ティル・ナ・ノーグの片隅で

伊織(イオリ)の手紙 ― 海辺のとある一日より ―

その2.水着にまつわるえとせとら

 一週間後。藤の湯とグラツィア施療院御一行+αは予定通り海水浴にいくことになった。
「晴れてよかったですね」
「トモエさんの日頃の行いがいいからですよ」
「パティちゃんったら口が上手いんだから」
 本当に雲一つない晴天で。海遊びにはもってこいの天気。でもわたしにとってはできれば雨になってほしかった。
  近くには商人ギルドの総本山『トゥアハー・デ・ダナン』という建物が存在している。ちなみに施設のサービスの一端はソハヤさんがになっておりティル・ナ・ノーグが誇る最高の商業施設とはよく言ったものだ。
 本来は四階建ての建物だけど一般人にとっては主に一階の商業施設を利用している。わたしもなんどか訪れたことはあったけど、こうして本格的に利用したのは今日が初めてだ。
「お客様。本当によくお似合いですよ」
 商業施設の一階には本当に色々なお店がある。そして目前に海が広がっている以上、海に関連した商品が販売されてないわけがない。
「全体のバランスもさることながら大変きれいな脚をされていますね。これなら彼氏も鼻が高いのでは?」
 店員さんにあいまいな笑みを返す。ほめられてはいるんだろうけど正直よくわからない。そもそも彼氏なんていないし。
 海水浴に行けば当然服はぬれる。だから水遊びを目的とした面々は水着着用で海にもぐっている。行くと決めた以上、水着を着ないわけにはいかず。でもティル・ナ・ノーグに来てからは一度も泳いだことはない。だから、
水着を持っていないことを素直に告白したら真っ先に女性二人にこのお店に連れてこられた。お金を持ち合わせていないからと言えば誘ったのは私達だからと買い与えられてしまう始末。
「可愛いよ。イオリちゃん」
「ええ。本当によくにあってるわね」
 試着室で自分の体と水着を見比べること小一時間。ようやく今の格好に落ち着いた。
「じゃあ、これでお願いします」
 本当はもっと落ち着いた水着にしたかった、むしろ水着自体を着たくはなかったけど。ここまでお膳立てされてしまった以上いりませんと断るわけにもいかず、今まで着ていた服を紙袋に入れて店を後にした。
「着替えも終わったことだし、さっそく海に行きましょう」
「イオリちゃんもこっちおいでよ!」
 すでに着替えを終えたトモエさんとパティに後から行くと告げて周りを見回す。できれば上下に別れていない水着が良かった。でもここまで来てしまった以上、普通の服に着替えるわけにもいかないし。
 様々な葛藤の末、あらかじめもってきていたパーカーをはおることでその場は落ち着いた。

