SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,62  

 洞窟をぬけてはや三日。そこには民家が広がっていた。
「村かしら?」
「多分ね」
 人里離れた隠れ里。そう呼ぶにふさわしい光景に一同は目をみはる。
「ここって地図にのってるの?」
「のってたら苦労はしない――」
「のってるわ」
 ユリの一声に反論しかけた青藍(セイラン)の動きが止まる。確かに彼女の広げた地図には村の名がのっていた。
 咳払いをすると、青年は地図をまじまじと見る。それにならい、まりいも視線を同じものに向けた。
『フルーツルーレ?』
 初めて聞く名前に青藍とまりいは顔を見あわせる。
「なんだかおいしそうな名前」
「だよな。特産品とかなんかないかな」
 まるで田舎からやってきた観光客のような(実際それに近いものはあるが)会話を交わす二人にショウは苦笑をもらす。無理もない。先ほどから驚きと緊張の連続だったのだ。どこかで気を抜かなければこちらの身がもたない。
 それに、まりいはともかく青年はわざとおどけている節もあった。もしかすると、焦げ茶色の髪の少女を気遣ってのことかもしれない。
「村に立ち寄るのもずいぶん久しぶりな気がしますね」
「だよな。後で村の中見てまわろうぜ」
 雪色の髪の少女のことは、洞窟を出て以来、誰も口にしなかった。結局、誰もがわからなかったのだ。ステアのことが。
 少年の前に突如として現れた少女は、焦げ茶色の髪の少女に相棒の鳥を預けると突如としていなくなってしまった。まりいとショウに大切な言葉を投げかけ大切なものを教えてくれた少女。彼女と再会できる日はくるのだろうか。
「ガイドブックとかないのかな?」
「それって『地の惑星(ほし)』にもあるものかい?」
「うん。修学旅行の時に使ったりしてた」
「シュウガクリョコウ?」
「同じくらいの歳の学生が集まって――」
 ……もしかすると、単に素で言っているのかもしれない。
「能天気に――」
 そんなこと言ってる場合でもないだろ。
 そう言おうとして、ショウの動きは止まった。
 体が思うように動かない。
「それにしても疲れたな」
「ここ数日で貴重な体験をしたものね」
 姉達の声もひどく遠くに聞こえる。
 話したいのに、口が思うように動かない。
『近いうちに、君の意思も確かめさせてもらうよ』
(まさか、これが――?)
「そうだなー。まずは……」
 青年が宿探しを提案しようとしたその時。
 どさっ。
 栗色の髪の少年の体は、音をたてて地に崩れた。


