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干支藍樹(えとらんじゅ)さんへの差し上げもの

大沢家のとある一日

 それは、テストが終わって数日後の出来事だった。
「昇くん、今度の日曜デートしない?」
「へ?」
 突然の姉の申し出に、目が点になる。
「……嫌かな?」
 目の前の姉――椎名が、自信なさげにこっちを見る。
「やじゃない。やじゃないって、全然!」
 必要以上に力んで答えてしまうのがなんだか情けなかったけど、この際仕方がない。
「よかった。じゃあ今度の日曜、時間あけておいてね」


 大沢まりい。
 オレと同じ年で、オレの義理の姉になる(ちなみに前の苗字は『椎名』)。
 オレの親父と椎名の母さんが再婚してはや二ヶ月。はじめはやや戸惑いがあったものの、今ではそれなりに新しい環境を楽しめるようになった。
「昇くん、早く早く!」
 目の前の姉のことを除いては。
「そんなに急がなくても電車はまだ大丈夫だって」
 いつもらしからぬ椎名のはしゃぎように、つい苦笑してしまう。
 タンクトップに短めのワークパンツ。上には七分長けのシャツを羽織っている。
「昇くん、どうかしたの?」
 椎名が小首をかしげる。
「椎名って、あんまりスカートはかないよな」
「そうかな?」
 そう言って再び小首をかしげる。
 椎名は制服以外、ほとんどスカートをはかない。むしろ今のような格好の方が多い。それは一緒に生活するようになって初めてわかった。どうやら動きやすい格好が好きらしい。本当に意外だ。
「それで、今日はどこ行くんだ?」
「デパート。買い物がしたかったの。地元じゃなかなか見つからないし」
 確かに。
 オレ達の住んでいる榊町(さかきまち)は、はっきし言ってど田舎。車があればそれなりの場所へ行けるだろーけど、高校生には無理がある。
 でも地元では見つからないものって……?
「ごめんね。本当はデートなんて大層なものじゃなかったんだけど」
 申し訳なさそうに椎名がオレの方を見る。
「いいって。オレもどーせ暇だったし」
「無理しなくてもいいよ?」
「してないって。全然」
「ホントに?」
「ほんとほんと」
「ありがとう! 昇くん、やっぱり優しいね」
「…………」
 オレ、やっぱ椎名に弱い。
 電車の中、ずっとそんなことを考えていた。


「……なるほど」
 目的地に着いて、椎名がオレをデート――買い物に誘った理由がよくわかった。
『父の日フェアー、実施中!』
 そう書かれたポスターが壁にでかでかと貼られている。
「どれを選んだらいいか迷っちゃって。昇くんならお父さんの好みとかわかるでしょ?」
「まあ確かに。15年も共同生活してりゃーな」
 それでオレと来たかったってわけか。
「でもさ。それって椎名が選んだ方がいいんじゃない?」
「私だけじゃ意味がないよ。二人で選ばなきゃ」
 そーいうもんなのか?一人でも十分な気がするけど。
 チラっと隣を見ると、真剣な顔で父の日のプレゼントを選ぶ椎名の姿があった。これを見たからには黙ってるわけにもいかないか。
「親父はMサイズだったからこれでいーんじゃない?」
 そう言って男性もののシンプルなポロシャツを差し出す。
「お父さん、ポロシャツが好きなの?」
 選ぶのに夢中になってたんだろう。選んでいた手を止めて、顔をオレの方に向ける。
「こーいうのはある程度あっても困らないし。何より椎名が選んだんだ。喜ばないわけないって」
「じゃあそれにするね」
 ポロシャツを買い物カゴに入れて、レジの元へ進む。
「税込みで合計5000円になります」
 レジの女の人がポロシャツを丁寧にたたむ。
「ワリカンでいい?」
「いいよ。私が払うから」
「オレもあの人の息子だから。二人からのプレゼントってことで」
 本当は全額払うと言いたいところだけど、貧乏学生のオレにはそんな大金はない。
「そうだね」
 それを察したのか、椎名はオレを見てくすっと笑った。
「家族思いのいい弟さんですね。お父さんもきっと喜ばれますよ」
「はは……」
 レジの女の人がそう言ってこっちに笑いかけるのを、オレは苦笑しながら聞いていた。
「包装に時間がかかりますが、お時間は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。昇くん、ちょっと待っててくれる?」
「わかった。オレむこうに行ってるから」


