SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,90  

「驚くことはないだろう? だってそれはここ、そのものだから」
 同じ言葉を紡ぐ少年に二人は言葉を失う。
 確かに思い当たるふしはあった。
 ミルドラッドでラズィアの公爵は公女の宝石を手に入れようとしていた。
 その後、二人をここまで導いてくれたのも少女の首にかけられている青い宝石――アクアクリスタルだった。
「どうやって人間が手に入れたかは知らないけど、それは確かに標(しるし)――フロンティアさ」
 石の元に雪色の髪の少女と鳥が集い、そうして今ここにいる。
「これは願ったとおりのものを導いてくれるのさ」
 そう言うと、緋色の髪の少年は空に向かって声を上げる。
「空の娘よ」
 リィィィン……
 鈴を転がしたような音と共に、空一面に映し出されたのは一人の少女。一人は病院で横たわり、一人は青の景色に囲まれこの地に立っている。
 それは現在のまりいそのものだった。
「僕は今、君のことを願った。これは、その者がいる場所を示してくれるものなんだ」
「言い換えれば導きの地図ってことか」
 ショウの声に黄砂(コウサ)はうなずく。
「そうとってもらっても構わない。これを使って、かつての者はここから抜け出し、かつての者は願いを叶えたんだろう」
「おとぎ話も馬鹿にはできないってことか」
 シェリアの先祖は何かしらの方法を使ってフロンティアにたどりついた。その力を用いて彼らは水の地を探し求めたのだろう。
 ショウの独白に、まりいは小さくうなずいた。
「フロンティアは未知なるもの。君たちがアクアクリスタルと呼ぶ物の結晶体なんだ。そして僕たち翼の民の暮らす場所でもある」
 確かに大きな結晶の上でなら生活することも可能だろう。だが。
 まりいが口にするよりも早く、ショウが疑問を口にする。
「他の翼の民とやらはどこにいるんだ?」
 おかしいではないか。そのような民がいるのなら、すでに何人かと会っていてもおかしくないはずだ。なのに未開の地で出会ったのは緋色の髪の少年一人。それ以外の人はおろか家らしきものの姿さえ見当たらない。
 同じような視線をまりいが向けると黄砂は静かに告げる。
「ここにいるのは僕だけだよ。正確には動ける者が僕一人ってこと」
 自虐めいた少年の独白に、まりいとショウは顔を見合わせる。
「ここにはかつて多くの同胞が住んでいた。地上に降り立った者もいたし、ここで一生を終える者もいた。だけど、いつしか僕たちは地上を拒絶するようになっていた」
「どうして?」
 まりいの問いに緋色の髪の少年は口をつぐむ。
「天使の力を人に利用されそうになったから」
 だが、それはほんの少しのこと。しばらくすると何事もなかったかのように話を続ける。
「僕の生まれるずっと前のことだから詳しいことはわからない。
 すごかったらしいよ。何しろ神の娘を守るための力を利用しようとしたぐらいだから。当然、その報いは受けたらしいけどね」
「抵抗はしなかったのか?」
「した者もいたし、できない者もいた。そんな情報、一体どこで手に入れたんだろうね。人間の都合に僕たちを巻き込まないで欲しいよ」
 悲痛な声に二人は声をかけることができなかった。
 単純な好奇心でもあり親愛でもあり、同時に憎しみもある者。緋色の髪の青年は、一体どのような気持ちでまりいを見ていたのだろう。
 黄砂は続ける。
「元々、僕たち(翼の民)は地上で暮らせる体質じゃなかったからね。誰もそのことに異存を唱えるものはいなかった。
 ……時砂が現れるまでは」
「トキサ?」
 まりいがつぶやくと、栗色の髪の少年が応える。
「時砂(トキサ)・ベネリウス。……お前の父親だ」
 初めて聞く父親の名に、まりいは不思議な感覚に捕らわれる。
 時砂。それがベネリウスの、まりいにとって父親かもしれない人物の本当の名前。
「『我々は人と共存すべきだ。はじめから未来を決め付けてはいけない』それが彼の持論だった。
 誰も耳を貸さなかった。神の娘である主を半永久的に守り続けること。それが僕たちの全てだったから。それだけが僕たちの存在理由だったから」
 そこまで話すと黄砂は一旦、口を閉ざし視線を虚空に向ける。だが、それも少しのこと。視線を戻すと彼は再び口を開く。
「僕たちは何かしらの能力を持って生をうける。中でも時砂はとりわけ強い能力の持ち主だった。次の天使は間違いなく彼になるはずだった。だけど、彼はそれをよしとはしなかった。
 彼は突然、姿をくらました。君を連れてね。
 彼の能力は時砂――時を司ることができる。もしかしたらそれを使って何かを感じ取ったのかもしれない」
「どうしてベネリウスを捜さない」
 シルビアと共に姿を消した漆黒の騎士。人の力では無理だとしてもフロンティアの能力ならどうとでもなるではないか。
「フロンティアを使っても、寿命のつきたものは探せない」
 返ってきたのは冷たい事実だった。
