ただ、ことの顛末(てんまつ)だけはしっかり聞かせてもらうぞ」
 嘘だ。どーみても怒ってる。
「あのさ……」
 口を開いたその時、
「イザーっ!」
 聞きなれた声と共にドアが元気よく開けられた。
 現れたのは、漆黒の髪に同じ色の瞳。一見すると、女にも見えるような容姿をもつ少年。
「イザーっ! 会いたかった!」
 黒髪の美少年――(ああっ! なんで男相手にんなこと言わなきゃならねーんだ!)勇気がオレに飛びついてくる。
「うわっ!」
 とっさのことだったから受け身もとれず、勢いあまって床に押し倒される形になる。前にも似たようなことがあったような気がするのは気のせいだろーか。
「あれ? いつもなら嫌がるのに」
 不思議そうな顔をするも、『ま、いいか』と表情を元に戻し、再びオレに抱きついてくる。
「イザーっ、愛してる☆」
 いや、んなこと言われてもオレ嬉しくないし。
「ちゅー」
 っつーか、オレ男となんかキスしたくない!
「勇気、いい加減気づけ――」
 口を開いたその時、
 ジャキッ。
「いい加減にしろよ? 勇気」
 高校生が額に銃をつきつける。
「え? 昇、銃なんか使えた……」
 つきつけられた当人は目を白黒させている。そりゃそーだ。目の前にこんな物騒なもの突きつけられたら誰だってあせる。第一、オレ銃なんか持ったことないし。
「勇気、その人オレじゃない。オレはこっち」
 イザさん――黒髪に翠の目をした男――オレが苦笑する。
「へ? だってお前どう見てもイザじゃん。そっちが昇なら、じゃあこっちは――?」
「俺がイザだ」
 昇の――オレの姿をした男子高校生――イザさんがそう言って肩をすくめた。


1、 時空転移(ワープのようなもの)を使って部屋に来た
2、 部屋の中でイザさんが師匠の酒を飲んでました
3、 止めようとしたけど逆に酒を飲まされました
4、 気づいたら、二人の中身が入れ替わってました

 要約するとこうだ。
「昇ってば、また入れ替わったの?」
 事情を説明すると、勇気は苦笑いを浮かべた。
「また?」
「俺もやったの。確か昇の師匠のお酒飲んで入れ替わったんだよな」
 はい。みごとに入れ替わりました。
「酒ってこれのこと?」
 不機嫌な表情でビンを指差す。ちなみに底には極悪人・アルベルトの達筆な日本語が書かれたままだ。
「そう。それ……昇、まだ片付けてなかったんだ?」
 はい。みごとに忘れてました。
 部屋の中で、勇気と見事に入れ替わってしまって。原因は師匠の――極悪人の酒をくすねたせいなんだけど。片付けるつもりですっかり忘れていた。あとはご覧のとおり。一体あの酒の中味はなんだんだ? と思わなくもなかったけどそれはまた別の話。
「お前、もう絶対酒飲むな」
 黒い目が翠色の目を見据えて言う。
 アンタが無理矢理飲ませたんだろーが! そう言いたかったけど怖くて言えない。  外見はオレのはずなのに、妙に迫力があるのはなんでだろう。世の中ってほんと不公平だ。 
「怒らない怒らない。俺の時は一日で元に戻ったし。大丈夫だって」
 勇気が笑いながらイザさんの肩をたたく。
「やけに楽しそうだな」
 黒い目が漆黒の瞳を見据えて言う。
「だって俺関係ないし☆ かわいそうな昇くん。できることなら俺が変わってやりたい」
 勇気が笑いながらオレの肩をたたく。言葉とは裏腹に表情は妙にいきいきしている。
「……お前、人事だと思ってるだろ」
 翠色の目が漆黒の瞳を見据えて言う。
「だって人事だし☆ 他人の不幸ほど見てて面白いものってないよな」
『……後で絶対殺す』
「冗談冗談。怒っちゃやーよ」
 勇気曰く、『その時の二人はどっちがイザでどっちが昇かわからないくらい迫力があった』だそうだ。どーでもいいけど。


