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中原まなみさんへの差し上げもの

胃痛とハゲと同士と

「もー嫌だ! こんなことやってられっか!」
 叫び声と共に買い物袋を床に投げつける。
「どうしたんです? 卵がもったいないですよ?」
 新聞を読みながら極悪人が――アルベルトが涼しげな顔で問いかける。
「朝っぱらから牛丼なんて作らせるな! 買い物くらい自分で行け!」
「あなたの世界の料理を堪能しようと思ったんですよ。これも異文化交流の一つです」
「んな交流するな!」
 気がついたら異世界にいて、もっと気がついたら公女様の護衛と極悪人の弟子に無理矢理させられて。今までずっと我慢してきたんだぞ? 
「朝からよく怒りますねえ。そんなに怒ると血圧上がりますよ?」
 誰がそーさせてるんだ、誰が。
「ノボル、はい」
「……サンキュ」
 シェリアから差し出されたコップの水を一気に飲みほす。
「ふーっ」
 普通の水がこんなに美味しいとは思ってもみなかった。
「ずいぶん年寄りじみてますねえ。そのうち禿げてしまいますよ?」
「この歳でハゲてたまるか」
 極悪人を半眼で睨(にら)みつける。
 オレはまだ15なんだ。今から髪の毛の心配なんかしてたまるか。
「ねえアルベルト。どんな人がハゲるの?」
 コップを片付けながらシェリアが問いかける。
「そうですね。ストレスがたまりやすい人ほど禿げやすいんですよね」
「他には?」
「よくため息をつく人ですね。人間小さいことでクヨクヨしていてはいけません。ものごとは大きく構えているくらいがちょうどいいんですよ」
「…………」
「実はひそかに気にしているな?」
 隣でシェーラがぼそっとつぶやく。
「うるさい! 気にするわけないだろ?」
「ならなぜ視線をそらすのだ」
「…………」
 とそこへ、ころあいよく腕時計のアラームが鳴る。
「とにかく! オレは絶対ハゲない! ハゲないったらハゲないんだ!」
 それだけ言うとベッドに横になった。
『やっぱり気にしてたのか……』


証言1 
「なあ親父、オレの家系って髪大丈夫だよな?」
「やぶからぼうに何言ってんだ? もうハゲでもあるのか?」
「あってたまるか!」
「まあ家系的には大丈夫だろ。オレの家系なら。ただ、まどか(母さんの名前)の親父さんはハゲてるからなー」
 親父と母さんは幼馴染。だからじーちゃんの家もけっこう近くにあったりする。……確かにじーちゃんはハゲていた。
 大沢家の血が濃いことを心から願おう。

証言2
「坂井、オレって苦労してるように見える?」
「は?」
「いや、オレって将来ハゲそうかなー、と」
「もうそんなこと気にしてんの? 昇って」
「気にしてないって。全然」
「ふーん。ま、どっちでもいいんじゃない? 今の技術って色々あるからなー。今度チラシでももらってくるか? 今のうちに写真でも撮っとく? 髪の全盛期ってことで」
聞いたオレがバカでした……。

証言3
「スカイア、精霊から見てオレってハゲそう?」
(ワタシがわかるわけないじゃないですかー)
「……そーだよな」
(……ノボル、そうとう追い詰められてますねぇ)


「…………」
 やばい。本当にやばい。
 ストレスをためないのが一番なんだろーけど、それは無に等しい。
 となれば、他に相談できる場所は――
「……よし」
 覚悟を決めると、いつもより早く眠りについた。


 いつものごとく、そこには誰もいなかった。どうやら一番乗りらしい。
「……誰もいないよな」
 周りに誰もいないことを確認すると、鏡をのぞく。
 黒髪、黒目。どこにでもありそうな顔。もう少し背、伸びないかな――なんてことはどうでもいい。
「…………」
 ムースもポマードも何もつけてない、無造作にのびた髪。前髪のびてきたし、いい加減切りに行かないとな――ってこともどーでもいい。
「…………」
 とりあえずハゲはできてない。いつもと変わらない。
「ったく、驚かせるなよなー」
 そもそも、この年でそんなこと気にすること自体ありえない話なんだから。
「誰が驚かせたんだ?」
「のわっ!!」
 急に肩をたたかれ数メートルほど後ずさる。
「そんなに驚かなくても」
 苦笑と共に姿を見せたのは茶色がかった金髪を持つ男性。
「トルダスさん、びっくりさせないでくださいよ」
 トルダス=ドルフォード。その人だった。