「地上に降りるということは、ここでの能力を失うということなんだ。能力を失うということは、僕たちにとっては命を削り取られていくに等しい。だから、地上では何かを失っていく。
 その力が強ければ強いほど代償は大きい。現に、君と出会ったときは風鳴は記憶を、僕は人としての姿を失っていただろう?」
 黄砂の答えは一つの事実を物語っていた。能力を失った英雄。彼の、彼らの行く末はすなわち。
「ステアのことはどう説明する?」
 震える少女の手を握りしめ、ショウは問いかけた。
「風鳴(カザナ)は僕たちの一族の中でも飛びぬけて能力の優れた者だった。そして誰よりも、優しい者だった」
 語る様はとても優しげで。
「天使の条件って知ってる? 誰よりも優しくて誰よりも強い。そして、誰よりも哀しいさだめを背負う者。
 時砂がいなくなった後、彼女は自らすすんで天使となった。それがどうなるか知っての上で」
 語る様はとても苦しげで。
「どう……なるの?」
 まりいの問いに黄砂は肩をすくめる。
「ごらんの通りさ。天使は娘の守護者、言い換えれば、神が娘を守るためにつくった人形だから。人形に余計なものは必要ない」
 確かに淡々と語り、危害を加えようとする様は、感情のない人形そのものだった。だが本当にそれだけなのだろうか。
 まりいには、そうとは思えなかった。消える際につぶやいた言葉。それは出会った頃のステアそのものだったから。
「髪の色を見たんだろう? あれは神に、娘に認められたもの――天使の証。主を守るために一時的に能力を引き出したってところかな」
 黄砂の言葉に、まりいは違和感をおぼえた。いくら長年そうだったとは言え、どうしてそこまで主を守らなければならないのか。どうしてそんな危険な業を背負ってまで天使にならなければならないのか。
「教えて。そこまでしてあなた達を突き動かすものは何?」
 どうして、彼らは神や娘と呼ばれるものにこだわろうとするのか。
「ここをなくしたくなかったから。消えたくなかったからかな。
 主のいない住処(すみか)はあっという間に衰退する。ここの住人が姿を消していくのにも、そう時間はかからなかった。ここをなくしたくなかったんだろうね。風鳴は神と呼ばれるものの意思をついで、天使になった。
 天使に課せられた使命は二つ。一つは娘を、君を見つけること。もう一つは娘を本来の姿にもどすこと」
 最後の一言に、まりいはどうしようもない恐怖感に襲われる。本来の姿とは何を意味するのだろう。ステアの時のように、自分が自分でなくなってしまうのだろうか。
「空の娘って何なの?」
 恐怖を胸に秘めたまま、まりいは問いかける。
「世界の――この場合、空都(クート)か。その定めを司るもの。
 神の意思をくみとって世界を見つめつづけるもの。自分と引き換えにね」
「……おかしくないか?」
 黄砂の答えにショウは口をはさむ。
「どうしてそこまでしなければならない。どうしてステアやこいつが、そんな」
 イケニエニナラナケレバナラナイ
 その一言は胸中でとどめておいた。言ったらどうなるかわからなかったから。少女も同じ気持ちだったのだろう。握りしめた手に強く力がこめられる。
「そんなの、僕の知ったところじゃないよ。それこそ神とやらに聞いてみないと」
「じゃあそれをどうにかすれば」
「君にそれができる?」
 まりいの声に、黄砂は冷たい視線を向ける。
「言うのは簡単だよ。でもそれを実現できた者はまずいない。
 時砂だって結局はもどってこなかったんだ。気休めはよしてくれ」
 何も言えなかった。二人に与えられたものはあまりにも重かったから。ステアは、どんな気持ちで天使になることを受け入れたのだろう。黄砂は、どんな気持ちでそれを見守ってきたのだろう。
「かくいう僕にも課せられた使命が二つある」
「それも神とやらのものなのか?」
 ショウの鋭い眼差しに、黄砂は首を横にふる。
「一つは『空の娘』をここにつれてくること。もう一つは娘を、もう一人の娘に会わせること」
『もっとも、こっちは使命というより彼女からのお願いだけどね』そう続けた黄砂に二人は眉根を寄せる。
「知らなかったのかい? 世界は三つあって、それぞれに神の娘と天使がいる。君はその中の一人にすぎないんだ」
 確かに以前、そのような話を聞いていた。あれはいつの日のことだっただろう。
「どうするかは君に任せる。彼女はそう言っていた」
「それが、ステアを助ける手がかりになるの?」
「わからない。僕はそう頼まれただけだから」
 告げる声に、まりいは瞳を閉じる。
 たくさんのことがありすぎて、一時は全てを拒絶しようとした。でも、周りには自分をみてくれている人がいた。その人達を、少しでも助けてあげることが、自分を知ることができるのなら。
「私、会ってみる」
 それは、少女の確かな意思。
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