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竹田こうと さんへの差し上げもの

夢の続き

『安眠』
安らかな眠り。ぐっすり、よく眠ること。――国語辞典より

「――と言うわけで。これから眠らせてもらいます」
『は?』
 オレの一言に、全員目を点にする。
「ノボルって寝てないの?」
「寝てる。おかげさまで一日八時間以上は寝るようになりましたよ」
「だったらいいじゃないですか。お肌にもいいでしょうし」
「オレが求めているのは平穏無事な安眠だ!」
 心の底から叫ぶ。
 オレが異世界に来るようになって数ヶ月が過ぎようとしている。オレの場合、異世界に行くには普通に眠ればいいわけで。――逆を言えば普通の睡眠がとれなくなったというわけで。
「それだけを言いにここへ来たのか? よほど暇なのだな」
「なんとでも言え! 寝るったら寝るんだ!」
 普通の睡眠がとれなくなった辛さがお前らにわかってたまるか!
「ここで寝ちゃったら今度は地球に逆戻りするんじゃないの?」
「……その時はその時。もう一度寝る」
「意気込んでいるわりには消極的だな」
「るせー!」
 お嬢のつっこみに半ばヤケクソで返事を返す。
「いいんじゃないですか? あいにく今日は外出できないようですし」
 苦笑しながら窓の外を見る。外は雨が降っていて外出は無理だった。
「とにかく。オレはここから動かない。みんな絶対入ってくるんじゃないぞ」
 それだけ言うと、毛布をかぶり再び眠りについた。


 ――のだが。
「…………」
 目を開けると、そこには何もなかった。
地球でもなく空都(クート)でもないただの空間。しいて言えば目の前にはドアがあった。
どこにの家にもあるようなドア。飾りっけも何もありゃしない。
「これって……中に入れってことだよな?」
 誰にでもなくそう言うと、ドアを開けた。
 中は真っ白だった。とにかく白。白い部屋。そうとしか言いようがない。さっきと違うのは先客がいたということだけ。……って……
「……漂?」
「……昇?」
 なんでこいつがここにいるかわからない。でもここにいたわけで。オレ達はただ呆然とお互いの名前を呼びあった。
 咲良漂(さくらひょう)。とあることがきっかけで、最近は顔をよく見せるようになった。オレよか一つ年下でいつでも何に対しても興味のなさそうな表情をしている(まあ実際は違うけど)。オレが思うに、いつも飄々(ひょうひょう)としているからこの名前がつけられたんじゃないかと思わないでもないが、実際のところわからない。もう一つ付け加えるのなら――
「…………誰に話しかけてるのさ」
 別名つっこみ少年。どんな場面でも的確なつっこみ――もとい、指摘をしてくれる。
「なんでもない。それよかなんでお前がここにいるんだ?」
「それは僕のセリフ。なんで君がここにいるんだよ」
「なんでって……」
 黙っていても仕方がない。とりあえず、ことの一部始終を話すことにした。
「ふうん、これって夢なんだ」
「そーだと思う……けど」
 いまいち自信がもてない。こんな夢って今までみたことなかったし。
「昇の夢なんでしょ? 自分でなんとかできないの?」
「無理言うなって」
 オレだってそれができるならとっくの昔にそうしてる。
「そもそもなんでこんな夢みたのさ」
「オレが知るわけないだろ。とにかく平穏無事な安眠がほしくて。それで――」
「眠っていて、こんなところについてたら世話ないと思うけど」
「…………」
 今日はこいつの一言一言が痛いくらいに胸に突き刺さる。
「そーいう漂はどーなんだよ。お前だって寝てたんじゃないの?」
「…………」
 あ、もしかして図星か?
「……ここにいてもしょうがないし。出口がないか探してくる。昇はどうする?」
「行く」
 どんな時も冷静なお前がうらやましいよ、ほんと。



 出口を探して歩くこと十数分。目の前にあったのは――
「ドア……?」
「だな」
 さっきと同じ形のドア。ただし色は青だったけど。
「……入ってみる?」
「だな」
 どちらともなくうなずくと、ドアを開けた。
 そこにあったのは普通の部屋。まあ多少殺風景ではあるけど。
「ここってどこ?」
「……多分、僕の家」
「へー、ここが漂の家なんだ。……ん?」
 部屋の中に誰かが入ってくる。よく見るとそれは子供だった。
『…………』
 体じゅうあざだらけ。ランドセルを無造作に放り投げ、視線を足元に置いている。
『漂、何かあったの? 夕飯できたわよ?』
『……なんでもない。いまいく』
 顔を上げ、目のスミにたまったものを強引にぬぐい子供は――漂は部屋を出て行った。
「…………」
 なんて言っていいのかわからない。隣を見ると、相変わらずどうでもよさそうな表情をした少年――漂の顔があった。
「今の……見た?」
「? 誰かいたの?」
「いや、見えなかったならいーんだ」
 どうやら見えたのはオレだけだったらしい。
「ここは出口じゃないみたいだ。他行こーぜ」
 そう言うと、半ば強引に漂を部屋の外へ連れ出した。