 村について一番にやったことは、宿探しと医者探しだった。
「過労と風邪だな」
 医者の診断は、拍子抜けするほどあっけないもの。
「風邪って、寒い時や季節の変わり目にひくあの?」
「その風邪しかしらないけどね。無理をしていたんじゃないのかい?」
 医者の言葉に、当人をのぞく三人は戸惑いの表情を浮かべる。ベッドの上では栗色の髪の少年が寝返りをうっている。
「二、三日寝てればよくなるさ。あんた達もその間観光がてら、ここで休んでいったらどうだい?」
『考えておきます』というユリの返事を聞くと、医者は宿をあとにする。残されたのは経営者である宿の夫婦と四人の男女のみ。
「心配させておいて結局はただの風邪か」
 苦笑すると青年は少年の額を軽く小突く。
「体調管理くらい冒険者の基本だ……って言いたいところだけど、お前の場合、年齢不相応に無理してるからな」
 青年の言葉に、ショウは毛布をかぶる。どうやら思い当たる節があるらしい。
「そういうことでシーナちゃん後頼むな」
『……は?』
 少年と少女の声は見事に重なり、同時に顔を見あわせる。だが年長組はどこふく風。さも当たり前のように会話を進めていく。
「わたし達は薬を買ってきます。弟をお願いしますね」
 静止する間もなかった。年少組二人を残し、ユリと青藍は宿を後にした。
 残されたのは少年と少女のみ。
 お互いおたがいどうしていいのかわからず、異なる色の瞳を見つめることしかできなかった。
「その、何かできることある?」
 相手は病人。まかされたのだから自分がやるしかない。そう自分に言い聞かせ、まりいは少年に尋ねる。少年の方もその意図がわかったらしく、ベッドの上から弱々しい声を返した。
「水……」
「果物でいい?」
「食べれるものなら」
「わかった。ちょっと待ってて」
 そう言うと、まりいは荷物の中からリンゴとナイフを取り出す。
「……今度は大丈夫なのか?」
「今度は大丈夫!」
『今度』を強調しながら、まりいはベッドの側に用意されていた椅子に座る。
 しゅるしゅると赤い皮がむけていく。その様子を少年はぼんやりと見つめていた。
「なに?」
 視線に気づき、まりいは小首をかしげる。
「今度はちゃんとむけてるんだな」
「これでも練習したんだから」
「弓と同じように?」
「同じように」
 そう言うと、今度はお互い目元をなごませて笑う。もっとも少年の顔は風邪のため赤らんではいたが。
 笑みをおさえると、咳ばらいをひとつ。少年は少女にむかってつぶやいた。
「悪かった。旅を中断させて」
 素人ならまだしも玄人である自分がやってしまうとは。少年にしてはあるまじき失態だった。それだけ焦っていたということだろうか。
 普段なら、首の後ろで一つにまとめられている栗色の髪も、今は無造作に肩の上に降りている。頭を下げる仕草と相まって、その姿はまるで少女のよう――には見えないが、今までとはまた違った印象を受けるのも確かだった。
「ショウってどうして髪のばしてるの?」
 ふいに、そんな疑問がまりいの口からこぼれた。
「地球の男はみんな短いのか?」
 逆に問いかけられた声に、まりいは首を横にふる。男女問わず、髪の長さは人それぞれだ。それは地球でも空都(クート)でも変わらない。現に青藍(セイラン)の髪は長いし、他の地域では短い髪の男性もたくさん見うけられた。
 だが少年の髪は長い。装飾の類のものかと思えばそうでもなく、むしろ邪魔にならないよう始終一つに束ねられている。
「なんとなく気になったの。どうして?」
「それは――」
 口を開こうとして、つぐみ、頭を左右にふる。
「どうでもいいだろ。そんなこと」
 代わりに出てきた言葉に苦笑すると、まりいは少年の黒の瞳を見つめて言った。
「前に言ったよね。『相棒なら心配かけさせるな』って。今度はその逆」
 確かに言っていた。急にいなくなって、捜しても見つからなくて。
 そして、雪色の髪の少女の協力を得て目の前の少女を捜しだしたのだ。その少女は今、肩に緋色の鳥をのせている。
「体調が悪いんだもん。仕方ないよ。それに、青藍だって『何事も体が資本だ』って言ってた。
 こんな時くらい頼りにして。相棒は相手の背中を守れてこそ一人前なんでしょ?」
 確かにそれも言っていた。
 だがそれは、あくまで少年視点からでのこと。これでは全く立つ瀬がない。
 少年の表情に、まりいが気づくことはない。リンゴをむきながら、視線をそれに向けながら。少女は言葉を紡ぐ。
「不思議だよね。ショウと出会って、ここまで来るなんて」
 それは少年にとっても同意見だった。まさか旅路の途中で目の前の少女に出会うとは。
 一人旅のはずが二人に、二人のはずが三人になり、あげくにはとんでもない事件に巻き込まれた。現在では四人だが、今となってはあの頃がなつかしく思えるのも事実で。
「シェリア、元気にしてるかな」
「今頃親子三人で仲良く暮らしてるだろ」
 『そうだよね』と返すと、まりいは笑いながら言葉を投げかける。
「前にね、シェリアに聞かれたの。『あなたの願いは何?』って」
 そして、この言葉に返せないのもまた事実だった。
「お前は答えられたのか?」
 ショウの問いに、まりいは首を横にふる。
「急に聞いてくるんだもん。答えられるわけないよ」
 苦笑して、むき終わったリンゴを丁寧に切り分けていく。その仕草をショウは再びぼんやりと見ていた。
 テーブルに置かれた果物。テーブルを囲む風景を最後に目にしたのは、いつだっただろう。姉がいて、父親と母親と四人で笑ったのは、一体いつの日のことだったのだろう。
 チチ、チ。
 まりいのかたわらでは鳥がリンゴの皮をついばんでいる。
 少女にすりよる緋色の鳥。自分にも確かにあったのだ。雪色の髪の少女につけたものと同じ名で、猫をそう呼んでいた日々が。あれは一体いつの日のことだったのだろう。
「ねえ。ショウの願いって何?」
 ふいに呼び止められ、ショウは思考を中断した。
「フロンティアを見つける」
「だと思った」
 本当にそうだろうか。言葉を返しながら、ショウは自分の発言に疑問をうかべる。
 フロンティアを見つけることに対しては何の異存もない。それを探していれば依頼も完了できるし少女の目的も果たせるのだ。
《君もうすうす気がついてるんだろう? フロンティアのからくりに》
 ならば、なぜあの声にたじろいでしまったのか。そんなことはないと即答できなかったのか。
「俺の本当の願いは……」
「え?」
 小さな声に、まりいは視線を向ける。だが返事はない。
 顔をのぞきこんでも反応はない。どうやら眠りについたようだ。
 疲れていたのだろう。とかれた髪は汗で額にはりついている。気持ちつり上がった瞳も今はまぶたの奥になりを潜め、寝顔を見る限り手だれの運び屋とは思えない。当然だ。いくら強くて賢くても少年は十四歳、子供なのだから。
「おやすみなさい」
 額の汗をぬぐった後、少女はリンゴをテーブルの上に置いた。

 そして少年は夢をみる。
 それは、子供の頃の遠い記憶。
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