SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,98  

「――以上が、ことの顛末(てんまつ)です」
 王都にたどりついたのは、それから数週間後のこと。
 自分の前に頭をたれる男を見て、カザルシアの王は瞠目(どうもく)した。
「そうか……」
「にわかには信じがたいかもしれませんが」
「いや。他ならぬお前が言うのだ。間違いあるまい」
 そう言うと、彼は声の主をまじまじと見つめる。
「本当にアスラザ……なのだな?」
「アスラザ・アステム。ショウ・アステムと共に報告に参りました」
 栗色の髪に黒の瞳。息子と同じ面差しで返されれば疑いようもなく。再びまじまじと見つめると、王は安堵の息をもらした。
「心配したぞ。無事だったのだな」
「報せもできず申し訳ありません、陛下」
「まったくだ。親友なら手紙の一つもよこせよな」
「そういうお前は手紙を書いたことがあるのか……レイン」
「一度もなかったな」
「だったらお前が言えた義理ではないだろう」
「確かに」
 王と臣下ではなく、まるで古くからの友人同士のような会話。実際そうなのだろう――を見て、少年と少女は不思議な感覚にとらわれる。
 時間はゆっくりと確実に流れていく。それで全てが解決できるわけではないし、癒しきれるわけでもない。
「一体どれだけ心配したと思ってるんだ。おれはともかく子どものことも考えてやれよ」
「悪かったとは思っている。でもお前やギルドがいたから安心して村を離れることができたんだ」
「……ギルドの苦労が思いやられる。お前、実は遠まわしに嫌がらせしてたんじゃないか?」
「無理難題を押し付けられる苦労がようやくわかったようだな」
 だが、いつかは笑って話せる時が来る。そのことを、まりいとショウはひしひしと感じていた。
「ならば、あらためて報告をしてもらおうか」
 王が問いかけるとアスラザは姿勢を正して告げた。
「ベネリウスはこの世にいません。彼の生涯はすでにつきていました」
「アルテシアは? シルビアはどうしたのです」
 傍らにいた后が声をかける。
「アルテシア様のことはつかめずじまいでした。ですが、彼と彼女に縁のある者をここに」
「それが彼女というわけか」
 アスラザとレインハルトの視線の先にいたのは焦げ茶色の髪をした少女。
「シーナと、あの時は呼ばれていたな」
「シルビアにはマルディード・アルテシアと呼ばれていました」
 そう言った少女の瞳は強い意志に満ち溢れていて。
 凛とした様はカザルシアの末姫そのものだった。
「本当に、そのとおりだったのだな」
 苦笑とも安堵ともとれぬため息を漏らすと、王はまりいに声をかけた。
「そなたにとって、彼らはどのような存在だったか?」
 王の問いかけに、まりいは自らの思いをふりかえる。
 子どもの頃は一人だと思っていた。一人でいることが辛くて寂しくて。親というものは自分を捨てた存在でしかなかった。
 だが全てを知った今、その思いは少女の中で大きく変わりつつあった。
「かけがえのない人達……になれればいいと思います」
 それが、まりいの出した答え。
 事情がわかったとはいえ、簡単に全てを許すことはできない。感情と理屈は別の種類のものだから。だが、全てを拒絶しつづけるほど少女は子どもでもない。
「わたくし達のことを恨んでいますか?」
 后の問いかけに、まりいは静かに答える。
「ようやく両親のことがわかったばかりなんです。でも」
 全てが優しいものだとは限らない。けれども全てを恐れていては何も始まらない。何も知らないで、知ろうともしないで殻の中に閉じこもっているのは嫌だ。
 言葉を区切ると、まりいは真剣な顔で言った。
「少しずつ、知っていけたらいいなと思っています」
 拒絶よりも受け入れようとする気持ちが強くて。
 目を細めると、王は少女に事実を告げる。
「マルディードは間違いなくシルビアや后の母上の誠名だ。このことを知っているのは王族の限られた者だけだ。
 ……君にとってはおばあ様の名前かな」
 それは少女が一人ではないと認められた証。まりいが目をまるくすると、王は満足気に語りかける。
「今すぐじゃなくていい。時がきたら、おれに二人の話を聞かせてくれ」
「時々は遊びにきてちょうだいね」
 王と王妃――伯父と伯母の声に、まりいは小さく、だがしっかりとうなずいた。


