SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,92  

「なぜ人と関わろうとしないのです」
 それは二人の声。
《関わろうとしないのではない。それが神の意思なのだ》
「だったらなおさらです。なぜ!」
 声をあげたのは一人の男だった。
 漆黒の肩の上で切りそろえられた髪。同じ色の瞳はただ一点を見つめていた。
《全ての生はあまりにももろすぎる。故に神が――われがその意思をくみとって導かなければならない》
「どうしてあなた達はそんなことに捕らわれているのです。周りを見渡せば、もっとたくさんのものが見えるはずだ!」
《口がすぎるぞ。汝(なんじ)はただ神の言われるがまま主を守ればいい》
 もう一人は白の光。
 光のみで姿はわからない。少年のような、少女のような声に、男はかぶりをふった後静かに告げた。
「――のいない神など、世界は誰も求めていない」
《時砂!》
 強い静止の声にも、男は、時砂(トキサ)は臆することなく続ける。
「俺に与えられた役割は時を管理すること。それを使えば真実くらい容易に見通せる。俺がそうすることくらい、あなたならお見通しのはずだ。
 ……貴方はそれでいいのですか?」
《無論だ》
「貴方は可哀想な人だ。俺は俺の思う道をいきます。だからここでお別れです」
《ここを離れることがどういうことかわかっているのか》
「それでも、人とともに在ることができます。俺はこの子に外の景色を、未来を見せてあげたい」
 そう言った時砂の腕の中には光の珠があった。
 淡い空の光を放つ楕円形(だえんけい)。彼の手におさめされたそれは、時々脈をうつように動いている。まるで自分がここにいることを主張するかのように。
《なぜわからぬ! 汝ほどの力を持ちながら》
「その能力のせいで、俺はこの姿に生まれた」
 途端、時砂の背中を光が包む。
「周りは空の色を持つのに俺だけが闇の色だった。闇は空と交わらない……そう思っていた」
 それは黒い翼。濡れ羽のようなそれは、宵闇と呼ぶにふさわしい。
《汝を地上に遣わせたのは間違いだった》
「そのことには感謝しています。そのおかげでアスラザやギルド、レインに――シルビアとめぐりあえた」
《われを否定するのか》
「違います。俺は大切な者達と、自分を認めてくれた者達と共に在りたい。そう思っただけです」
『たとえそれが限られたほんのわずかな時間でも』穏やかに告げる時砂の表情は寂しそうで、だが晴れ晴れとしていた。
「いつか、未来を紡ぐ者がここに現れる。彼らはきっとあなたを解き放ってくれる」
《われはそんなことなど望んでおらぬ!》
「俺の代わりに時を紡ぐ者はきっと現れる。どんなに辛くとも哀しくとも、俺は生をあきらめない者の味方でありたい。
 いつか、未来があなたに優しいものであることを願っています」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「……どうして」
 触れた記憶にまりいは戸惑いの声をあげる。
 自分を捨てたはずの両親。けれども実際は想像とはかけ離れたものだった。大切なものと共に在りたいと告げた男の姿は少女に、まりいによく似ていた。
「マリィ」
 声を聞いたのはそんな時。ふりかえるとそこには一組の男女がいた。
 一人は漆黒の髪の男。もう一人は金色の髪に明るい茶色の瞳を宿した女性。
「どうして」
 彼らはいつかの記憶そのものの姿で立っていた。
「どうして私を捨てたの?」
 言葉は自然とすべりでた。
「いらなくなったから? 嫌いになったから?」
 あふれだした感情を吐露しながら、まりいは目の奥が熱くなるのを感じた。どうしているはずのない人がここにいるのか。どうしてこんな言葉しか紡げないのか。
 疑えばきりがない。だが、今のまりいにとってそんなことは問題ではない。
「私……っ」
 言葉を連ねようとした矢先、頭上に手を置かれる。
「やっと会えたな」
 たった一言。
 それだけで充分だった。
「会いたかった」
 二人にしがみつき、まりいは叫んだ。
「ずっと前から会いたかったの!」
 両親に背中をなでられるたび、まりいは声をあげて泣いた。まるで失くしてしまった子供時代を必死に取り戻そうかとするように。


「おかえり」
 気がつけば、目前に神の娘がいた。
「今のは?」
 赤い目をこすり問いかけるとカイは造作もなく応じる。
「昔起こったことの一部、もしくはそいつらの思念かな」
「……あれは、本当のことだったのかな」
「過去のことだから、彼らが今どこでどうしているかはわからない。
 信じる信じないは勝手だけど、たぶん事実だと思うよ」
 カイの声に、まりいは笑みを浮かべた。ほんのわずかな間でも会いたかった人の気持ちに触れることができたのだ。それで充分だった。
「フロンティアのことは聞いた? なかなかやっかいな代物でね。願ったものの居場所を教えてはくれるけど、願いが聞き入れられるのは一生に一度きりだ。人数や願いの種類に関係なくね。
 確か、あんた達は二人でここに来たよな。どうする?」
 気遣うようなカイの問いかけに、まりいは自分の意思を述べた。
「私の願いは――」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「そんなに時間はたってないはずだよ。それとも君ってせっかちなのかい」
 石像の前で声をかけられる。声の主は確認するまでもない。
「あの人は別に危害を加えようとしているわけじゃない。もっと気楽に構えていればいい」
 まりいが神の娘の元へ向かった後、ショウは石像の前で帰りを待っていた。だが待つだけで特にすることもなく。黄砂(コウサ)の声にもショウは沈黙を保っていた。
「どうやら僕は君に嫌われてるみたいだ」
 苦笑する青年に、ショウは言葉を返すことはない。当然だ。今までの一連の行動に怒りこそ覚えても好意は何も感じられなかったのだから。だが、いつまでも沈黙は続かなかった。
「君も会ってみる? 退屈しのぎにはなるだろ」
 奇妙な発言にショウは片眉をあげる。
「どういうつもりだ?」
「言葉通り。強いて言えばここまで来たことへのご褒美かな」
 黄砂の言葉にショウは訝しげな視線を向ける。なおも続く眼差しに肩をすくめると、黄砂は初めて真面目な顔をした。
「これだけは言っとく。僕も君に危害を加えるつもりはない。ここまで来て弱いものいじめもないだろ。
 後は君しだいさ」
 いつかと同じ状況に少年は戸惑いをおぼえる。
 初めて会ったときは言葉で心を揺さぶられた。
 二度目に会った時は少女の窮地だった。
 そして今。その少女は他の場所にいる。
「どうする?」
 差し出された手。
「これが答えだ」
 ショウが黄砂の手を取ると辺りは光に包まれた。
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