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  Part,83  

 今回の旅。
 目的はフロンティアの探索、つまりはカザルシアの第三皇女、アルテシアと『黒い翼を持つ英雄』ベネリウスの捜索だ。
 先にも述べたように、運び屋とは要人の依頼を受けた人物が特定のものを調査したり運んだりするのが生業だ。したがって探索や捜索の依頼も決して珍しいことではない。
 だが依頼の相手が相手である。にもかかわらず、あえて自分を選んだのは王達の心づもり、もしくは罪滅ぼしもあったのだろう。ショウはそう認識している。
 それをとやかく言うつもりはなかった。言ったところでどうにかなる問題ではないし、彼自身それを望んでいたから。見つかっても見つからなくてもいい。任をやりとげることで自分の心に決着をつけられると思っていたのだ。だが、その任を受ける目前にして、とんでもないものを拾ってしまった。
 道端に倒れていた一人の少女。初めて見た時は何の冗談かと思った。
 焦げ茶色の髪に明るい茶色の瞳。問いかけても怯えてばかりで、しかも自分がどこからきたのかもわからないと言う。
 そのままだと気が引けるのでレイノアまで同行させることにした。そう。本来、彼はまりいをレイノアの姉に預けようとしていたのだ。それがここまで一緒にいるのは、少女の意思のたまものである。
『私はショウと一緒がいい』まさか彼女がそんな発言をするなど少年としては思ってもみなかったのだ。そんな少女を置き去りにするわけにもいかず、条件つきで旅を続け、いつの日か、ショウは少女に疑問を抱くようになった。
 シーナと呼ばれる少女が捜索相手と英雄の――仇の娘。
 だが、まりいは異世界の、『地球』の人間だ。話としてはできすぎている。けれども旅を続ければ続けるほど、少年にその事実を確信させるものとなっていった。だからこそ、あの時拒んでしまったのだ。
『話して。お願い』
 目の前から少女がいなくなって、初めて目を合わせて告げられた言葉。それに動揺したのは他ならぬ少年自身。
 本来なら、あの時謝罪の言葉を言わなければならなかったのは自分なのに。震える後姿に声どころか抱きしめてやることすらできない。
(いつから俺はこんなに臆病になったんだろう)
 今までなら、そんなこと考える必要もなかったのに。
 否。考えたくなかったのだ。考えれば自分と向き合わなければいけなくなるから。
 気づくことが怖かったのだ。気づけば、その先どうなるかわからなかったから。
 自分の正直な気持ち。それは――
「そんなに思いつめていると、将来禿げてしまいますよ?」
 目を開けると若い神官が目前まで迫っていた。
 なぜわかったのだろう。一言も口にしていなかったのに。
「そんな表情をしていれば誰だってわかります。伊達に修行はしていませんから」
 笑顔で話しかけられれば返す言葉もない。
「時には息抜きも必要ですよ。全て忘れて羽をのばしなさい。
 フロンティアのことも、シルビアのことも……マルディード王女のことも」
 さらりととんでもない言葉をかけられショウは大いに戸惑った。
 フロンティアのことは人づてに聞いたとしても、他のことは知りえないはずだ。にもかかわらず、なぜ神官がそんなことを知っているのか。
「なあ、アンタはどうして――」
 慌てて問いかけようとしても、男はそれ以上言葉を返さない。なぜなら、
「……寝てる」
 それまでと同じ笑顔で。だが寝息だけはしっかり聞こえるから不思議だ。
 ため息をつくと、少年もようやく眠りにつくことにした。


「おはよう。よく眠れた?」
「眠れなかった」
 公女のあいさつに少年は仏頂面で即答した。
「そうなの? アタシ達も実は寝れなかったのよね」
 そっちの状況とこっちの状況じゃ明らかに違う。
 そうは思ってもいたずらっぽく笑うシェリアの前には口にも出せず。ショウは内心で深々とため息をついた。
「ショウ、本当に顔色よくないよ。大丈夫?」
 平気だ。
 そう答えようとして、ショウは口を閉ざす。
「どうしたの?」
 問いかけてきた声は明らかに慣れ親しんだものだ。だが容姿は明らかに違う。
「アタシが貸したげたの。これだったら見分けつかないでしょ」
 否。はじめから似てはいたのだ。気づくのが遅かった。ただそれだけのこと。