 リネドラルドに別れを告げた後、一行はレイノアへ向かった。故郷に戻りたい、亡くなった者に全てを告げたいという父子の願いに少女が反対する理由もなく。
 懐かしい者が集う場所。だが向かった先にはそれ以外のものもあった。
「お帰りなさい。待ちくたびれたわよ」
「帰ってくるなら手紙くらいよこせよな」
 村の入り口にいたのは少年とよく似た面差しの女性とその伴侶。
「ここがショウの生まれ育った場所なのね」
「すみません。妹は言い出したら融通がきかないもので」
 村の入り口にいたのは少女の親友とその兄。
「どうしてここに、という顔をしていますね。ことがすめば帰ってくる場所の見当くらい予想がつきます。
 あなた方と別れた後、リザという方と意気投合しましてね。あの人は実に興味深い。今度じっくりと話をしてみたいものです。
 ああ、話がそれてしまいましたね。彼からことのいきさつを聞かせてもらったんです。ここで待っていれば全てがわかると。いやあ、人の言うことは信じてみるものですね。ちなみに私達はあなた達がここにたどりつく一週間前からいました」
 相変わらずな物言いにまりいとショウは苦笑する。もし故郷に戻らず旅を続けていたとしても、彼らはずっとここで待っていたのだろうか。答えは是であり否。一つだけ言えるのは、彼らは心から自分達のことを案じてくれている。二人にはそれが嬉しかった。
「それで、ことは終わったんですか?」
 アルベルトの問いに、まりいはしっかりなずいた。
「はい」
 そんな少女に公女は視線を向ける。
「一つだけ聞くわよ。……シーナは今、幸せ?」
「うん」
 シェリアの問いに、まりいはしっかりうなずいた。
 憂いを感じさせない笑顔。そこにはかつての弱々しさなど微塵もない。
「それならいいの」
 満足気にうなずくと、公女は隣をかえりみる。
「私達はこれで失礼します。つもる話もあるでしょうから」
「え、でも……」
 急な話に二人は戸惑いを隠せない。
「いいんですよ。私は妹に従ったまでですから」
「顔を見たかっただけなの。あのままお別れなんて嫌すぎるもの」
 だが公女と神官に笑顔を向けられてはひきとめることもできず。
「でも、また会えないのも嫌だから。落ち着いたら今度はあなたから会いに来るのよ。絶対よ!」
 そう言った公女の瞳には涙がたまっている。その姿がおかしくて、嬉しくて。
「何笑ってるのよ」
「悪い」
「ごめんなさい。つい」
 その姿に温かいものを感じ、少年と少女はくすりと笑う。
「大丈夫。あなた達はすぐに会えます。しかもそれはそう遠くない未来のことです」
「アルベルトの勘は良く当たるのよ。アタシが保障するから」
 それだけ言うと、シェリアはまりいを抱きしめる。
「彼の者に幸福を。彼の者に祝福を。彼の者に――願いを」
 こうして久しぶりに会った友人は風のように去っていくこととなる。
「ああは言ってたけど、二人ともおまえ達のこと心配してたんだぞ」
 遠ざかる後姿を見つめながら、青藍(セイラン)はつぶやいた。
「『大切な者達が戻ってくるから出迎える準備をしろ』って、わざわざシーツィアンまで言いにくるんだぜ? はじめは何のことだかさっぱりわからなかったけどな」
「心配していたのは確かですけど、あの方達が呼びかけてくれなければわざわざ故郷に来ることなんてなかったものね。
 それに、こうして再会できることも」
 そう言うと、ユリは口を閉ざす。視線の先にあるのはショウと似た面差しの男。
「本当に生きていたのね。お父さん」
「ユリ……」
 涙ぐむ女性に、周囲はかけてやる言葉が見つからない。当然だ。会えないとあきらめかけていた者が急に目の前に現れたのだから。
 時は穏やかに過ぎていく。どんなに辛いことがあっても、哀しみに埋もれる夜があっても、あきらめなければ朝は必ずやってくる。
「つもる話は家の中でしよう。立ち話ですむようなことじゃないだろ?」
 青藍の声に異論を唱える者はなく。

 そして、二人に別れの時が近づいていた。
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