SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,76  

「来てくれたんだ」
 少女の声に、ショウは声を荒げそうになった。
 目を覚ましたと思えば勝手にいなくなって。過去にも似たようなことがあったが今回はその時とは比べ物にならない。
「お前、それ……」
 だが少年の口からもれたのは別のものだった。
「シェリアにもらったの。前も一度だけ着たことがあったんだけど、覚えてない?」
 焦げ茶色の髪に明るい茶色の瞳。ところどころに刺繍の入った水色のワンピースを身につけている。
 確かに覚えていた。だが、少年が言いたいのはそんなことではなかった。そこにいるのは確かに少年の見知った顔。だが――
「ちょっと短くなりすぎちゃった。やっぱり自分でやるとうまくいかないね」
 背中まであった少女の髪は、肩よりずっと上の位置で切りそろえられていた。
「何のつもりだ」
 感情を抑えた声でショウは問いかける。
「お前は俺をバカにしてるのか?」
 感情を抑えて。だが少女の腕をつかみながらショウは言った。けれども少女は少しも動じることがなかった。むしろ穏やかな笑みを浮かべ少年を見つめている。
「バカになんかしてない。ただ、こうしたかったの。少しは変われるかなって」
 今までの半分くらいの長さになってしまった髪。つかまれてない方の手でそれをつまみながら少女は言う。
「でも、おかげで覚悟ついた」
 なんの、とは聞けなかった。それは少年がよくわかっていたことだから。
「話して。お願い」
 それは彼がもっとも恐れていたことだから。
「本当はね、怖いよ」
 少年の目を見つめたまま、まりいは言った。
「また一人になるんじゃないかって思った。……捨てられるんじゃないかって」
 それは、まりいの独白だった。
「地球には、今までいた世界には嫌なことばかりしかないって思ってた。だけど、嫌なことばかりじゃなかった。……大切なものも、ちゃんとあった。この世界だって、いいことばかりだったんじゃない。
 知らないといけないと思うの。自分のことを知るために」
 明るい茶色の瞳に迷いはない。
「色々考えたの。地球のこと、空都(クート)のこと。そしたら思い浮かんだのは親のことだった」
 少女の独白に、ショウはつかんでいた腕を離す。
「フロンティアを探すために今まで旅をしてきたよね。なのに、気がついたら二人の影がちらついていたの。地球で私を捨てたはずの両親が」
 それは少年にも当てはまることだった。元々はフロンティアと呼ばれるものを探すためにはじまった旅。それがいつの間にかミルドラッドの一件に巻き込まれ、凛(リン)の国では洞窟で壁画を見つけ。二人の元に現れたのは空を模した少年、少女。
 これらに共通すること。それはゼファーという翼の民の存在と家族への想い。
「もしかしたら、私は本当に二人に捨てられたのかもしれない。それでも、私は知りたいの。自分を知るために。
 だから、あなたの知ってること教えてください」
 自分に頭を下げる少女を見て、少年は不思議な感覚に捕らわれた。
 この少女は誰なのだろう。華奢な外見とは裏腹に堂々と意思を述べる女の子は。本当に彼女は今まで一緒にいた女の子なのだろうか。
 ――いや。
(前にも前兆はあったな)
 思い浮かぶのはミルドラッドでの一件。友人を助けるために単身城にのりこみ、挙句の果てには領主の頬をひっぱたいたのだ。
 一体何をやらかすのかと驚く反面、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。むしろ好ましく、自然に受けいれようとする自分がいて。そして――
「……ショウ?」
 彼女を相棒だと感じたのもその時だった。現に、自分を見上げる瞳はあの時の彼女そのもので。
「長い話になるぞ」
 嘆息すると少年は砂場に腰を降ろした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ゼファーのことはよく知らない。セイとお前と三人で見た壁画、それだけだ。あれについてはシーナの方が詳しいはずだろ?

