SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,73  

 空はとても青かった。
「きれい……」
 まりいは感嘆の息をもらした。
 澄み渡るような青。地の色はまるで雲を模したように真っ白だ。
「ここは僕達の暮らしている場所の一部。気に入ってもらえたなら何よりだよ」
「そうなの――」
 声を返そうとして、まりいははたと我にかえる。おかしいではないか。先ほどと状況があまりにも違いすぎるのだから。
 おかしいではないか。山の上に自分の見知った少女がいて、彼女にユリが傷つけられそうになって。紅い光をうけ崖から落ちて――こんなところにいるなんて。
「私、死んだの?」
 突如としてわいた思いにまりいは自分の腕をかきよせた。
「死んでないよ。一時的に標(しるし)がけをしたから」
 頭の中にではない。直接耳にする肉声に、まりいは顔をむける。そこにいたのは少女の見知ったものだった。
「正確にはこあの場所から君の存在を一時的に消去したんだ。だから他の目には姿が消えたように見えたかもしれないけどね」
 緋色の鳥。かつて雪色の髪の少女の肩にとまっていたそれは、翼をはためかすことなく白の大地に足をつけている。
「このままじゃわかりづらいか」
 まりいが声をあげる間もなく。鳥は瞬時にして姿を変える。
 緋色の翼は緋色の――陽の色の髪に。
 瞳の色はそのままに。
「これでわかってくれた?」
 人を皮肉ったような、でも親しみにあふれているようなそんな表情。
「コウ、サ……」
「少し違う」
 首を横にふると緋色の髪の少年は、まりいの瞳を見つめて言った。
「この姿で挨拶するのは初めてになるね。はじめまして。僕は黄砂(コウサ)。翼の民だ」
 少年の告白に、まりいは絶句した。
「聞いたことがない? ここに来る時に言っていたと思うんだけど」
 少年の、黄砂の言葉には確かに当てはまるものがあった。
『ならば扉を開きましょう。あなたに翼の民の祝福のあらんことを』
 夢の中で何度も聞いた声。確かにあの時も、今も同じ言葉が使われていた。
「あの声は、あなたのものだったの?」
「少し違う。僕だけのものじゃない」
 相変わらずの漠然としない応えにまりいは眉根を寄せる。だが頭をふって打ち消すことにした。聞きたいことはそれだけではないのだから。
「ステアはどうしたの? 天使って何なの?」
「そう一度にたくさん聞かれても困るよ」
『順を追って話していこう』苦笑すると、黄砂はまりいに向きなおって口を開いた。
「標(しるし)がけは僕の能力。時と場所をこえることができるんだ。ただし、標がなければ意味はないけど」
「しるし?」
「君がいつも肌身離さず身につけているものだよ」
 少年の視線の先はまりいの首元に、アクアクリスタルに注がれていた。
「これが漂なの?」
 親友から譲り受けた宝石を見つめ、黄砂は静かにうなずいた。
「それはフロンティアのかけらだからね。
 逆を言えば、力が小さくてもフロンティアなんだ。何の力を持たなくても気配さえあれば充分通用する――」
「フロンティアって一体何なの?」
 黄砂の話をさえぎり、まりいは疑問をぶつける。
 それは誰もが共通する疑問。なぜ姿形もわからないおとぎ話に、人間はこうも固執してしまうのか。わからないはずのものなのに、なぜ願いを叶えてくれるという言い伝えが残っているのか。
「いずれわかるよ。手品は種明かしをしたら面白くないだろ?」
「ふざけないで!」
 黄砂の発言にまりいは声を荒げた。だが彼は意に介した様子もなく話を続ける。
「翼の民は言葉どおり。翼ある者達の集まりさ」
「ステアも、そうなの?」
「そう。彼女も僕達と同じ翼の民さ。そして、天使でもある。
 僕達は地上ともっとも離れた場所で暮らしていた。いいところだよ。争いのない穏やかで平和な、本当にいい場所だった。
 ……少なくとも、あの頃までは」
「あの頃?」
 眉根を寄せるまりいに、黄砂は視線を向ける。
「君の父親が地上に降り、風鳴(カザナ)が天使になるまでは」
 それは、少女が見てきた中でもっとも険しいものだった。
「風鳴のことはわかるだろ。君達がステアって呼んでた女の子のこと。あれが本来の彼女の名前なんだ。
 天使っていうのは名前通り。天の――神の使いさ。正確には神と呼ばれる者の使い、神の娘と呼ばれる者の護衛のこと」
 口調はいつもと変わらないはずなのに感情を押し殺している。瞳の中にあるものは、かつて一度だけまりいにぶつけられもの。その感情の名は、拒絶。
「神には三人の娘がいて、世界は彼女たちの手によって管理されていたんだ。それが空と海と大地。そしてこの世界の名は、空都(クート)」
 だがそれは一瞬のこと。少年が瞳を閉じると辺りが淡い陽の色に包まれる。
「ここで問題だ。僕達はずっと標を持つ者を――君を捜していた。何故だかわかるかい?」
 後に現れたのは、雪色の髪の少女が見せたものと同じ純白の羽。その翼の主は、まるでまぶしいものを見るかのように少女に、その背中にじっと視線を注いでいる。
 ――背中?

