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SHASHA(しゃしゃ)さんへの差し上げもの

二人の兄貴

後編

「ここが僕と勇気の通っている神在山(カミアリヤマ)高校」
「へー。って、うちの学校とあんまり変わんない」
「そりゃそうでしょ。公立高校なんだから」
 大兄ちゃんに案内され、学校にたどり着く。時刻は8時30分。
「えーと、勇気の靴箱は……うわっ!?」
 開けたとたんに、中から大量の手紙らしきものがあふれ出てきた。
「これ、何?」
「何って、見ての通りの代物だけど?」
 これって、俗に言う『ラブレター』なのでは。
「こんなことが毎日あるの?」
「うん。特に勇気は」
「…………」
 てっきりマンガの中だけの出来事だと思ってた。まさかこんな形でお目にかかるとは。
 さっきも周りの視線が妙に気になったし。ただものじゃないとは思っていたけど、まさかここまでとは。許すまじ、清森家。
 と、そこで明るい声に呼び止められた。
「相変わらずすごいわねー。アンタって」
 そこにいたのは同年代のカップル。女子の方は栗色の長い髪に切れ長の目。結構胸あるよなー。……なんてことはどーでもいいか。男の方は長い金髪にたくましい体格。極めつけは青とは少し違う、瞳の色。たしかこの二人は――
「おはようございます。虎ノ介さん、琴音さん」
 で、よかったよな? 確か。
「虎ノ介さん!?」
「勇気が敬語喋ってる……」
 その場にいる全員が引く。おもいっきし引いてる。
「えーと……」
 落ち着け。落ち着くんだ、大沢昇。オレは今、清森勇気なんだ。しょっぱなから怪しまれてどーする。
「……じゃなくて。おはよう。虎、琴音」
 一呼吸置いてもう一度。今度は間違ってないはずだ。
「ちょっと勇気? アンタ頭おかしいんじゃない?」
 けど、しっかりばっちし怪しまれていた。
「そ、そーかも。オレ……俺今日ちょっと変でさー」
 必死に笑顔を作ってごまかすものの、疑いの眼差しはなかなか消えない。
「ほら。三人ともHRはじまっちゃうよ」
「そうね。こんなところで勇気なんかにかまけている時間はないものね」
 大兄ちゃんの助け舟に琴音さんがあっさりと矛先を変える。
「『勇気なんかに』って」
 友人の扱いがこんなもんでいーのか?
「二人とも急ぎなさいよ。特に勇気、あと三回で罰掃除なんだから」
「二人ともまたね。あ、まってよ琴音」
 二人は慌しく階段を登っていった。
「ほら。僕たちも行くよ」
「……類は友を呼ぶ」
 二人とも、この双子に負けず劣らずの容姿をしていた。確か二人は親友だったはず。この双子の親友をやれるなんて、一筋縄ではいかなさそうな気がする。
「それってどういう意味?」
「いや、なんとなく」
「……言っとくけど、昇も同類だからね」
 えーっと、それってどーいう意味ですか?