 ベネリウス。この人のことも、本当はよく知らないんだ。親父と陛下、ギルドおじさ……騎士団長の親友だってことくらいしか。
 彼はある日、どこからともなくカザルシアにやってきた。
 持ち前の剣の腕と人柄のよさで彼はまたたく間に有名になった。実際いい人だったんだろうな。その人のことを悪く言う人はだれもいなかった。
 剣の腕と人柄を先代の王にかわれた彼は、リネドラルドの第三皇女、アルテシア様の護衛騎士となった。身元の知れない男を護衛にするなんて、前代未聞だった。でも周りは誰も反対しなかった。
 姫を守る漆黒の騎士。黒髪に黒目なんてこの国じゃ珍しいからな。きっとそのせいもあったんだろう。尊敬の念をこめて、彼はいつしか人々からこう呼ばれていた。『黒い翼を持つ英雄』と。
 だがアルテシア様が16歳になったある日、彼は彼女と一緒に姿をくらました。それは姫の婚約が決まろうとしていた矢先の出来事だった。
 当然、国は躍起(やっき)になって二人の行方を捜した。王族の婚約っていうのは俺達が思う以上に色々なしがらみがあるらしいから。
 どんなに上手く逃げ出せたとしても国が束になってかかれば大抵見つかる。でも不思議なことに、いつまでたっても彼の行方はつかめなかった。人々はほっとしていた。自分達の英雄が処刑されるところなんて見たくないだろうからな。彼は本当に天が使わした使者だったんだって言い出す奴までいた。
 ――ここまでは親父の受け売りだけど。

 一年がたち、二年がたった。三年たっても二人は見つからない。
 はじめはたくさんいた捜索隊も年がたつにつれ数が減っていった。そして、元々病弱だった先代の王は跡を現在の陛下に託すとすぐに亡くなった。元々先代の王は皇女を可愛がっていたからな。捜索も半分は私情だったんだろう。
 二人がこの国にいないことを察した陛下は、一人の男に姫と英雄の捜索を命じた。
「その人って……」
「アスラザ・アステム」
 少年は嘆息まじりに吐きすてる。それは、まぎれもない彼の父親の名だった。
 持ってきた荷の中から小さな球を取り出すとショウは言葉を紡ぐ。
「光、在れ」
 ポウッ。
 光と共に現れたのは四人の若者の姿。
 一人は少年が捜してやまない者。
 一人は少年が幼少から慣れ親しみ、遣えるべき者。
 一人は少年に今の路を切り拓いてくれた者。
 そして一人は――少年が憎むべき者。
「『外を見たかった』」
 漆黒の髪に同じ色の瞳を持つ男。青年は、自らの容姿と同じ黒の衣装に身を包み、優しげに笑っている。初めて見た頃と全く変わらぬ姿で。
 荒ぶる気持ちを抑えながら、ショウはかたわらに座る少女に語りかける。
「『娘に、マリィに、外の世界を見せたかった』あいつはそう言ってた」
 そこまで言うと少年は目を閉じる。
『怖かったんだろ? 認めることが』
 まぶたの裏に緋色の髪の少年の姿が浮かんだ。彼の言うことは正しい。怖かったのだ。事実を知られることが。彼女が自分の想いに気づいてしまうことが。
 知られたら彼女が離れてしまうから? 大切な手がかりがなくなってしまうから?
 おそらく両方なのだろう。
 だが続けなくてはならない。それが彼女の望むことなのだから。それが、相棒というものなのだから。
「これはあくまで俺の憶測にすぎない。もしかしたらとんでもない世迷言かもしれない。でも」
 一旦言葉を区切ると、ショウは隣の少女に視線を向けた。
 少女は動じることなく静かにうなずく。それを肯定の意思だと理解すると、少年は口を開く。
「ベネリウス。彼はお前の……父親だ。そして、前にお前が言っていた夢。ルビィって女の人もきっと――」
「失踪したアルテシア姫?」
 まりいの導き出した答えにショウは静かにうなずく。
「王族には本名とは別の名が与えられる。第一子はイグリスト様、第二子はラシーデ様。そして第三子はアルテシア様。
 アルテシア様の本名は、シルビア。シルビア・アルテシア・リネドラルド」
「そう……」
 悲嘆するわけでもなく、ましてや喜ぶわけでもない。単純な応答に少年は戸惑いをおぼえた。
「驚かないんだな」
「だいたい予想してたから」
 そう言うと少女は少年に背を向ける。
 本当に驚いていないのだろうか。それとも何も考えていないのか。
「シー……」
 少年が声をかけようとすると、
「見ないで!」
 少女の鋭い声によってそれは阻まれた。
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