SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,84  

『遊ぶ?』
 船上で三人の声が見事に重なる。
「そうです」
 大合唱に動揺することなく答えたのは穏やかな笑みを浮かべた神官だった。
「次の港で一度小休止をとるそうです。時間があるのなら、ぱーっと遊んだ方がいいのでは?」
「でも、私達はフロンティアを探さないといけないんです」
 正確にはフロンティアを探す期日はさほど重要ではない。いや、期日は短いにこしたことはないのだが、見つからない以上焦っていてもしょうがない。
 しょうがないのだが、まりいは早く見つけたかった。自分と、ショウに決着をつけるために。
 そんなまりいをアルベルトはにこやかに制す。
「フロンティアは逃げませんよ」
「だけど――」
「それ賛成! どうせなら楽しみましょうよ」
 助け舟を出したのはシェリアだった。もっとも、それは神官に対してのものだったが。
「でも、ショウだって――」
「俺は別にいいけど」
 再び助け舟を出したのは栗色の髪の少年だった。もっとも、これも神官に対してのものだったが。
「待ち時間があるのなら自由行動をとってもいいんじゃないか?」
 確かに言っていることは正論だ。正論だが、まりいは奇妙な感覚にとらわれた。
 そもそも少年は真面目だ。だからこそアルベルトの出した案に賛成するとは思ってもみなかったのだ。
「シーナはそれでいい?」
 おずおずと聞いてくるシェリアに、まりいはため息をついた。多数決にはかなわないし、言い出した友人がこうであれば断ることもできない。
「少しだけなら」
 そう言うと、シェリアはぱっと顔をかがやかせた。
「じゃあ水着用意しないとね」
「水着?」
 まりいが聞き返すとシェリアは小首をかしげる。
「海で遊ぶには必要不可欠でしょ。もしかして、シーナ泳げない?」
「そうじゃないけど……」
「なら決まり! もしかしたらルシオーラさんに会えるかもしれないし」
 久しぶりに聞いた人物の名に、まりいは眉をひそめた。
「だって商人なんでしょ? 神出鬼没の謎の人物。一回ぐらい会ってみたいじゃない」
 声をはずませる公女にまりいは何とも言えない苦笑を浮かべる。
 まりい達に様々な予言を残す謎の人物。その予言はいいことであり、悪いことでもありと本当に様々だ。シェリアに話したのは一度だけ。どうやら彼は公女の頭の中で曲解されているらしい。
 はしゃぐ二人のよそで少年の顔色が変わったことに気づいたのはただ一人。ほどなくして船は港に着き、期せずして海の小休止は幕をあけた。
 とはいえ休止を楽しむのは三人だけだったのだが。
「せっかくなんだからショウもついてくればよかったのに。こんなに可愛い女の子の水着姿が見れるんだから」
「着替える前に出て行ってしまったのだから仕方ないでしょう。無理強いはできませんからね」
 港から少し離れた場所で。まりい達は海岸沿いを歩いていた。
「あなただって着替えればよかったのに。海でその格好はないんじゃない?」
 神官はそれまでと全く変わらぬ姿だった。
「私は神に遣える身ですから」
 半ば的外れな会話をしている二人をよそに、まりいは自分の姿をまじまじと見つめる。
 ワンピースに近い形の服。水にぬれることを前提としているため、丈はふだんのそれよりも幾分か短い。だが見る人もいなければ普通のそれと変わらないに等しい。
「可愛いですね。見立てたかいがありました」
 神官の声に、まりいは視線をむけた。
「本来ならばシェリアのものと同じでもよかったんですが。見たところあなたは派手なものはお嫌いでしょう?」
「じゃあ、この服って――」
「アルベルトのセンスっていいのよね。アタシもよく見立ててもらってるの」
 彼の代わりに答えたのはシェリア。ちなみに彼女の方は上下に別れた種類のものだ。
「本当。どうしてショウ来なかったのかしら」
「追求するのはやめてあげなさい。ここまで着いてこいというのは彼に酷でしょうから」
 神官の微笑みに、まりいとシェリアは顔を見合わせる。だが神官の言葉に隠されたものがわかるはずもなく。降参とばかりに公女は手を上げると、二人よりも先に海に向かって駆けだす。
「ショウが一緒の方がよかったですか?」
「そんなことないです。ショウも用事があるって言ってたし」
 残された二人はたわいもない会話を繰り返す。
「人間、追い詰められればられるほど色々なことを考えてしまうんです。いいこと悪いこと含めてですけどね。
 急がば回れといいます。時にはのんびり骨を休めても罰はあたりませんよ……どうしました?」
「アルベルトさんって、お父さんに似ているんですね」
 神官の横顔を見ながらまりいは笑った。
 彼の父、ミルドラッドの神官長に出会ったのは数ヶ月前。孤独であった公女の唯一の味方であり自分たちの協力者になってくれた人。
「ミルドラッドのことは聞いています。大変でしたね」