『勇気になりたいならただ寝てればいいよ。本人が聞いててもどうせわかんないだろうから』
 そう言われても。やっぱりそーいうわけにはいかない。
 とりあえず、真面目に授業を受けてはみるものの……
「やっぱわかるわけないよなー」
 そもそも、高一で高二の内容を理解しろってほうが無理なんだ。
「苦戦してるね」
「ぜんぜんわかんない」
 本当にわからない。このセリフだけは勇気とシンクロしてるんじゃないだろーか。
「今のって数U?」
「そう。数U」
「数Uかー。オレまだ数Tだもんな。あ、これわかる?」
 そう言って教科書を広げてみせる。
「へー。今ここやってるんだ。だったらこれ、その応用で効くよ」
「……あ。そっか。こうやれば解けるのか」
「簡単でしょ?」
「確かに解けないことはないかも……ん?」
『…………』
 目の前には、虎ノ介さんと琴音さんがいた。さっきよりも数倍疑わしい視線をオレの方にむけている。
「あのー?」
「勇気、今すぐ家に帰んなさい」
「は?」
「俺もそう思う。今日の勇気変だ」
 そりゃそーだろ。中身が勇気じゃないんだから。
「授業受けてただけだろ? そのどこが変なんだよ」
 そう言うと、『それが一番おかしい』と逆に突っ込まれてしまった。……勇気って、一体どんな学校生活を送ってるんだ。
「そんなことないって……じゃなくて、ないぜ? 今日も元気、絶好調☆」
 額に一筋の汗をたらしながら、できるだけ勇気らしく振舞う。
 それにしても、人のふりをするのって難しい。少なくとも語尾に☆マークなんてつける芸当、オレにはできない。後で死ぬほど後悔して『そんなに嫌ならやらなきゃよかったのに』と大兄ちゃんに突っ込まれたのは別の話だけど。
「大地はどう思う? 今日の勇気」
「ええと……」
 大兄ちゃんは困ったように笑うと勇気に――オレに抱きついてきた。
「うわっ!? 大兄ちゃ……大地!?」
「この子は正真正銘、僕の弟だよ。僕が勇気を間違うわけないでしょ?」
 いつにもまして綺麗な顔で髪をなでる。ここのことろ、この兄弟に抱きつかれてばかりのような気がするのはオレの気のせいなんだろーか。
「でも心配だから保健室連れていってくる。お二人さんあとお願いね」


「やっぱ勇気のフリは難しい」
 保健室のベッドの上で盛大なため息をつく。
 先生はいない。なんでも会議でしばらく戻らないんだそうだ。だからオレと大兄ちゃんの貸し切りなわけで。一見すると頭を疑われるような会話も普通にできている。
「当然でしょ。だって昇なんだから。勇気の代わりは勇気にしか出来ないよ」
 確かに。どううまくやっても中身はオレ。清森勇気になるのには無理がある。
「ごめん。中身がオレで」
 なぜか意味もなく謝ってしまった。
「一日なんだから大丈夫だよ。それで、どう? 少しは気がはれた?」
「はれたって?」
 相手の言わんとしているところがわからないでいると、大兄ちゃんは続けてこう言った。
「泣いてたんでしょ? 昨日」
「なっ……!?」
 慌てて目元に手をやる。ついでに鏡も見るけど、泣いた跡は見えなかった。
「やっぱり。そんなことだろうと思った」
「ひっかけたのか」
 恨みがましい視線を送ると、大兄ちゃんは意に介した様子もなく軽く肩をすくめた。
「だってバレバレなんだもの。勇気から話は聞いてたし。その顔じゃ誰だってわかるよ」
 ひとしきり笑うと、今度は真顔になってこう言った。
「一体何があったの? まりいのこと?」
「…………!!」
 図星をつかれ、沈黙すること数分。
「……オレってそんなにわかりやすい?」
「とっても」
 もはや反論する気力もない。
 肩を落とすと、そのままとつとつと話した。
「……やっと気づいたんだ」
 自分の気持ちに。

『椎名はさ、あいつのことどう想ってるの? オレは椎名のこと……』
 姉貴と――椎名といるのがつらくてこっちに来た。無理を言って勇気の学校にも来た。
 あのままじゃやばかったから。事故とはいえ、かなりやばかった。
 あのままだったら――