 ティル・ナ・ノーグにきてわかったことだけど白花(シラハナ)では四季があったのに対し、ここはずっと春の感覚、つまりは気温の変化がほとんどない。シラハナだと夏と呼ばれる時期に海遊びをすることが多たったのに対し、ここは気候が変わらないからいつでも思い思いの面々が海へ遊びにくる。ちなみに絶景の海の景色が広がるトゥーアハー・デ・ダナンへの道のりはわたしの知ってる限りでは港の一角にある藤の湯からが一番近い。もっと北のほうにある海竜亭からだとさらに時間がかかるし加えるならグラツィア施療院からだとさらに多くの時間を費やす。
「久々に顔を出してみればこんなありがたいものが拝めるなんてな。まったくもっていい場面に遭遇したな」
 だから多少の距離があったとしても海竜亭から海水浴にやってきた人がいたとしても何ら不思議はない、のかもしれない。
「なんでユリシーズがここにいるの」
「ここは一般人にも解放してるんだろ? いてなにが悪い」
 少し長めのピンクベージュの前髪。青がかった緑の瞳がしてやったりと笑っている。ユリシーズ・アルジャーノン。海洋専門のモンスターハンターらしいけど、わたしにとってはトモエさんを誘惑する軽い男の人にしか思えない。店を出て早々よりにもよってこいつに会うなんて。
「悪くはないけどトモエさんには近づかないで」
 彼はわたしよりもずっと年上。にもかかわらず呼び捨てにしてるのは外見からかもしだされる軟派な雰囲気と、とある一件からで。尊敬するに値しないと早々に踏んでからはずっと名前の呼び捨てになっている。
「それはわからねぇな。俺としては穏やかな海を見て気持ちを静めたいところだが、あの姿を見れば心中穏やかじゃいられない」
 そう言って波打ち際で遊んでいるトモエさんとパティに視線をうつす。トモエさんが着ているのは白いワンピース型の水着。いつもはゆるく一つにまとめてある髪もアップにしていて普段は見えない陶磁器のような白いうなじがまぶしい。対してパティは赤のチェック柄のビキニ。下はふりふりのミニスカートみたいになっていてトモエさんのような大人の色香とは異なるものの健康的でとても似合ってる。
 あと二人に共通して言えることだけど。
「…………」
 ふいに自分の格好を見下ろして手を当てて、小さなため息をつく。容姿は生まれつきのものだから仕方がないし普段は気にすることもほとんどない。だけど、こういう場所にいると現実をこれでもかというくらいに突きつけられてしまって。
「不公平だ」
 ぽつりとつぶやいて砂浜で膝を抱えてみる。トモエさんは大人だし白花撫子と称されるくらいだからスタイルがいいのはうなずける。だけど同世代のパティと交互に見比べれば嫌でも気にせずにはいられなくて。
 うすうすはわかっていた。わかっていたからこそ来たくなかったのに。
「胸かくして脚かくさずか。これはこれでいい眺めになるな」
 だから、こんなちょっとした発言にも敏感になってしまう。続けて好みは人それぞれだから需要はあるだろと言われた日には自然と殺意もわいてくる。
「あんたの許容範囲はどこからどこまでなのよ」
 上にはおっていたパーカーをしっかり閉じ直してにらみつけると『あと四、五年もすりゃ相手してやるよ』と笑われた。完全にからかわれているのがわかるからこそ余計に悔しい。いっそのこと忍ばせておいた武器で第二のお星様にしてやろうかとまで考えてしまった。一番はもちろんユータスのことだ。
 けど今日は海に来たのであって泳ぎに来たわけじゃないんだから。今はトモエさんを守らなきゃ。お星様にするのは見極めてからでも十分だ。そう思い直すことで心を静めることにした。
「ユリシーズさんも来ていたんですね」
 水遊びを終えたトモエさんがわたし達のほうに近づいてくる。
「泳ぎに来たつもりが貴女の水着姿にすっかりあてられてしまいました」
「ありがとうございます。ユリシーズさんっていつもお上手ですのね」
 そしてトモエさんは何度も何度も言いくるめられてるのに人がいいのかなんなのか相手の意図に全く気づこうとしない。
「本当のことです。貴女の美しさにはあのニーヴでさえもかすんでしまう。ましてやコルナ(白銀の妖精:海の守り神)も安心して道をあけてくれることでしょう」
「まあ大変。コルナ様がいなくなってしまったら海が大変なことになってしまいますわ」
 その証拠にまったく気づいてない。しかもなんだか変な方向に話がずれちゃってるし。
「お世辞ではありません。貴女の前ではどんなものだって――」
「だったら海に沈めてやろうか」
 怒りをはらんだ声にふりかえるとそこにはトモエさんの旦那様が仁王立ちしていた。
「なんだ。あんたもいたのか」
「俺はこいつの夫だ。いて何が悪い」
「ああ悪いね。あんたがいたらトモエさんとゆっくり話もできやしない」
「どの口がそんなこと言いやがる」
「面白い。やろうってのか?」
 一触即発。そんなとき。
「ここには一般人も多数いるんだぞ? もめ事を起こしてどうする」
 水着に着替えたイレーネ先生とリオさんがいた。
「今日はここに来て正解だった。まさか先生の貴重な水着姿が拝めるなんてな」
「それはどうも」
 ユリシーズの軽口も軽く受け流す。このあたりが大人の女性ならではの反応なんだろう。
 パティと同じくビキニタイプの水着。脚はパレオでかくしてあるけれど普段が普段な服装をしているだけに、その。
「やっぱり不公平だ」
 わたしと変わらないくらいの背丈なのに出るところは出てるなんて反則です! その一言を胸に秘めつつ成り行きを見守る。
「周りにギャラリーがいることだし、ここは穏便にこれでいくのはどうだ?」
 そう言って指さしたのはリオさんが手にしていたビーチボールだった。

