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SHASHA(しゃしゃ)さんへの差し上げもの

二人の兄貴

前編

 オレには兄が二人いる。
 とは言ってもちょっと前まで一人っ子だったんだけど。
 でも、オレにとっては大切な兄貴だ。


「ぐ……」
 頭がガンガンする。きっとあれだ。二日酔いだ。
 周りには誰もいない。さすがにこの時間になるとみんな帰ってしまったらしい。
 頭はまだ痛いけど、かと言ってずっとこのままってわけにもいかない。
 とりあえず顔でも洗ってこよ。
 パシャッ、パシャッ。
 冷たい水が気持ちいい。ここって何でもそろってるからほんと助かる。
「えーと、タオルタオル……」
 ぼーっとした顔で鏡を見る。
 そこには見慣れた黒髪に黒目が――
「……ない」
 もう一度顔をよく洗い、もう一度鏡をよく見る。
 そこにあったのは黒髪に黒目。だけど――明らかに違う。
 オレのは普通の、それこそどこにでもあるような普通の髪。でもそこにあったのは、黒は黒でも真っ黒――漆黒。同じ色の瞳に極めつけは鏡に映っている顔。通った鼻筋に紅色の唇。瞳に宿る鋭い光。新雪のように美しい、輝くような白い肌って――
「これ、まんまあいつじゃん」
 呆然と。ただ呆然とつぶやく。
 オレとは全く対照的な美辞麗句の似合う奴は――いる。身近にいる。
「…………」
 ふと部屋を見回す。
 誰もいないと思ってたけど、よく見ると部屋にはもう一人いた。
 ありふれた黒髪に、そこそこの身長。大きなソファの上で気持ちよさそうに眠っている。
 一体なにが起こったのか自分でもわからない。
 とりあえず今のオレにできることは――
「ほら。起きろって」
「んー。まだ眠いー」
 相手は目を覚まさない。どうやらちょっとやそっとじゃ起きる気配がないな――
「――って、うわっ!」
 急に抱きつかれ、勢いあまって床に頭をぶつける。言っておくが、オレはそんな趣味は全くない。
「おはようー。んー、今日も可愛い☆」
 声の主がねぼけ眼のまま頬擦りをする。……言っておくが、オレにはそんな趣味は断じてない。
 ダメだ。完全に寝ぼけてる。
「…………」
 無言で、部屋にあった手鏡を渡す。
「ん? どしたん?」
「いーから。それ見てみろよ」
「どれどれ……?」
 目をこすり、促されるまま鏡を見て――
「…………」
 そのまま、あいつが絶句する。
 鏡に映っているのはどこにでもある黒髪に黒目。ついでに言えば、どこにでもありそうな、普通の顔。
「嘘だろーーーー!?」
 いつもはオレが言うであろうセリフを口にしたのはそれから十秒後。
「ようやく目が覚めたみたいだな。昇くん」
 苦笑すると、あいつに――勇気にこう言った。