「あの時はリューザさんが協力してくれたからです。お父さんには本当にお世話になりました」
「それは私の台詞ですよ」
 思ってもみなかった言葉をかけられ、まりいは首をかしげる。
「シェリアが両親のことで悩んでいるということは知っていました。でも私は側にいてあげることができなかった。
 支えになってくれてありがとう。あなた達がいなければどうなっていたことか。臣下として、兄として礼を言います」
 まりいの前でアルベルトは深々と頭を下げた。
「あなたがいなかったら妹は笑っていられなかったと思います。シーナ様、本当にありがとう」
「シーナでいいです。それに、お礼を言うのは私の方だから」
 自分よりもはるか頭上にある男に目線を合わせ、まりいは慌てて言葉を告ぐ。
「シェリアは、ミルドラッドではどうでしたか?」
 言葉を投げて、まりいは口をつぐんだ。
「ええと。その――」
「勉学にも礼儀作法にもはげまれ、日々多忙でした。ですが、領主様、奥方様とも一緒に食事をとられるようになりました。
 だから、あなたの元へきたのでしょうね」
 望んでいた応えと新たな疑問の種を植えつけられ、まりいは顔をしかめる。その様を満足そうに見つめた後、若い神官は語り始めた。
「予感がすると言っていました。大切な友達が助けを求めていると。だから早朝に城を抜け出してきたんです」
 『もっとも私が思いとどまらせて正面から堂々と許可を得て来ましたが』片目をつぶる神官にまりいは二の句が告げない。
「妹の恩人なんです。私でよければ話を聞きますよ?」
 笑顔で、でも奥にあるものはわからなくて。
 そう言えば、はじめ黄砂(コウサ)と間違えそうになったんだっけ。青年の瞳を見ながらまりいはふと思う。陽の色に近い金色の髪。その瞳の色は――
「アルベルトさんも空の瞳なんですね」
 口からもれた言葉に神官は軽く眉をひそめる。
 本当にそうだ。言葉をかけてくれる人達は、みんなこの瞳をしていた。
「確かに私の目の色は青ですが、似たような容姿の人は世の中にたくさんいますよ?」
 苦笑する神官にまりいは穏やかな笑みを浮かべる。
 導きの声をかけたのは紫の瞳で。
 失恋の話を黙って聞いてくれたのは空の瞳で。
 あどけない顔で笑いかけてくれたのも同じ瞳で。
 そして、今、優しい言葉をかけてくれたのも同じ瞳だ。
「じゃああなたは陽の瞳なんですね」
「え?」
「妹と同じ色ですから。失礼。大地の瞳と言った方がいいのでしょうか」
 思ってもみなかったことを言われ、まりいは目をしばたかせる。シェリアと容姿が似ていることはラズィアの一件で熟知済みだった。だがそのようなことは一度も言われたことがなかったのだ。だが、言われてみれば確かにそうなのかもしれない。
「アルベルトさんは、シェリアのお兄さんなんですよね」
「はい」
 そう言った男の表情はとても穏やかで。
 まりいは、かつて少年にしたものと同じ問いかけをした。
「家族がいるってどんな感じなんですか?」
 軽く目をみはった男に、まりいは苦笑する。
「私には、お父さんとお母さんの記憶がないんです。だけど、兄弟がどんなにいいものかはわかるから」
 それは、空都(クート)にきてわかったものだった。もちろん地球で兄弟の話を聞いた、見たことはたくさんある。だがじかに接したことは一度もなかった。ショウにユリ、シェリアにアルベルト。この二組に人とは違う温かなつながりがあることはわかるから。
「……アルベルトさん?」
「あなたは、この世界にいることを後悔していますか?」
 碧の瞳にみつめられ、まりいは言葉に詰まる。
 もしかすると、シェリアから全てを聞かされているのかもしれない。
 もしかすると、彼自身の単純な好奇心なのかもしれない。
「いいえ」
「あなたは、遠い場所から来たことを後悔していますか?」
「……いいえ」
 アルベルトの問いに、前者はきっぱりと後者はやや間をおいて答える。
「あなたのご両親がどこで何をしているかは私にはわかりません。ですが、あなたのことを少なからず想っていたのでは?」
 それは、かつて洞窟で精霊に言われたものと同じ言葉だった。
「シーナ?」
「ごめんなさい。まだ、そうだとは思えないんです」
 アルベルトの声に、まりいは苦笑する。向き合おうという気持ちにはなれた。だが彼らが自分のことをどのように思っていたなど考えてもみなかった。いや、考えることが怖かったのかもしれない。
「まずは想いのたけをぶつけてみること。それからですね」
 本当にそうだ。良かったのか悪かったのかもわからないのだから。
「シーナーっ!」
 遠くでシェリアが手を振っている。
「行きましょうか。妹も待っているようですし」
「はい」
 神官の言葉に笑みを返すと、二人は公女の元へ向かった。
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