 はらり。
 一枚の羽が宙を舞う。それを手に取ると、黄砂はまりいに向かって礼の形をとる。
「やっぱり君がそうだったんだね。
 はじめまして、マルディード。空の娘よ」
 少年の手にした羽の色は、藍色だった。
「神の娘よ。僕達は君を歓迎する」
 まりいの背中にあるものは、まぎれもない翼だった。
「あの人の翼の色も変わっていたけど、君の翼は藍色なんだね」
 視線の意味を理解するまで、時間はさほどかからなかった。はじめから少年の視線はまりいの背に――藍色の翼に向けられていたのだから。
「君の名は前から聞いていたんだ。
 マルディード。これが君の、あの人達のつけた名前だよ」
 黄砂の言葉が少女の耳に入ることはなかった。なぜならば、自分に起こった現実を理解することができなかったから。
 だがどんなに嘆いても現実は変わるはずもなく。

 友達に急に襲いかかられて。
 そのせいで仲間が身の危険にさらされて。
 ずっと旅をしていた友人にも拒絶されて。
 変わり果てた少女は自分のことを主と呼び。
 主と呼ばれた自分には藍色の翼がある。それは、人にはあるはずのないもの。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ――私は、一体何?

「どうしたんだい? マルディード」

 ――私は人ですらないの?

「マル――」

 ――だから、捨てられたの?

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「いやあああああっ!」
 全てが限界だった。
「来ないで!」
 体中を使って、まりいは少年を、全てを否定した。
 わからなかったのだ。何もかも。一度にたくさんのことが起こりすぎて理解できない。
「来ないで――」
 唯一まりいが理解できたのは、自分が全てに拒絶されているという現実。
 それは少女にとって、もっとも悲痛な叫びだった。
「嫌――」
「ごめん」
 声は、まりいの頭上から聞こえた。
「本当は君を巻き込むつもりはなかったんだ」
 抱きしめられている。そのことを理解すると少女は再び全身を使って拒絶しようとする。
「時間がなかったから。僕達に、君に残された時間は少ない」
 だが体は思うように動いてくれなかった。少年がそうさせてくれなかったのだ。それでも、まりいは彼から離れようと必死にもがく。
 しばしの時間が流れた後。
「君を元の場所に返すよ」
 何かをあきらめたような、何かを願っているような、そんな声。
「それでも、もし僕達のことを覚えていてくれるのなら。僕達を……風鳴を助けて欲しい」
 少年の言葉を耳に、まりいの意識は闇にとけた。
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