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SHASHA(しゃしゃ)さんへの差し上げもの

清森兄弟がやってきた!

 それは、ある晴れた日のできごとだった。
「……え?」
 目の前で、椎名が目を丸くする。
「だから。デートしない?」
「え? でもデートって……」
「オレじゃ嫌?」
「嫌じゃなくて……ああ、そっか」
「?」
「デートって、買い物のことでしょ? そうか、この前の逆だね」
「あ、うん……」
 ちなみに『この前』とは父の日の買出しのことを指している。
「いいよ。付き合う。ああ、びっくりした。本当に『付き合って』って言われたかと思った」
「ははは……」
 いや、オレとしてはけっこう本気だったんですけど。
 
「アクセサリー?」
「そ。女物ってオレわかんないし」
 場所はこの前と同じデパート。今回はこの前の全く逆。要するに、プレゼント――お土産を椎名に選んでもらおうってわけだ。
「誰にあげるの?」
「えーと、その……友達」
 まさか異世界の女子にあげるとは言えない。
「どんな人? 髪とか長い?」
「えーっと、髪は背中まであった」
 プレゼントをあげる相手――シェリアを思い出しながら言う。
『アクセサリー。可愛いのがいいな』
 以前、お嬢と二人で買い物に出かけたことがあった。その時に一人留守番をしていた公女様のセリフがこれ。シェーラが買ってはいたものの、あの後いざこざがあってなくしてしまったわけだ。
「コレなんかどうかな?」
 そう言って差し出されたのは、青のバレッタ。
「これから先暑くなるし。髪の長い人ならって思ったんだけど……」
「いや、これでいいよ。サンキュ」
 本当に助かった。『アクセサリーを買ってきて』とは言われても、いったいどんなものを買えばいいか全然わからなかったし。
「もしかして彼女へのプレゼント?」
 明るい茶色の瞳が興味深そうにこっちを見る。
「違うって」
 そのセリフにこっちもつい苦笑してしまう。
「じゃあ買ってくる。椎名はどうする?」
「私は洋服の方見てるね」
「わかった。今日は本当にサンキュ」
「どういたしまして。可愛い弟のためだもん。それに前昇くんにお世話になったし」
「…………」
「昇くん?」
「なんでもない。本当にサンキュ」
 それだけ言うと、レジの方へ向かった。

「はーっ」
 買い物もすみ椎名の待っている場所へ、とぼとぼ歩く。
『可愛い弟のためだもん』その一言がなぜか胸に残る。
 この前も、誰かに言われたような気がする。そんなにオレって頼りないんだろうか。
……『弟』なんだろうか。
「はーっ」
 確かに戸籍上は大沢家の長男で椎名の弟になってるけど。けど……
「なーにため息ばっかついてんだ?」
「うぐっ!」
 明るい声と共に後ろから羽交い絞めにされた。
「苦しいって! ロブ! ロブ!」
「お前、もうちょっと体鍛えた方がいいぞ?」
 声の主が、苦笑とともに体を離す。
「不意打ちは卑怯だろ! ……って、勇気?」
「ちゃお☆」
 オレを羽交い絞めにしてたのは、清森家の双子の弟――勇気だった。
「なんでここに?」
「んー。偶然、ここを通りかかったから」
 嘘だ。たしか先輩の家ってここからかなり離れてたはずだ。
「……今日は一人なんすか?」
「まさか。親愛なるマイブラザーも一緒に決まってるだろ」
 そう言って軽く肩をすくめる。
「で、そのブラザーはどこに?」
「あっち」
 勇気の指さした方を振り向くと、そこには椎名と清森家の双子の兄――大地がいた。
「昇、久しぶりー」
 自分より大きな紙袋を抱えながら片手を挙げる。挙げたとたんに紙袋の中身がこぼれて、椎名が慌ててそれをキャッチしていた。
 この先輩達は、普通の双子とはちょっと違う。まず背丈が違うし。でも一番違うのは、二人とも俗に言う『美形』だってこと。漆黒の髪に目。整った顔立ち。ただの黒髪日本人のオレとはえらい違いだ(ちなみに勇気には昔『魔性の美少年』という二つ名があったらしい。それを聞いて妙に納得してしまったのはなぜだろう)。
「大ちゃんごめんね。たくさん荷物持たせちゃって」
「いいの、いいの。男はこれくらい力ないとね」
 ……『大ちゃん』?
「まりい、久しぶりー。水着あれでよかった?」
 ……『まりい』? ……『水着』?
「勇気にお願いしてたの。今度水着を選んでって」
 オレの視線に気づいたのか、椎名が笑って答える。
「…………」
 誰が? 誰に? 何をお願いするって?
「その代わり俺達がまりいの家に泊まるってことで交渉成立」
 勇気が姉の言葉を引き継ぐ。よく見ると、二人とも宿泊用であろう荷物を抱えていた。
 確かに今日は両親は不在だった。なんでもまた温泉旅行に行ってくるとか(仮にも年頃の男女を家に残してというのはどうかと思うが)。 
「じゃあさっそく二人のお家に行くとしましょうか」
 椎名の荷物を片手で持ちながら、嬉々として言う。
「……マジで来るの?」
「昇ちゃん、これから帰れって言うの?」
 今度はわざとらしく恨めしげな視線をオレの方に向ける。
「冗談だよ。ね、昇くん」
 椎名が笑ってオレの方を見る。
「…………」
 オレとしては、二人が家に泊まることの方が冗談であってほしいんだが。
「まりいはいい子だよなー」
 妙に『まりい』を強調しながら、残った方の手で大地先輩の荷物を持つ。
「……どうなってもしらないからな?」

