SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,99  

 夜もふけた頃、まりいはふいに目を覚ました。
 見慣れぬベッドに寝返りをうつ。辺りを見回して、ようやく自分が少年の家にいることを思い出す。
 リネドラルドで報告をした後レイノアについて。思わぬ再会に胸が熱くなって。その後、家族の感動の対面が待っていた。
 隣を見ればユリの姿がある。泣き疲れたのだろうか、頬には涙の後が残っていた。無理もない。ようやく父親と会うことができたのだから。
『今までどこにいたの!』『どれだけ心配したと思ってるの!』凛とした、思慮深げな容貌とは裏腹に口から出てきたのは感情からくるものばかり。結局、彼女も弟と同じ人間だったのだと思うと自然と顔がほころんでくる。
 起こさないようそっとドアを開けると部屋を後にする。
 寝室をぬけたどりついたのはとある一室。半日ほど前、数人で食事をした場所だ。あるのはテーブルと椅子のみ。
 テーブルに近づくと、そこには先客がいた。
「起きてたの?」
「眠れなかった」
 先客は栗色の髪の少年だった。手の中にはマグカップ。どうやらずいぶん前からここにいたらしい。
「何か飲むか?」
 そう言うと部屋を後にする。視線をたどれば鍋に火をかけるところだった。
 ほどなく料理が温まり、なれた手つきで器に中身を盛りつける。普段とはかけ離れた行動をとる少年の後ろ姿に、まりいは声をかけた。
「ショウって家でも料理するんだ」
「仕事(運び屋)やってる時とあまり変わらないけどな」
 まりいの前に出されたのはスープだった。
「アスラザさんとセイは?」
「まだ眠ってる。この時間に目を覚ますほうが変だろ」
 ならば、今ここにいる自分達はなんだというのだ。
 くすぐったいような思いを胸に、続けて料理をだそうとした少年に声をかける。
「せっかくだから、あの場所で食べない?」
 まりいの提案をショウは素直に受け入れた。