 結局、オレは弟ですか。
 第三者からの一言になぜか深く傷ついてしまった。
 別に椎名のことが好き!というわけじゃない。……嫌いじゃないけど。でもなんか――なぁ。
「…………」
 ふと、ゲーム売り場に目が留まる。
「ゲーム、か」
 そう言えばここんとこやってないよなー。
 なにしろ毎日がRPGまがいのことやってるもんな。なにが悲しくてこんなことになったのやら。
「ま、過ぎたことをグダグダ言ってもしかたないか」
 軽く頭をふってレジに向かって歩き出す。もう包装もすんだ頃だろう。
「昇くん!」
 聞き慣れた声にふり返る。そこには買い物袋を抱えた椎名の姿――
「…………?」
 ――だけじゃない。椎名の他にも誰かがいる。
「ごめんね。遅くなって」
「その子、誰?」
 椎名の手を握っていたのは子供だった。
「途中で会ったの。ご両親のこと聞いたんだけどわからないの。迷子かな?」
「…………」
 改めて目の前の子供を見る。
 オレと同じ――むしろ漆黒と言ってもいいような黒い髪。腕には髪の色と同じ、黒い犬のぬいぐるみ――
「お前もしかして、ヨゾ――」
「夜空ちゃんって言うの。可愛い名前だよね」
 オレが言うより早く、椎名がそれを口にした。
「…………」
「どうしたの?」
 椎名が不思議そうな顔をするのも無理はない。だってこいつはオレの――
「どうもしないよ?ね。昇おにーちゃん」
 子供が――夜空がオレに笑いかける。
「昇くん、夜空ちゃんと知り合いなの?」
「いや、知り合いって言えば知り合いっつーか。その……」
「うん! この子がおにーちゃんに会いたいって言ったから遊びに来たの」
 夜空がこの子――犬のぬいぐるみを抱きしめる。
「そうだ。夜空ちゃん、これから私達の家に来ない?」
「私達?」
「私と昇くんの家。昇くんに会いに来たんでしょ?」
「でも椎名、この子にも都合ってもんが。それにオレ達電車で来たし……」
「うん、行く!」
 オレの抵抗は女性二人を前にしてあっけなく却下された。