「昇はさ、どうしたいの?」
「…………」
 椎名がショウのことを好きだってことは知ってる。でも、このまま何もしないで終わるなんて嫌だ。
「……オレ、椎名のこと好きなんだ」
 視線を床に落とし、とつとつと話す。
「うん。それは知ってる」
「義理の姉貴とか、去年までクラスメートだったとか、好きな人がいるとか全部抜きにして考えてみたけど……やっぱ、好きだ」
 それだけは変わらなかった。
「それで? このままでいいの?」
「嫌だ」
 いいわけがない。
「なら答えは出てるんじゃない?」
「…………」
 確かに。答えはもう出ている。
「やれるだけ、やってみる」
 結果はどうなるかわからない。……いや、どうなるかは予想はついてる。
 だけど、やっぱりこのままは嫌だ。
「それでこそ昇!」
 そう言って背中をバシバシたたかれる。見た目とは裏腹に力はけっこう強かった。
「痛いって! もう少し手加減しろよ」
「半病人に負ける方が悪いんだよ。もっと体鍛えなさい」
 ひとしきりたたくと、弟と似た綺麗な表情で微笑む。
「……さっき、虎クンと琴ちゃんに言ったの本当だからね」
「へ?」
「またなにかあったらいつでも来いよ。昇は正真正銘、僕の――僕たちの弟なんだから」
 なんで、そんなことを言うんだろう。なんで――
「……っ!」
「わっ! 昇!?」
 いつもは逆だけど。今日だけは、いいよな?
「ありがとう……大兄ちゃん」
 はたから見れば兄弟のじゃれあい――以上に見えたかもしれない。けど、今のオレは大沢昇じゃない。清森勇気なんだ。今日だけは……いいよな?
 今日だけ、清森勇気であることに感謝した。


『やっと元にもどれたー!』
 場所は再びあの部屋。元の姿に戻ってはじめにやったことは、鏡で自分の姿を確認することだった。
「やっぱ自分の姿が一番だ」
「そう? 俺は結構楽しかったけど」
「オレはそこまで器が大きくないんだ!」
 けど――
「昇?」
 何も言わず、額を肩に押し付ける。
「ありがとう……兄貴」
 やれるだけやってみよう。
 どんな結果になっても、後悔だけはしたくないんだ。
「どういたしまして」
 一瞬あっけにとられるも、苦笑しながら背中をたたく。
「……今の、絶対言うなよ?」
「どうしよっかなー。俺って口軽いし☆」
「勇気!」
「ウソウソ。あ、噂をすれば」
「へ?」
 そこには見知った二人の姿があった。
「勇気」
「昇くん!」
「椎名? 大兄ちゃんも、どーしてここに?」
 って――
「僕が連れて来た。まりいちゃんも心配してるみたいだったし」
「心配って……?」
 言葉を紡ぐよりも早く、椎名の手がオレの頬に触れる。
「よかった。いつもの昇くんだね」
 手を離し安心したように笑う。って――
「椎名、入れ替わりのこと知ってたの?」
「うん。昇くん、いつもと様子がおかしかったし」
「昇の代わりは昇にしかできないってこと」
 そう言ってやっぱり肩をすくめる。
「…………」
 そーだな。
 勇気の代わりは勇気にしかできない。
 そして、オレの代わりも――
「兄貴、大兄ちゃん今日はありがとう」
 ありったけの気持ちを込めて二人に頭を下げる。
『頑張れよ、昇!』
 背中を豪快に叩くと、二人は部屋を後にした。
 残されたオレといえば……
「昇くん、大丈夫?」
「大丈夫……多分」
 背中をおもいっきし叩かれ、見事に床にしずんでしまった。
「…………」
 起き上がって深呼吸。
 部屋には二人きり。今なら言える。ここで言わなきゃ男じゃない。
「椎名。聞いてほしいことがあるんだ」
「……うん」
 結果はどうなるかわからない。
 でもできるだけやってみよう。ダメだったらその時。また考えればいい。
「オレ、ずっと前から椎名のこと――」



実は前々から書き溜めてました。
時期が時期だったためになかなか公表できず、今回ようやくUPできたわけです。
またまた話が変な方向に言ってる気がしないでもないですが――気にしないでください。
この双子は、昇にとって本当に兄貴なんです。
なお、一部パラレルな場面もありますが。本編ではちゃんと決着をつけるつもりです。
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