「ひいいいいっ!」
 我が家の玄関の前で、勇気がなんとも情けない悲鳴をあげる。
「来るって言ったのはそっちだろ?」
 だからあの時止めたのに。
「昇、あれ、あれ……」
 オレの話は聞こえてなかったらしく、玄関においてあるものを指差して硬直する。
「ああ、あれ? 我が家の守り神」
「守り神って……」
 そう言って絶句する。一方、大地先輩はと言うと。
「勇気、僕怖い! 怖いよぉ……」
 勇気と同じく我が家の守り神――『クロたん』を指差して震えている。うーん、さすが双子。行動パターンが見事に同じだ。
 実際、クロたん(犬のぬいぐるみ)が我が家に住み着くようになってから、新聞とか宗教関係の勧誘がぱったり来なくなった。はじめはオレも怖かったけど、慣れるとなんてことない。……慣れてしまった自分が悲しいけど。
「どうしたの? 二人とも。中に入らないの?」
 事情を知らない椎名が不思議そうな顔をする(ちなみにクロたんが動く、ましてやしゃべるという事実を彼女は知らない)。
「まりい、入りたいのはやまやまだけど……」
 青い顔のまま、勇気が精一杯の笑顔を見せる。
「やっぱり、疲れちゃったかな。ごめんなさい。私が無理に遊びに来てって言ったから……」
 椎名が悲しそうな表情をする。こんな表情をされたら、大抵の男はつられてしまう――
「そんなことないって! 二人とも中で休めばすぐに元気になる。そーだろ?」
 って、オレがつられてどーする!
『……この中で?』
 クロたんにトラウマを抱えていたのはオレだけじゃなかったらしい。目の前の双子は、抱き合ったまま(お互いしがみついていた)視線だけを家の方に向ける。
「これから帰りたくないんだろ?」
 さっきの反撃とばかりにわざとらしく双子(特に弟の方)を見据える。
「無理しなくていいよ?」
 椎名が心配そうに二人を交互に見つめる。
「いや、中に入るよ」
「よかった。大ちゃんは?」
「……弟が入るなら僕も行かないと駄目でしょ」
 二人とも青ざめた顔のまま家の中に入っていった。
「大地、何かあったらすぐ言えよ?」
「うん。勇気も気をつけて」
 あのー、オレの家は化け物屋敷ですか?