「夜空。お前ここまでどーやって来たんだ?」
 椎名の用意したジュースを差し出しながら、当たり障りのない質問をする。
 確かにこいつには何度か会ったことがある。でもオレの家の住所なんて知らないはずだ。
「えへへ。ヨゾちゃんマジックだよっ♪」
「…………」
 なんだか、こいつが言うと何でもそれ通りになりそうだから不思議だ。
そもそも『ヨゾちゃんマジック』なるもの自体うさんくさい代物だが、実際に経験したことがあるだけにつっこめない(後が怖いし)。
「それで、今日は何の用で来たんだ?」
 できればしたくなかった質問をすると、
「それは――」
「さっきも言ったじゃない。ダーリンに会いに来たって」
 夜空が答えるより早く。声は彼女とは違う方向から返ってきた。
「…………」
 どーでもいいけど、今日やけに『…………』が多いな。
 本当にどーでもいいことを考えながら、声のする方角に顔を向ける。
 視線の先には――
「ダーリン、会いたかった♪」
 視線の先には、飼い主から離れ、尻尾をふっている黒い犬のぬいぐるみ――クロたんの姿があった。
「…………」
 とりあえず目をつぶる。
 落ち着け、落ち着くんだ大沢昇。
 適応能力が高いのがオレの長所なはず。ここんとこ、それに磨きをかけたばかりじゃないか!
「…………」
 目を開ける。
 目の前には夜空だけ。ほら、やっぱりさっきのはオレの思い過ごし――
「もう、ダーリンったら照れ屋さんなんだから♪」
 ――じゃ、なかった。
「……ハニー、オレも会いたかったさ」
 ひきつった笑顔を浮かべながら、クロたんを抱きしめる。
「やっぱり二人は相思相愛なのね♪」
「そーだな。だから――」
 笑顔は消さないまま、彼女(?)の首根っこをつかみ、チリ箱の方へ歩いていく。
「ダーリン?何するつもり?」
「何もしないさ。ただ――」
 有無を言わせず、クロたんをチリ箱――の側にあったスポーツバッグに押し込み、チャックを閉める。
「そこでおとなしくしていてくれ」
 そう言うと、今度は風の短剣をつかってスカイア(精霊)を呼び出し彼女に見張りを頼む。
(えー、でもワタシにそんなことできますかー?)
「頼む。オレの一生がかかってるんだ。この通りだ!」
(……そんな、涙浮かべるほどのことじゃないでしょーに)
 明らかにオレを見て呆れているような感じがするけど、このさいプライドは捨てることにした。
「オレにとっては死活問題なんだ! 頼む!! な?」
(今回だけですよぉ?)
 精霊らしからぬため息をつくと、彼女の姿が一瞬にして消える。その後バッグの中から『コラー、出せー!』とか『ノボルー、やっぱり無理ですー!』とか声がしたような気がするが、心を鬼にして聞かなかったことにする。
 ごめんスカイア! お前の尊い犠牲は無駄にしないからな!
「……昇くんどうしたの?」
「いや、今ようやく安息を手に入れたんだ」
「安息?」
「そう、心の安息を――って、椎名!?」
 そこにはトレイにお菓子をのせた椎名がいた。
「これは、その――」
「わーいお菓子だぁ!」
 夜空が嬉しそうに椎名の元に駆け寄る。
「たくさんあるからいっぱい食べてね。昇くんも食べる?」
「……うん。サンキュ」
 トレイからお菓子を受け取る。
 どうやら夜空のおかげで深く追求されずにすみそうだ。よかった。
「おねーちゃん、昇おにーちゃんの彼女?」
「ぐっ!?」
 夜空の一言にお菓子をのどに詰まらせてしまう。
「ううん。私は昇くんのお姉さん」
 オレにジュースを差し出しながら、夜空に笑いかける。……オレは弟ですか。
「よかった。じゃあこの子、昇おにーちゃんのお嫁さんにしていい?」
 そう言ってクロたんを椎名に差し出す。――って、いつの間に抜け出したんだ!?
「いいよ。でも昇くんが同意しないとダメかな?」
「椎名!?」
 それは本気で言ってるの!? だとしたらオレ、すっげーピンチなんですけど。
「わーい。おねーちゃんの承諾もらっちゃった。よかったねークロたん♪」
「…………」
 オレ、何か悪いことしましたか?
 そう誰かに問いかけずにはいられない一日だった。


 結局、夜空は夜遅くまで家に滞在し、そのお守り(クロたんの監視含む)のためオレにしては珍しく夜の11時まで起きているはめとなった。
 ようやくそれから開放され、目をさますと――そこはものすごいことになっていた。
 まあ、それは別の話ということで。



果たしてコレを本当に番外編と呼んでいいものかどうかはさておいて。
実はこれ、某チャットにてアイデアが浮かびました。時期的にはEVER GREEN第三章のNo,0と1の裏側――地球でのお話です。だから気がついたら一人取り残されてたんです(笑)。
 
クロたんと夜空ちゃんを貸してくれたらんじゅちゃん、本当にありがとうごまいます。
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