Part,7
翌日。さっそく二人は訓練を受けることになった。
「戦うと一言で言っても、術や武器、さまざまな手段がある。今回は俺が指示したやり方でやってもらう」
ショウの一言にこくこくとうなずく二人。
「シェリア。君には術を使ってもらう。術を使ったことは?」
「ミルドラッドにいた頃先生に教わったわ」
「じゃあ大丈夫だな。術書を買ってきたから自分の好きなものをやってみるといい」
そう言って数冊の本を手渡す。
「術って魔法みたいなもの?」
「そうに決まってるだろ」
「それって、誰でも使えるの?」
「それこそ当たり前だろ。まあ個人差はあるけどな」
今さら何当たり前のことを聞くんだ? そう言おうとして口をつぐむ。そうだった。こいつは――
「もしかして、術のこと知らないの?」
ショウの回想よりも早く。シェリアがそう言って目をみはる。
「……うん」
嘘をついても仕方ない。まりいは正直に答えた。
「あの、私――」
「悪い。こいつ記憶がないんだ」
まりいが言うより早く。ショウが答えた。
「記憶がないの? どうして?」
「それは――」
「悪い。本当に覚えてないんだ。あまり聞かないでやってくれ」
まりいが言うより早く。ショウが答える。
「ホントに何も覚えてないの?」
「ああ。なにしろ、リネドラルドやこの国のことすら知らなかったんだぜ?」
「この国って、もしかしてカザルシアのことも?」
「ええと……」
「ああ」
やはりまりいが言うより早く。ショウが答えた。
「そうだったの……。ごめんなさい」
「気にしないでいい――」
「本当にごめんなさい」
今度はまりいが言うより早く。シェリアが言って両手を握りしめた。
「何かあったら言ってね。アタシが力になるから」
「う、うん」
シェリアの真摯な瞳に見つめられ、まりいはただこくこくとうなずくしかなかった。
ことわっておくが、まりいは本当に記憶喪失と言うわけではない。
気がついたら見知らぬ場所にいて、気がついたらショウが目の前にいて。彼がまりいを見て記憶喪失だと勝手に勘違いしただけなのだが。
このままだと当分記憶喪失というレッテルはぬぐえそうにない。
「ここでそんなこと話したところでラチがあかないだろ。話を続けるぞ。シェリアには術を使ってもらう。それでいいよな?」
「本当は武器も使ってみたかったんだけど」
本を腕に抱きながら上目遣いにショウを見る。
「最低限でいいと言ったのは君だろ? 無理言わないでくれ」
「はーい」
しぶしぶながらも、シェリアは了解した。
「あの、私は?」
「あせるなよ。アンタの分もちゃんと用意してある」
「…………」
「どうした?」
「なんでもない」
なんでシェリアには『君』で私は『アンタ』なの? 何故か釈然としないものを感じるまりいだった。
「ほら」
ショウがまりいに大きな包みを渡す。
「?」
「開けてみなさいよ」
シェリアに進められるまま包みを広げる。
包みの中に入っていたものは、弓だった。
「これを使ったことは?」
まりいは首を横にふる。
「だったらこれで決まりだな」
「どうして弓なの?」
剣や術の方が強そうな感じがするのに。
「剣や斧は数日でマスターできるもんじゃない。でもこいつならよほど方向を間違えない限り相手に多少のダメージを与えることが出来る」
「…………」
「他に質問は?」
「…………」
「シーナ?」
「なんでもない」
すごい。一目見ただけでどの武器を使えばいいってことがわかるなんて。
本当はそんなことを考えていたためにただ返事が遅れただけなのだが。
「時間が惜しい。さっさとはじめるぞ」
そう言うと、ショウはすたすたとその場を後にした。
「さ、練習始めようよ」
嬉々として術書を握りしめシェリアはショウの元に駆け寄っていく。
「シーナ、早く!」
シェリアが手を振る。
そうだよね。やってみないとはじまらない。
「うん」
弓を握りしめると、まりいは二人の元へ走り出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
さて、そんなこんなで数日後。
「叔父様、叔母様。大変お世話になりました」
今日は三人の旅立ちの日。
「道中気をつけるのだぞ」
ここはリネドラルドのとある場所。
シェリアはお忍びで来ていたため、出立は秘密裏に行われた。とは言え、シェリアが普段城をよく抜け出しているため全く意味がないに等しいのだが。
「わかってますわ。おじ様も心配性ですわね」
王の前でシェリアがクスリと笑う。
「う……そうか? 私も年をとったのかもしれぬな」
「あなた、今からそんなふうではこれから先が大変ですわよ?」
姪の旅立ちということで、そこには王と王妃の姿もあった。
「シェリア、気をつけて帰るのですよ。シーナ、この子を頼みます」
「え、あの、えっと……」
急に頭を下げられ、まりいは慌ててしまった。
(こういう時はお任せくださいと言うんだ)
横でショウが小声で言う。
「じゃあ……えっと、お任せください」
それじゃ俺のセリフを棒読みしただけじゃないか。
そう言いたいところをぐっとおさえた。何しろ相手は王と王妃だ。
「ええ、頼みましたよ」
それを察したのか、王妃が笑いながら言う。
王も、それを微笑ましげに眺めていたが、やがて表情を改め真面目なものに変える。
「……すまない。お前にこんな無理難題を押し付けてしまって。本来ならば、我々がやらなければならぬことなのに」
ショウの前で、カザルシアの王は頭をふかぶかと下げた。
「これが、最後の頼みだ。期限が切れたら必ず戻ってきてくれ」
頭を下げたまま、声を振り絞るようにして言う。
「やめてください。臣下の前で王が取るような言動じゃないですよ」
それに戸惑ったのはまりいだけではなかった。
ショウだって人だ。それ以前に14歳の少年なのだから戸惑うことだってある。それは当たり前のことなのだが――
この人、こんな顔もするんだ。
なぜか妙なところで感心してしまうまりいだった。
「この人なりの誠意なのよ。受け取ってくださらない?」
隣には苦笑する王妃がいる。
しばしの沈黙の後、ショウは唇を湿らせるとこう言った。
「わかりました。出来る限りのことをやってきます」
こうして、三人は旅立った。