 なんでこんなことになってるんだろう。
「そろそろ観念したらどうだ?」
「冗談。ようやく体が温まってきたところなんだぜ?」
 台詞だけ聞けば果たし合いのようにも思える。だけど実際は海岸で繰り広げられるビーチバレー。
「いくぜ!」
「なんの!」
 しかも二人とものめり込んでいる。
「先生、止めなくて良かったんですか?」
 発端人のイレーネ先生に声をかける。
「この方が健全でいいだろう」
「本当。二人とも楽しそうですね」
 確かに端から見れば球技に熱中しているようにも見える。そしてあながち間違ってもない。
「ここは私と彼女に任せて君は羽をのばしてきなさい」
「せっかく海へきたんですもの。イオリちゃんも楽しまなきゃ」
 ユリシーズがいてもいなくても海を楽しめるとは思えないけど。大人二人の心遣いに感謝しつつ海岸を後にした。

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その2.水着にまつわるえとせとら

「イオリちゃんこっちこっち!」
 離れた海岸でニナちゃんが手招きする。近づくと満面の笑みで出迎えてくれた。
「イオリちゃんは海は初めて?」
「こっちに来るときは船には乗ったよ」
 白花(シラハナ)からこっちへ渡る時に船に乗って。途中で一騒動あったものの、なんとかここまでたどり着くことができた。そのことがきっかけになってできた代物は護身用にと今も肌身離さず持ち歩いている。
「イオリちゃんは泳げないの?」
「泳げないことはないけど」
 シラハナにも海はあった。もしものことがあったら大変だからと子どもの頃からお父さんにみっちりしごかれていた。だから人並みには泳げるつもり。
「泳げないなら教えてあげるよ?」
 泳げないと勘違いしたのか兄と同じダークグリーンの瞳が心配そうにのぞきこんでいる。
「ありがとう。でも今日はちょっと体調が悪いから」
 そう言ってわらってごまかす。正確には体調よりも気分がのらなかったんだけど。
 よく見るとニナちゃんとウィルくんの周りには複数の子ども達がいた。詳しく聞くとわたし達と同じく遊びにきていたらしい。小さい子どもからニナちゃんと同じ年頃の子まで全部で六人。ニナちゃん達をあわせたら八人。なかなかの大人数になる。
「お兄ちゃんは?」
 相方の所在を尋ねるとみんなはだまって指を指す。そこには砂浜の上にシートを敷き、持ってきたテントの中でデッサンをするユータの姿があった。
「何やってるの?」
「デッサン」
 見ればわかる。
「そうじゃなくて。ニナちゃんとウィルくんのことはいいの?」
「だからこうして見てる」
 確かにユータスは海に行くとは言っても泳ぐとは一言もいってない。だから服装も水着じゃなく厨房にいるときとほとんど変わらない。普段のつなぎが若干薄着になった程度。
 なんだかものすごくずるい気がする。
「もしかして泳げないの?」
 だったら悪いことをしてしまったかも。そう思って尋ねるも反応はなし。デッサンに夢中になってしまったようだ。
「おにいちゃん、いっつもこうなの。一度夢中になったらとうぶんはこのまま」
「兄ちゃんのことはほっといてイオリちゃん遊ぼうぜ」
 妹や弟のほうが兄よりも何倍もしっかりしていた。

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