SkyHigh,FlyHigh!

BACK | NEXT | TOP

  Part,89  

 まりいは声をあげた。
「教えて。どうすれば行けるの?」
 やがて、どこからともなく一人の男が姿を現す。
「本当にいいんだね?」
 紫水晶の瞳の男に少年と少女はうなずきを返した。
「ここまで来たんだ。引き返せない。いや、引き返したくない」
 それは少年の思いだった。
 いなくなった父親のこと。それに連なる者。しまっていたはずの傷を突きつけられたし、逆に傷つけた。
「今までのことを無駄にしないためにも、私達は先に進みたいんです」
 それは少女の思いだった。
 人と接することが怖くて近づくことができなかった。受け入れてもらえた相手から拒絶され、全てに絶望した時もあった。
 地球でも空都(クート)でも辛いこと、哀しいことはあった。けれど、決してそれだけではない。
 共に在りたい。行く末を見守りたい。それは二人の共通する思い。
 そんな二人を男は静かに見つめる。
「人間は……いや、君達という存在はすごいね。明らかに短い年月を精一杯生きようとしている。脱帽ものだ」
 穏やかな視線を受け二人は互いに顔を見合わせる。
「さっき、オレには力がないと言ったよね。けれど、代わりにできることならある。
 フロンティアに連なる方法は、言葉を紡ぐこと」
 男の言葉にまりいは首をかしげ、ショウは口をつぐむ。
「何度も耳にしていると思うよ。答えは君がわかっているはずじゃないのかい?」
 言葉と共に取り出したのは小さな笛だった。
 ルシオーラの視線を受け少年は押し黙る。
 確かにわかっていた。予想もうすうすついていた。試せなかったのはそれを信じるだけの勇気がなかっただけで。
 一度だけ少女を見ると彼女は黙って一つうなずく。それを確認すると少年は笛を吹いた。
 少年の音色にならい少女も歌を奏でる。
 二人が作り出したもの。それは一つの旋律だった。

 さあ、風をつかんで羽ばたけ
 どこまでも広がる世界へ

 見渡せないほどの願い
 一人背負いながら
 風の中に見つけたのは
 ひらめく翼
 あやしく猛る影うちおとして
 高ぶる鼓動を抱き
 哀しみひそむ青い空いく鳥

 果てしない時の彼方から
 かけてきた一陣の疾風
 荒野にまきあがる
 それは希望の砂塵

 雪色の髪の少女が教えてくれた歌。
 歌が終わると二人を空色の光が包んだ。後に残されたのは商人の姿のみ。


 目を開けると、そこには空が広がっていた。
「……すごい」
 声をあげたのは少女ではなく少年だった。
 見渡す限りの青。他には何もない。否、一つだけあるとすればそれは、
「空みたいだな」
 ショウの声に顔を向ける。
「白い地面っていうのも珍しいな」
 彼の言うとおりだった。周りが青であるのに対し、地は純白だった。まるで、雲のような。まるで、雪のような。
「この色、これに似てる」
 まりいの声に、ショウは目を向けた。
 その先にあるのは少女の首元。銀色の鎖につながれたそれは始終青い光を放っていた。
「考えてみれば今までずっと一緒だったよな」
 公女からもらったペンダント。思えばこれからが本当の始まりだった。
『大切な想いはここにある』『離れていても願いは叶う』このペンダントがここまで導いてくれたのだと言っても過言ではないのかもしれない。
「それはそうさ。それはここそのものだから」
 第三者の声に二人は視線をめぐらす。
「ようこそ。フロンティアへ」
 二人の目前で、黄砂(こうさ)は礼の形をとった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「行ってしまいましたか」
 光が消えた後、声は商人の後ろからかけられた。
「気になるのなら声をかければよかったのに」
「先ほど別れを口にしましたので。すぐに再会しては情緒がないでしょう?」
『妹なら休ませてきました』そう前置きすると声の主は商人に声をあげる。
「聞きたいことがあったんです」
 そう言うと優しげな風貌の声の主は――アルベルトは疑問をぶつける。
「あなたは何者なんです?」
「さっきも言ったはずだけど」
「通りすがりの異邦人ですか。口だけならなんとでも言えますよね。
 そもそも、海の惑星の住人がどうやってこの世界にやってきたんでしょう」
「それは信じてくれとしか言いようがない」
 肩をすくめて苦笑する姿に神官は笑顔のまま重ねて問う。
「仮に、あなたが本当に霧海(ムカイ)の住人で長命だったとしても果たしてそんな夢物語のようなことを覚えているものなのでしょうか。
 それに、天使や英雄と呼ばれる類の者たちに、そう都合よく会えるものなんでしょうか。……知り合いであれば別ですけどね。
 もう一度聞きます。あなたは何者なんです?」
 親しみのある声にもかかわらず、瞳の奥には別の色が灯されている。
 神官の疑問にルシオーラは笑みを深くする。
「言葉通り。オレは通りすがりの異邦人――生き字引きさ」
 その姿には何の邪気も感じられない。
 笑顔のまま、時は流れゆき、先に折れたのは神官の方だった。
「言い出したらきりがありませんからね。そういうことにしておきましょう。
 それで、あなたはいつまで私達を付け回すんです?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれよ。これでも君達のことを心配していたんだから」
「それはどうも。ですが、お二人のところへ向かわなくてもいいんですか?」
 目をすがめた神官に商人は穏やかに応える。
「オレの役割はもう終わり。あとは二人の問題だ。でも君達にも興味がわいたからね」
「奇遇ですね。私もあなたとお話したいことがありましたから。でも今は妹を待たせてますので」
「それもそうだな。じゃあ代わりにいいことを教えてあげよう」
 耳打ちされたものにアルベルトは目を丸くした。
「じゃあまた今度」
 そう言うとルシオーラは姿を消す。
 驚く必要もなかった。きっとそういうものなのだろうと何故か自然に理解することができたから。
「翼の民の加護があらんことを――ですか」
 男の、少女達のいなくなった方角を見据え彼は静かにつぶやいた。
BACK | NEXT | TOP

このページにしおりを挟む

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2004-2006 Kazana Kasumi All rights reserved.