 中身が入れ替わったからといって何かが変わるというわけでなく。ましてやここは不思議部屋。仮に誰かが来ても『まあ、あの部屋だからなー』の一言で片付いてしまう。
「オレ、なんか作ってくる」
 このままじっとしてても仕方ない。エプロンを身につけとぼとぼと台所へ向かう。
 和食が食べたいよなー。肉じゃがでも作るか。
 玉ネギとジャガイモはここだったよなー。糸コンニャクってあったっけ?
「昇ー、俺も手伝うことない?」
 暇だったのか、勇気が台所にやってくる。
「じゃあ醤油とって」
「了解。って、醤油ってどこにあるんだ?」
「ここの棚」
 慣れた手つきで醤油を取り出す。
 砂糖はこれくらいだよな。かつおだし使ってもよかったけど醤油で味付けしたほうがうまいもんなー。
「……ん?」
 視線を感じて振り返ると、勇気が真剣な顔でオレを見ていた。
「何?」
「今日のイザっていつもより五割増しで可愛い」
「……それってどーいう意味?」
 大体五割増しってなんだ。五割増しって。
「イザー、嫁に来て☆ 絶対幸せにするからさぁ」
 今度は抱きつかれた。
「勇気っ! 中身がオレだってわかってんだろ?」
 抵抗するも、思った以上に力強くなかなか振り払えない。いつも思うけど、なんで見た目はこんななのに体力あるんだ? 単にオレがひ弱なだけかもしれないけど。
「だってエプロン姿よ? あのイザが。晴臣じゃなくても嫁にほしがるって」
 いや、そこで晴臣の名前出されても。っつーか、嫁ってなんだ嫁って。
「アドルを引き合いに出すな」
『うわっ!』
 振り向くとイザさんが真後ろにいた。全く気配を感じなかった。恐るべし。
「昇も昇だ。俺の体でそんなことするな」
「そんなことってなんだよ」
「鏡見てみろ。すぐわかるだろ」
 言われるまま、部屋の中に置かれた大きな鏡を見る。そこにはいつもより頼りなさげな表情をしたエプロン姿のイザさん――もとい、オレがいた。
 確かにこの光景はあまりにも不似合いだ。
「外見はイザさんなのに中身はオレなんだよなー」
 エプロンをはずし、勇気の時にも言ったセリフを口にする。
「オレもイザさんみたいな大人になりたい」
「昇には無理でしょ」
 勇気がすかさずツッコミを入れる。わかっちゃいるけど第三者にそう言われるとなんかムカつく。
「じゃあ、早く大人になりたい」
 カッコよくて、クールな大人になりたい。少なくともエプロンの似合う大人は嫌だ。
「大人になってどうするんだ?」
「へ?」
「前から思ってたけど。お前は大人に何を求めてる?」
「何って――」
 自分の顔のはずなのに、ただの黒い目に気迫を感じるのはなんでだろう。
「大人になったらさ、力だって精神的にだって強くなってるじゃん。オレ、強くなりたいんだ」
 強くなりたい。色々なことに負けないように。悲しい思いをしないですむように。
「大人になったからって強くなれるとは限らないぞ?」
「わかってるよ。けどオレから見たらイザさんって大人じゃん。強いししっかりしてるし、オレと比べたら――」
「歳をとったからってなんでもできるとは限らない。大人を英雄視するな」
「わかってるよ!」
 わかってるけど。けど――
「……俺の顔でそんな表情するなよ」
 オレの顔でイザさんが苦笑する。
「うるさい! そんなのオレの勝手だろ? ガキだから仕方ないだろ!」
 完全に八つ当たりとはわかっていてもつい言ってしまった。
「そういうところがガキだって気づけよ」
「ガキで悪かったな!」
 そーだよ。オレはガキだよ。悔しいけど。
 ガキだったからあの時何もできなかったんだ。弱かったからあの時――
「……なんだよ」
 気づけば真顔の勇気がいた。両手で自分の顔をはさみ、オレとイザさんを交互に見ている。
「いやー、貴重な経験してるなと思って」
『はぁ?』
 期せずして二人の声が重なる。
「だってそうじゃん? クールな昇に可愛いイザ。カメラ持ってくればよかった。そしたら今の二人他の奴らに見せれたのに。ちなみに昇のクール度は五割増しね」
「変なこと考えてんじゃねぇよ」
 苦笑しながらイザさんが勇気の額を小突く。
 勇気がこの場にいることに感謝した。もし二人きりだったら気まずかっただろーし。
 わかってる。大人になる=成長する、強くなれるってわけじゃない。けど、早く大人になりたかった。
 強くなっていさえすれば――
「……ん?」
「……なんだよ」
 気づけば、いまだに真顔の勇気がいた。今度は視線を宙にさまよわせている。
「なんか、変な音がしねぇ?」
「変な音?」
「音というか、鳴き声というか……。動物のうなり声?」
「動物のうなり声……?」
 首をかしげようとして――表情が固まる。それってもしかして――
「……あのさ」
 ぎこちない笑みをうかべ、二人に向き直る。
「オレ、さっき時空転移(じくうてんい)使ってここに来たんだ。時と場所を越える術――要するにワープ」
「へーっ、昇ってそんなの使えたんだ」
 素直に感心する勇気。……けど、話には続きがあるわけで。
「……でも副作用があって」
「なんだよ。その副作用ってやつは」
 オレの言わんとしているところに気づいたのか、イザさんが眉をひそめる。
「それは――」
「グルル……」
「……こういうことです」
 そこには昔懐かしい狼もどきがいた。相変わらずうなり声をあげてこっちをにらんでいる。
 時空転移の副作用。それは別の世界の物質を引き寄せてしまうこと。その対象は純粋に物質の場合もあるし、生き物の場合もある。だから獣が現れることもありえるわけで。
「うわっ! これどこから入ってきたんだ!?」
 勇気がもっともな声をあげる。本当、この部屋ってなんでもありだな。
「勇気はどこか隠れてて。イザさんは手伝ってください」
 こうなってしまったからには仕方がない。
 前に戦った時はショウがいた。でも今回はオレしかいない。一人じゃ無理かもしれないけど、イザさんならなんとかしてくれる――そう思って声をかけた。
 でも返ってきたのは予想外のセリフだった。
「なんで俺がお前の尻拭いしなくちゃいけねぇんだ。自分でまいた種だろうが。後始末くらい自分でしろ」
 その視線はいつも以上に冷たい。
 自分ににらまれて足がすくむなんてこと、今までなかった。……当たり前だけど。
「イザ、手伝ってやれよ!」
「勇気は黙ってろ」
 勇気の非難の声を軽く聞き流し、淡々と語る。
「大人になりたいんだろ? だったらそれくらいやってみろ。責任を人になすりつけるような奴が強い大人になれるのか?」
「…………」
 イザさんの言う通りだ。
 自分で巻いた種は自分で刈り取るしかない。
「イザさん、バックからナイフ出して!」
「これか?」
 スポーツバックから緑色のナイフを――風の短剣を投げてよこす。
「二人とも危ないから離れてて!」
 そう言うと探検を握り締め目をつぶる。
 本当は、他にもやりようがあったかもしれない。でも外見はイザさん――大人でも、中身はオレ――ただのガキ。でも、ガキだろーがなんだろうがやるしかないんだ!
「スカイア!」
 イザさんの声で緑色の少女を――風の武具精霊を呼び出す。
(はーい♪ って……え、あなた誰ですかぁ?)
「話は後。いーからそいつをやっつけてくれ!」
(え? でもノボルじゃ……)
「頼む!」
 目の前で両手をパン! と合わせる。
(ノボルなんですねー。ワタシに任せて♪)
 緑色の少女が一瞬にして風の刃に変わる。
「いくぞ!」
 かけ声と共に狼もどきに向かって駆け出した。