「今日は私が料理作るから、三人は休んでてね」
 そういうわけで、男性陣はオレの部屋にいる(ちなみに二階)。
「ダーリン、はい♪」
「サンキュ。気が利くな」
 差し出された麦茶を受け取って二人に渡す。
「やだ♪ ウチが美人で最高だなんて♪」
「誰もそんなこと一言も言ってない……ん?」
『…………』
「どーしたの? 二人とも」
「昇、なんかクロたんと馴染んでない?」
 双子は青い顔でオレとクロたんのやりとりを凝視していた。
「ああ、そーかも」
「『そーかも』って……」
 再び勇気が絶句する。
「人間、慣れればなんとかなるもんだよなー」
 そう、一人つぶやいて遠い目をむける。
 クロたんの持ち主は、オレにこいつを預けるとさっさといなくなってしまった。さっさと捨てようとしたけど、仮にも預かり物だし(押し付けられたような気もするが)何よりたたられそうだったので、オレ以外の家族に迷惑をかけないという条件で居候を許可した。
 さようなら、オレの安息の日々。こんにちは、非・平穏無事な日常よ。
 そんなフレーズが頭の中をよぎる。
「昇ー、帰ってこーい!」
 そんな声が聞こえたが、遠い世界に旅だとうとしているオレの耳には届かなかった。
「……昇、言いにくいことなんだけど……」
 麦茶を飲みながら、大地先輩が重い口を開く。
「何?」
「そのぬいぐるみ、君の生気食べてる」
「……え?」
「僕には霊感があるからわかるの。君の生気も明らかに弱ってるし」
「…………」
「……本当か? ハニー」
「やだ♪ ダーリンったら」
「……本当なんだな」
『…………』
 無言で見つめあうこと数秒。
 クロたんの首をつかむと、前回と同様、スポーツバックに押し込んだ。
「先輩、助かりました。本当に遠い世界に旅立つところだった」
 前回と同様、短剣を使って結界をはりながら額の汗をぬぐう。
「それって大げさだよ」
 そう言って、双子の兄が苦笑する。
「大丈夫か? 昇? 俺がついてるからな!」
 そう言って、双子の弟が俺にしがみつく。
「やめろって! 暑苦しい!」
「嫌。可愛い昇に何かあったら大変だ」
「『可愛い』なんて言われても嬉しくないって!」
勇気の腕を振り払おうとするけど、意外にそれは力強く、なかなか離そうとはしてくれない。
「俺らから見れば十分かわいいけど? 弟みたいで。昇ちゃんたら照れちゃって!」
「照れてないって! それに弟じゃない!」
 いつもならただの言い合いですむところだけど、今日はその一言に妙に傷ついてしまった。
「……オレ、そんなに『弟』に見える?」
 ため息と共に、力なく床にしゃがむ。
「昇は『弟』が嫌なの?」
 大地先輩が軽く目をみはる。
「……それって『男』として見られてないってことだろ?」
「――だってさ。ここはもう一人の『弟』の意見を聞いてみないとね」
 そう言ってもう一人の弟――勇気の方を見る。
「俺は大地の弟でよかったと思うけど?」
 そう言って、綺麗な表情で微笑む。
「――だってさ。僕も勇気が弟でよかったと思うよ」
 そう言って、弟とよく似た優しい、綺麗な表情で微笑んだ。
「…………」
 こう、恥ずかしいことを臆面もなく言い合えるのは、素直にすごいと思う(見ているこっちが恥ずかしいし)。
「昇はまりいがお姉さんなのが嫌なの?」
 そのままの表情で、腕を離す。
「嫌じゃないって!」
「だったらそれでいいだろ」
「…………」
「しばらくは『弟』でいてやれよ。行動をおこすのはそれからでも遅くないだろ」
 その一言で、胸のつかえが幾分か取れたような気がした。
「…………」
「ん? 昇?」
「勇気って、やっぱ人生の先輩だよな」
「とーぜん! 伊達におまえよか長生きしてないぜ?」
 そう言って誇らしげに胸をはる。
「…………」
「今度はどうした?」
「オレって、やっぱガキだよな」
 バカみたいにつっかかって。人の言動に面白いくらいに振り回されて。
「言っただろ? 昇は弟みたいだって。弟は少しくらいガキの方が可愛いんだよ」
「…………」
「それとも、オレが兄貴じゃ嫌?」
「…………」
 オレだって、勇気のことは嫌いじゃない。オレに兄貴がいたら、きっとこんなかんじなんだろうなって思うし。
「……嫌、じゃない……」
 今まで、家に帰ると一人だった。でも今は違う。家には母さんが、椎名が――姉貴がいる。兄弟がいるっていうのも、悪いもんじゃないのかもしれない。
「オレも、勇気のこと本当の兄貴みたいだって思う」
 照れくさげにそう言うと、
「……っ! やっぱ昇って可愛いー!!」
 再び勇気に抱きつかれた。
「苦しい……っ! 死ぬって! 離せ!!」
「嫌。兄弟のスキンシップって大切よ?」
「それは自分の兄貴とやればいいだろ?」
「僕はいつもやってるから遠慮しとく」
 大地先輩が苦笑する。……いつもやってるんかい。
「とにかく! いい加減離せって!」
「ああん、昇ちゃんのいけず――」
「……あの……」
『あ』
 ためらいがちな声に、三人の声が見事にハモる。
「……ごはん、できたから呼びにきたんだけど……」
 そこにはエプロン姿の椎名がいた。なぜか、視線を宙にさまよわせている。
「昇くん、私、なんていったらいいかわからないけど……。こういうことは、本人の自由だよね? 私、何も言わないから」
 それだけ言うと、足早に階段を下りていった。
「椎名、違うって!!」
 力いっぱい否定したけど、はたして彼女の耳に届いたかどうか。
「僕、まりいちゃんの手伝いしてくるね。一応フォローはしとくよ」
 大地先輩が苦笑しながら階段を下りていく。取り残されたのは二人のみ。
『…………』
 ようやく腕を離すと、今日見た中で一番優しい、綺麗な表情で、残された兄貴――勇気は、こうささやいた。
「道のりは遠いけど、頑張れ。弟よ」
「アンタが全ての元凶だろーが!!」

 さようなら、オレの安息の日々。こんにちは、非・平穏無事な日常よ。


あはははは。もう笑うしかありません。なんで私が書くとこんなものになってしまうんでしょう(汗)。
双子をかしてくれたしゃーこさんことSHASHAさん、どうもありがとうございます♪
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