「はい、どーぞ」
 立ち話もなんだから台所にあった材料で適当なものを作り、目の前に差し出す。
「悪い。胃がちょっときつくて」
「じゃあこれ」
「悪いな」
 再び苦笑すると差し出した胃薬を紅茶と一緒に飲み込む。ここって本当になんでもそろってるよなー。
「また何かあったんすか?」
「ちょっとな」
 この人には他の人とは違う何か――親近感を感じてしまう。
「…………」
 自分も紅茶を飲みながら相手をまじまじと見る。
 確か年は18のはず。にもかかわらず妙にしぐさが年寄りじみているというか、その年で薬を必要としているところにも親近感を感じてしまう。今飲んでいるのは紅茶だけど、日本茶だったらさぞかし似合うことだろう。
「ときに昇、なんで鏡なんかのぞいてたんだ?」
「ぶっ!」
 突然のふいうちに飲みかけていた紅茶を思わず噴出してしまう。
「え? やだなー。鏡なんか見てないって」
 口元をぬぐい必死に笑顔で誤魔化す。額を一筋の汗が流れていたりするが、そこは気合いで誤魔化す。
「…………」
「トルダスさん?」
「お前も……なのか?」
 紅茶の入ったカップをテーブルに置くと、じっとオレを見つめる。
「? お前も……って……うわっ!」
 言い返すよりも早く。トルダスさんに両肩をがしっとつかまれた。
「いいか。戦うのには、まず認めることだ」
 その瞳はまさに真剣そのものだ。
「認めるって、一体何のことだか……」
 本当は何のことかわかっているけど、認めたくなかった。
「現実を直視しろっ! 対策はそこから生まれる!」
 その表情はあまりにも必死で、オレは何も言えなかった。
「……勇気をもって、生きような。同士」
「……うん」
 正直、その勇気が一体何を指すのかわかるけど、わかりたくなかった。
「頑張れば、きっと道は開けるさ」
「そーだよな。きっと道は開ける」
 お互いにがっしと手を握りあう。
 わかりたくなかったけど、この人となら分かり合える、共に戦えるような気がした。
「……でも、具体的に何をどう頑張るんだ?」
「…………」
 そこまでは考えてなかったらしい。
 手を握りあったまま、見詰め合うこと数分。
「お兄ちゃん達、何やってるの?」
 相変わらず手は握り合ったまま声のする方へ顔を向けると、
「レミア?」
 そこには金色の長い髪にピンクの服を着た女子――レミアさんがいた。
「お兄ちゃんを捜しに来たの。ここにいるって聞いたから……」
 うつむきがちにそう言うと視線を床に落とす。
「ごめんなさい。お兄ちゃん。レミア知らなかった。そんなに思いつめていたなんて」
 今度はぐずりだしてしまった。
 ……なんかセリフに釈然としないものを感じるのはオレの気のせいだろーか。
「そうだよね。お兄ちゃんいつも鏡見てるもんね。あなたもハゲるの嫌だもんね」
『あなた』ってのは間違いなくオレのことだろう。いや、オレはそんなに鏡なんか見てない。見てないったら見てない。
「いかげん現実逃避はおやめなさい。誰だって禿げる時は禿げるんです」
 やっぱり手を握り合ったまま声のする方へ顔を向けると、
「アンタは?」 
「……なんでアンタがここにいるんだ」
 そこには金色の髪に青い瞳を持つ好青年(外見だけ)――アルベルトがいた。
「途中で会ったのよ。あなたを捜しているって聞いたから一緒に来たんだけど、いけなかったかしら?」
 隣にはミホトさんがいた。ああ、それでここに来れたのか。納得――じゃなくて。
「一体何しに来たんだよ」
 ようやく手を離し極悪人を睨みつける。
「あなたを捜しに来たんです。牛丼は諦めますから今度はオムライスにしてください」
 そう言うと、どこからともなく壷を取り出す。
「暴力に訴えるのはやめろって! なんでもかんでも鈍器でどーにかなるってのは間違いなんだぞ!?」
 そう言って一目散に逃げる。オレだって何度も鈍器の餌食(えじき)になるのは嫌だ。それ以前にこいつの肩書きは神官――聖職者だ。
「そうですね。たまには趣向を変えてみるのもいいでしょう」
 笑顔でそう言うと、どこからともなく何かを投げつける。
 ガッ!
 普通のそれより幾分大きく、普通のそれより明らかに強度で重量のあるそれは、頭に見事にヒットした。
「……やっぱり鈍器じゃねー、か……」
「神官らしいでしょう?」
 その微笑みは確かに聖職者らしい。何か――それ――片手に握られた(妙にひしゃげている)聖書を除いては。
「……壷の意味はあったのか」
「気にしないでください。そんなことを気にしているから禿げるんですよ」
「……まだ、ハゲてねぇ……」
 抵抗する気力もない。それだけ言うと、床にダウンしてしまった。
「ねえ、あなた達いつもこんなことしてるの?」
 ミホトさんが呆れたようにつぶやく。
「ええ。それが何か?」
『…………』
「じゃあ私はこれで失礼しますね」
 まるで猫でも捕まえるかのようにオレの首をつかむと、極悪人は部屋を後にした。
「……頑張れ、同士。強く生きるんだ」
 トルダスさんのありがたい声援が聞こえた。

 ハゲよりも胃痛よりも。まずは目の前の現実をどうにかしたい。
 本気でそう思った15の秋だった。



ごめんなさい。こいつバカです(遠い目)。
某チャットにて浮かんだネタ。「昇は将来ハゲそうだなー」と。その場にいた人達は妙に納得していました。今ではしっかりハ○キャラが定着している彼。こいつの将来どうなるんでしょう。
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