 早い話が、オレと勇気と。中身が入れ替わってしまったわけで。
「一体何がどうしてこうなってんの?」
 勇気は完全にパニックに陥っている。あたふたしている仕草が面白いと言えば面白い。
 ……オレって、いつもこんなふうに見えてるのか。
「わかんない。思い当たることと言えば――」
「言えば?」
「ほら。昨日オレ酒飲んだろ?」
「ああ。あれ。お前ほんとすごかったからなー」
「すごかったって……」
 確かにオレは酒に弱い。それ以前に未成年でもあるけど。
 以前、オレはこの部屋で好奇心から酒を飲んだことがある。結果、見事によっぱらい、こいつともう一人の先輩にからんだあげく眠りこけたらしい。本当はこの後にも後日談があるけど、その時のことは恐ろしくて言えない。
「でも酒飲んだだけでこんなことってなる?」
 普通はそうならない。せいぜい今みたいに二日酔いになる程度だ。けど――
「……あの酒。師匠のなんだ」
 アルベルトに一泡吹かせたくて、昨日の夜こっそりくすねてきた。
 くすねてきたのはいいものの置き場所に困り、とりあえず冷蔵庫にでも保管しておこうとこの部屋に来て。それを部屋の中にいた数人に発見され、止める間もなく飲み会となったわけだ。当然オレも無理矢理飲まされ現在にいたる。
「昇、スケール小さすぎ」
「うるさいっ!」
 中身は勇気だとはわかっていても、自分にそう言われると悲しいものがある。
「ほんと、嘘だろ……」
 勇気の顔と声で――いくら美形でも中身はオレなんだ――二日酔いもさめやらぬまま、テーブルに突っ伏す。
「けっこううまかったぞ? この酒」
 冷蔵庫から酒の入ったビンを取り出す。
「勇気って未青年じゃなかった? 酒飲んでいいわけ?」
「それ言うならお前も同罪だろ。俺の顔で真面目に言うなよ。……ん?」
「どーしたんだ?」
「…………」
 無言でビンの底を見せる。促されるまま覗いてみると、
『勝手に人の物を持ち出すからこんなことになるんです。効果は一日で切れますから安心なさい。迷惑をかけた友達にもちゃんと謝っておくんですよ?』
 達筆な文字で(しかも日本語)そう書かれてあった。
「なんていうか、昇の師匠ってすごいな」
「そーだなー」
 二人そろって遠い目をする。
 あいつに逆らってはいけない。そう思ってしまった自分が途方もなく悲しかった。
「でもこれで安心だな。そうか。俺ってば昇になってるんだ♪」
 ビンをテーブルに置き、鏡に向かって色々なポーズをとる。……頼むからやめて欲しい。いくら中身は勇気でも、外見はオレなんだ。
「楽しそうだな」
「だって一生に一度しかできない経験よ? 楽しまなきゃ損じゃん」
 こんな経験二度も三度もあってたまるか。
「昇も楽しんでみたら? せっかく美形になれたことだし」
 何をどーやって楽しめと。
「そーいうわけにもいかないって。勇気、学校の場所教えて」
「へ? 学校行くの? 俺のナリで?」
「今日って平日だろ? 行かないとやばいんじゃないの? 一日くらいならオレでもなんとかなるだろ」
「昇の学校は?」
「風邪で休んだってことにする。元々オレが迷惑かけたんだし」
 結局はオレが極悪人から酒をくすねたせいで招いた事態だし。それに――
「……家に帰りたくないの?」
 それまでとは違い、オレが――勇気が心配そうな顔をする。
「……今は、帰りたくない」
 いつもなら『そんなことない』って、笑って誤魔化せたんだと思う。けど今日はそんな余裕もなかった。
 今帰ったらきっと――
「そう。だから昨日……」
「昨日、何?」
「言ってもいいの? 昨日の昇ちゃんたらホント大胆だったんだから☆」
「なんだよそれっ!?」
「しーらない☆」
 いたずらっ子のような顔で笑うと、目を細めてこう言った。
「学校の方は俺が行ってやるから昇はゆっくりしてろよ。なんなら俺の家で休んでてもいいぜ。大地には俺が言っとくから」
「けど……」
「弟は黙って兄貴の言うこと聞いてなさい」
 そう言って頭をがしがしと撫でる。
 いつもは抵抗するところだけど、今日は素直にそれが嬉しかった。
「……サンキュ。でもホントに興味あるんだ。勇気の学校」
 二人が榊(さかき)町に来たことはあるけどオレが神在山(カミアリヤマ)市に行ったことは一度もない。冗談抜きで気になるし。
「あんまり無茶するなよ?」
「わかってるって。兄貴にはほんと感謝してる」
 本当に、感謝している。
「……なんか自分に言われるのも変だな」
「だな」
 こうしてオレは、一日だけ『清森勇気』を演じることになった。
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