「よく持ってたな」
 うめくような声で、ショウはつぶやいた。
 陽にすけるような金色の髪に明るい茶色の瞳。声こそ違うが目の前にいるのは公女そのもので。とどのつまりはシェリアが二人いたのである。
「あれから肌身離さず持ち歩くようにしたの。久しぶりだったけど癖になりそう」
 あれからとはラズィアの一件のことだろう。それにしても持ち歩いて癖にするのはどうかと思うが。
「昨日、私が大切にしていたお酒を飲みましたね」
「あれはちょっとしたいたずら……あ」
「こちらがシェリア。あなたがシーナ様ですね」
 少年達の間を男が笑顔で通る。
「ずるいわよ。そんなこと言うなんて」
「勝手に持ち出したあなたが悪いんです。もっとも顔が同じでも口調や態度を見ればすぐにわかりますけどね」
 穏やかな笑みで語りかける様はまさに神官そのもので。だが実際の言動はあきらかにそれとかけ離れている。
「アルベルトさんってすごいね。昨日一緒だったんでしょ?」
 押し問答を繰り返す公女と神官から離れた場所で、まりいがショウにささやく。だが少年からの返事はなかった。
「ショウ?」
 顔をのぞきこんでも反応はなく。声が返ってきたのはそれからしばらくしてからのことだった。
「え? ああ。すごいな。あれだけ酒が飲めるんだもんな」
 目前で手をちらつかせると彼はようやくまりいに焦点を合わせる。
「シェリアをよく街に連れ出してたんだと。つかみどころのない人だよな。今まで色々な人に会ってきたけど、ああいう人は初めてだ」
「……何かあった?」
「世界って広いな。色々な人種がいるんだな。そう言えば誰かに似ているような……」
 表情に気づくことなく、もしかしたらあえて気づかないようにと話を続ける少年に、まりいは沈黙する。
「そうだ。姉貴に似てる。
 ああいう口調の奴には気をつけた方がいい。後でどうなるかわからないからな」
 どう返していいかわからず、まりいは曖昧な笑みを浮かべた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「見事なまでに会話が成り立ってませんね」
 一方。その神官と公女は途中から同行者の行方をずっと静観していた。
「あの二人、何があったのかしら」
「なにやら私の陰口を言われているような気がするのは気のせいでしょうか」
「気のせいよ」
 隣にぴしゃりと言い放つとシェリアは再び友人達に視線をおくる。
 久しぶりに出会ったときは再会の嬉しさで考えてもみなかったが、改めて観察してみるとわかる。二人とも、何かが違うのだ。仲がいいのには間違いないのだろう。だが何かが二人を隔てている。
 使命感のような、かつて自分が経験した確執のようなものがうずめいている。シェリアにはそう感じられた。
「アルベルト。何かいい案ってないかしら」
「たまにはご自分で考えたらどうですか?」
「できるならとっくにやってるわよ。できないから聞いてるの」
 そう言うと神官は眉根をよせた。
「要は気分転換ができればいいんですよね」
「そ。二人とも『顔で笑って心で泣いて』みたいなんだもの。まだ老い先長いんだからもっと心にゆとりを持たなきゃ」
「そういうあなたが一番年寄りじみてますね」
「ほっといて」
「はいはい。それはそうと」
 急に神官が表情を真面目なものに変える。
「あなたはいつまでお二人と同行したいんですか?」
 単刀直入な質問に、今度は公女が眉根を寄せる。それまでと全く違うことを聞いて相手を困らせる。それは神官の得意技だった。
「ずっと、と言いたいところだけど、それは無理よね。せめて次の港につくまで」
 自分の立場というものくらいわかっている。それでも側にいたかったのだ。胸のわだかまりを消失させたかったのだ。
「中途半端な長さですね」
「……だめ?」
 上目遣いでつぶやくと、神官は爽やかな笑みで豪語した。
「短すぎます。せっかく家出したのですから最後までとことんやりつくしなさい」
 この神官に常識は通用しない。この破天荒な気質が彼を彼として、公女の兄として成り立つ要因の一つだった。
「しっかりサポートしてよね。お兄ちゃん」
 苦笑すると、シェリアはアルベルトの背中をぽんと叩いた。
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