「またドア……」
「だな」
 しばらくすると緑色のドアがあった。
「どうする……」
「今度は僕が開ける」
 オレが言うより早くノブに手をかける。
「……また変なものが出てきても困るし」
 そう言うと静かにドアをあける。その先に続いていたのは部屋ではなく、庭だった。
「ここは?」
「……オレの家」
 さっきとは逆。なんかいつも以上にリアルな夢だなー。
「とにかく先へ進もうぜ……って、漂?」
 先へ進もうとするも通り道をふさいでいたためその場に立ち往生するしかない。
『母さん、なんで死んじゃったの?』
「……昇、何か見える? 何か聞こえる?」
「……は?」
 相手の言っていることがわからない。
『おれがいけなかったんだ。おれが母さんを――』
「…………」
「誰かいるの?」
『そこへ行けば、悲しい思いをしなくてすむの? だったらおれ――』
「………………」
「漂? どーしたんだ?」
「…………なんでもない」
 そう言うと、開けた時と同様に静かにドアを閉めた。
「ここは違う。別の場所に行こう」
「? まあいーけど」
 漂の言葉にしぶしぶうなずきながらその場所を離れた。
「…………これって本当に、昇の『夢』なんだよね」
 そうつぶやいたあいつの顔は逆光でよく見えなかった。


『またドアだ』
 二人うんざりしたようにつぶやく。
「どうする? 今度は昇が開ける?」
「……もう、どっちでもいいです」
 投げやりにつぶやくと床に腰をおろす。
「これって本当に『夢』なんだよなー」
「自分でそう言ってたんじゃない」
「いや、そーだけど。……まあ、悪夢よかましか」
 自分で言ったセリフに思わず苦笑いを浮かべる。
「悪夢?」
 漂が怪訝な顔をする。
「ここだけの話、オレ子供の頃って不眠症だったんだ。あの時のことばっか夢にみてさ。寝るのが怖かったわけ」
「ふうん……」
「夢ってなんだろーな。すっげー曖昧で、でもすっげーリアルで。……これ自体も誰かがみた夢だったりして」
「…………昇は夢から醒めたいの?」
「どーなんだろーな。少なくともオレがほしいのは平穏無事な安眠であってこんなわけわからない夢じゃないってことだけは確かだ」
「それこそわけわからないよ」
「……だな」
 考えてみれば、オレこいつのことそんなに知らなかったんだよなー。
 確かにあの部屋ではよく顔をあわせるけど、それ以外何もしらない。そもそもあの場所に来る人達のこと自体十分に把握できてない。当たり前といえば当たり前だけど、なんだか寂しいような気がした。
 ……まあ、そんなこと考えていても仕方ないか。
「よっしゃ、いくぞ!」
 勢いをつけて立ち上がり、ノブに手をかける。
「今度こそ出口につながってろよ」
 そう言うと、勢いをつけてドアを開けた。
 目の前にあったのは漂の家でもオレの家でもなくただの空間。ただ、その中央には色々なもの――オレがお目にかけたくない鈍器の数々が置かれてあった。
「っつーか、なんでこんなものが置いてあるんだ」
「おおかた『これがあれば夢から覚める』とでも思ったんじゃないの? 昇の夢なんだし」
 確かに醒めそうだ。一発で確実に。っつーか、ここに来てまで鈍器のお世話になりたくない。
「……壷にテーブル、イスに額縁。…………これって一体何?」
「オレの非・安眠グッズ……って、お前それで何するつもりだ?」
「…………、わかんない」
そう言いながら、何気なくそれ――釘バットを手に取る。違和感なく馴染んでいるように見えるのはオレの気のせいだろーか。
「とにかくそれ捨てろ! もう鈍器はたくさんだ!」
「…………、そういう事言ってるとかえってアレな気がするけど」
 アレってなんだよアレって。
 なんて言ってるうちに、漂がこっちに近づいてくる。
「だから捨てろって! 近づくな!」
「別に何もしないよ。……あ」
「『あ』?」
 反射的に振り返ろうとすると、
 ゴンッ!
 久々の鈍い衝撃が後頭部を直撃した。
「…………だから言ったのに」
 疲れたような漂の声がなぜか遠くで聞こえた。


「うわっ!」
 あまりの痛さに思わず飛び起きる。
「いててて……」
「いい夢はみれましたか?」
 頭をさすっていると、極悪人が笑顔で出迎えてくれた。
「…………」
 なんでオレはこーいう夢しかみられないんだろう。
「おや、コブができてますね。どこでぶつけたんですか?」
「……なんでもない」
 まさか自分で足をすべらせて壷に頭をぶつけたなんて言えない。言えるわけがない。
「あ、ノボル起きたんだ」
 ドアを開けてシェリアが入ってくる。
「…………!」
 慌てて毛布をかぶりなおす。
「何? どーしたの?」
「いや、しばらくドアは見たくないなーと」
 さっきのことがあっただけに。
「『平穏無事な安眠』とやらは得られたのか?」
「…………」
 毛布から頭を出すと、しごく真面目な顔でこう言った。
「しばらくは『普通じゃない安眠』で我慢させてもらいます」

 平穏無事な安眠は……まだ得られそうにない。


ギャグなんだかシリアスなんだかわからないしろものです。
いつまでたっても彼は自分の中では最強キャラです。もちろん色々な意味で。
「二人の夢」「漂くんに釘バット」それが今回のテーマです(前者はともかく後者って。汗)。
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