「はあっ、はあっ、はあ」
 狼もどきを倒すことには成功した。さすがに無傷ってわけにはいかなかったけど。
「やればできるじゃん」
 翠色の瞳が黒い目を見据えて笑う。
「そんなことないって。今のだっていっぱいいっぱいだったし」
 刃を獣に向ける前に噛みつかれてしまった。出血はひどくないけどやっぱ痛い。
「まともにやりあわなくても窓の外に追い出せばよかっただろ?」
「あ。そっか……痛っ!」
 傷口に消毒液をかけられ思わず顔をしかめてしまう。
 忘れてた。っつーか、全く頭になかった。
「オレってまだまだだよなー。……あれ?」
 鏡を見ると、そこには黒髪黒目のごくありふれた容姿――大沢昇、オレ自身の姿があった。
「いつの間に元に戻ったんだ?」
「ついさっき。気づかなかった?」
 オレの腕に包帯を巻きながら勇気が言う。
「ちゃんとイザにお礼言えよ。なんだかんだいってイザってば優しいんだから」
 動かなくなった狼もどきを見ると、銃弾の跡があった。全く気づかなかった。いつの間に……
「ありがと――」
「疲れたから寝る。さっき何か作ってただろ。できたら起こせ」
 オレが言うよりも早く。そう言うと、ソファに寝そべり目をつぶる。なんだよ、礼の一つぐらい言わせろって。
「ほっといても歳はとる。強くなりたいなら自分でどうにかするしかないだろ。要は自分次第ってこと」
「…………」
 じっと見てると、『なんだ?』とでも言いたげに眉を上げ、イザさんは再び目をつぶった。

 それでも、やっぱりイザさんは大人だと思う。
 イザさんのようにってわけにはいかないけど、オレはオレなりの方法で大人になりたい。

 強くなりたい。
 どんな悲しみがあっても、これから先乗り越えていけるように。
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