「ここに来るのも久しぶりだね」
「ああ」
 少年と少女は丘の上にいた。以前、二人で草笛を吹いたあの丘だ。
 この場所で少年を見た時は、まりいには見せない穏やかな顔で子ども達とたわむれていた。あの時は距離を感じていたのに、今はこんなにも近くにいる。
「色々なことがあったよね。またここに来れるなんて思ってなかった」
「そうだな」
「一番最初に来たのはシェリアと別れてからだったよね」
「その前に森で迷っただろ」
 会話をしながらも、まりいの視線はショウに、彼の荷に注がれている。荷から取り出されたのは焼き菓子だった。地に腰をおろし、黙々と食べる様は料理をしている時と同じく不自然だ。だが心なしか口元がほころんでいるように見える。
 視線が気になったのだろう。眉根を寄せる少年に、まりいは口を開く。
「ショウって本当に甘いもの好きなんだね」
「……悪かったな」
 仏頂面で返す少年に、まりいは笑みを浮かべる。このことを知ったのはレイノアを離れて少ししてからだった。青藍(セイラン)に指摘され、注意深く観察しれみれば、なるほどそういったものばかり口にしている。
 黙々と食べること数分。
「好きなものは仕方ないだろ」
 もらした声は夜空に消え入りそうなほど小さなものだった。
「これでもセイに言われてからは控えるようにしたんだ」
 赤い顔で食べる様は歳相応に、いやそれ以上に幼いもので。
「ショウってなんだか」
「今度は何だよ」
「ううん、なんでもない」
 しかし、穏やかな会話はそう長くは続かなかった。
「お前はこれからどうしたい?」
 表情を元にもどすと、少年は真剣な顔で問いかける。
「私……」
 一度目は何の前触れもなく旅立ち、二度目はここにいたいという想いでやってきた。三度目の旅立ちが終わった今、少女は自分のなすべきことがわかっていた。
 だが理解することと感情は別で。
「お前は元の世界に帰るんだ」
 表情をくずさぬまま、少年は淡々と告げる。
 少女のなすべきこと。それは地球にもどること。だがそれは、もっとも親しい者達との別れを意味する。
「ショウは、私がいなくてもいいんだね」
 ショウの声にまりいは笑顔を向ける。
「そうだよね。ショウはしっかりしてるから一人でも大丈夫だよね」
 表情とは裏腹に声は震えていた。
「そうだよね。ショウは私のこと、なんとも思ってないもんね。ショウは――」
「本気でそう思ってるのか」
 真顔で問われ、まりいは言葉を失う。
「俺は弱いし一人じゃ生きていけない。お前と全く変わらない、ただの人間なんだ。それを気づかせてくれたのはお前だ」
「だけど」
 なおも言い募ろうとするまりいの言葉を少年はさえぎる。
「お前は帰るんだ。もう一つの世界で、言うことがあるはずだ」
 少年の意思を否定する術をまりいは知らない。
「地球でしか、お前にしかできないことがあるはずだ。
 ……本当は、お前もわかってるんだろ?」
 意思の強い瞳で告げられては、まりいも後に続けるものはなく。
 息をつくと、まりいは少年に背を向ける。
「これ、持ってて」
 やがて少年に手渡したのは緑色の短剣。かつてとある男の手から少年の手に渡り、少女の危機を幾度となく救ってくれたもの。
「大事なものだろ。お前が持って――」
「いいの! 預かってて」
 ショウの言葉をさえぎると、まりいは短剣ごと彼の手を握りしめる。
「その代わり、返してもらうから」
 視線を手もとに向けながら、まりいは感情のつまった声をあげる。
「絶対返してもらうから」
 その言葉が意図するものを少女は理解していた。
 その言葉が意図するものを少年はよく知っていた。
「絶対取りにこい」
 声と手をほどかれたのは同時だった。
「預かるから、絶対もどってこい。約束だ」
 頭上で声が響く。
『大切な想いはここにある』少女の首元で、ペンダントがゆれている。
 抱きしめられた腕の力強さを感じながら、抱きしめた腕に力をこめながら。まりいは石に託された意味を胸中で唱える。

 ぶっきらぼうで意思が強くて。
 凛々しいかと思いきや、時おり子どものような表情を見せて。
 迷いもするし恐れることもある。だけど、最後はずっと側にいてくれた。
 優しい人。大切な人。

「うん。だって相棒だもん」
「相棒だな」
 そう言うと二人笑いあう。
 相棒。
 この言葉を使うようになったのはいつからだっただろう。はじめはほっとけなくて、次第に強さに惹かれるようになって。
「最高の相棒だ」
 やがて、まりいの周りを淡い光が包む。
 その光が意図するものは。
「それじゃあ……」
「ああ」
 体を離し、互いに距離をとる。
 一歩。
 二歩。
 光によって互いの姿が完全に見えなくなった頃、二人はどちらともなく声をあげた。
「ショウ! 私……っ!」
「シーナ! 俺は……っ!」
 それが最後の会話。
 やがて光が完全に消える。そこに少女の姿はない。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 もしかすると、今までのことはすべて夢ではなかったのだろうか。
 ふいに弱い考えが頭をよぎり、ショウは頭をふる。答えは否。もしそうであるのなら、胸の中に宿る感情は何だというのだ。今まで過ごした日々はまぎれもない現実。手の中にある短剣がそれを物語ってくれている。
 こうすることが正しかった。だが、本当は別の想いも隠れていた。
 最後まで交わされなかった言葉。もし最後まで聞くことができたなら、先はどんなものにつながっていたのだろう。
 もし最後まで言うことができたのなら。考えても答えはでない。
 ただ、もし会えるとしたら、胸に宿るものを伝えよう。少女が自分と同じ想いでいてくれることを信じて。
 だから。
「また、な」
 一人きりの丘で、少年はぽつりとつぶやいた。
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