SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,61  

《汝の意思、確かに受け止めた》
 氷の柱の中から声が聞こえた。
「通して……くれるの?」
《我は汝に負けたのだ。拒む理由はない》
 パリィィン。
 氷がわれ、再び鳥が姿をあらわす。先ほどのような攻撃的な気配は感じられない。
 鳥が身じろぎするたびに、氷のかけらが地に落ちる。全てを振り払うと、鳥はまりいをかえりみた。
《娘よ。心するがいい。これから先は――辛いぞ》
 いつか、陽の色の髪の少年に言われたものと同じ言葉を投げかけられ、まりいはたじろぐ。そして、その時と同じ言葉を返した。
「それでも、私はここにいたい」
 この先何があるかわからない。だがそれでもこの場所に、空都(クート)にいたかったのだ。変わりたかったから。一人になりたくなかったから。
 いらない子供になりたくなかったから。
「一つだけ教えてください」
 反論の声があがらないことを確認すると、今度はまりいが鳥に問いかける。
「あなたは私のことを知っているの?」
 実際そうとしか考えられなかった。
 意思をみせよと攻撃をしかけ、まりいにしか聞こえなかった言葉。心当たりはないが、どうみても他の人物に語りかけているようには見えなかったから。
《我も一つだけいっておこう》
 だが、まりいの問いかけをさえぎるように鳥は口を開いた。
《汝の真に追い求めているものは、汝が思っているほど薄情でも、遠くにあるものでもない》
「どういうこと?」
 まりいには、鳥の言葉の意味がわからなかった。まりいが求めているもの。それはフロンティア意外にありえないはずなのに。
 そんな少女を目を細めて見た後、鳥は翼をはためかせる。
《我らはゼファー。汝に、翼の民の祝福のあらんことを》
 大きな羽ばたきの後、鳥は姿を消した。
 後には何も残らない。氷のかけらと目前に広がる明かりのみ。
「今度は何を言ったんだ?」
 去り行く鳥の後姿を見ながら、ショウはまりいに疑問をぶつけた。
「あの鳥、ゼファーって言ってた」
 まりいのつぶやきに、少年は表情をかたくした。
 が、それはほんの少しの間のこと。表情を戻すと、まりいに先をうながすよう視線をおくる。
「汝に翼の民の祝福のあらんことを……って」
「ゼファーって、どこかで聞いたことがあるよな」
 青藍(セイラン)の発言に、まりいは大きくうなずいた。あれはどこでだったのだろう。どこかで聞いた、いや、見たような気がする。
「壁画だ」
 青年の疑問に応えたのは少年だった。
 少年の言葉に、まりいは記憶の糸を手繰り寄せる。ショウと青藍とシーツァンの洞窟で見つけた壁画。それにはまりいにしか読めない文字がかかれてあった。
『地と風と空を愛した鳥の一族。人は彼等のことを翼を持つ英雄、ゼファーと呼ぶ』
「よく覚えてたな。おれなんかすっかり忘れてたのに」
「……たまたま覚えてただけだ」
 本当にそうなのだろうか。少年の表情を見ながら、まりいは漠然と思う。
 確かにその通りなのかもしれない。だがこの表情は、前にも見たことがあった。
『しばらく保留にしといてくれ。いつか必ず話すから』
 目の前の少年の答えを、まりいはまだ聞いていない。
「道が開けたんだ。早く先に進もう」
 ショウの提案に首を横にふるものはいなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 洞窟の奥底。そこには光が広がっていた。
「結局、さっきのはなんだったんだろうな」
 一番はじめに洞窟を抜けたのは青藍(セイラン)だった。光をかきわけ、風の流れる方角へ足をのばしていく。
「貴重な体験……でしたね」
「さすがはおとぎ話。一筋縄じゃいかないってわけか」
 青年の手をとりユリが、続いてショウが外へ出る。
 だが、今回の功労者であるはずの焦げ茶色の髪の少女は何の反応もしめさなかった。
「シーナ?」
 先ほどのことで呆けているのか。声をかけようとしたその時だった。
《フロンティアを探しているの?》
「……セイ、何か聞こえた?」
「は?」
 いぶかしげな表情を見せる青年に、ショウはなんでもないと首をふる。
 今のは幻聴だったのだろうか。それとも――
《フロンティアを探しているのかと聞いているんだ》
 それは声だった。
「姉貴、何か聞こえたか?」
 同じ疑問を自分の姉にぶつけても、青年と同じ言葉が返ってくるのみ。
 どうやら聞こえているのは自分だけらしい。そう判断した少年は、思念だけで会話を試みることにした。
《その力が欲しいの?》
 欲しい。
《何のために?》
 王の命を果たすため。
《……質問を変えるよ。君の願いは?》
 フロンティアを使って妹姫の行方をつきとめる。
《それだけ? あくまでもしらをきるつもりなら、僕にも考えがある》
「どういう意味だ?」
 はじめて少年は声をあげる。だが、やはり声は当人にしか聞こえていないらしく年長者の二人は互いに顔を見あわせるのみ。
 どういう意味だ。
 なんでもないと二人に首をふって応えると、ショウは再び声に呼びかけた。
《言葉通りさ。フロンティアにはそう簡単にたどりつけないってことだよ》
 そんなことは承知の上だ。
《君もうすうす気がついてるんだろう? フロンティアのからくりに》
 声に、少年は足を止める。
《彼女と彼女の――からくりに》
「……っていうんだ」
《だから君は彼女と行動を共にしている。全てとは言わなくても、それは君の真実の一部にあたる》
「だったらどうだっていうんだ!」
 一同は驚いたように少年に注目する。だが彼にとってはそれどころではなかった。
《どうもしないよ。聞いてみただけ》
「だったらちゃんと姿を現せ。一方的なんて卑怯だろ」
《そうしたいところだけど、できないんだ》
「どこだ! 姿を見せろ!」
 虚勢をはって恐怖を振り払おうかとするようなショウのものいいに、周囲は息をのんだ。
 本来、少年がそのような態度はまずとらない。よほど悟られたくないことなのか、それとも。
《近いうちに、君の意思も確かめさせてもらうよ。彼女だけなんて不公平だろ》
 人を皮肉ったような少年の声。
 その後、声はふつりとかき消えた。
「ショウ……?」
 青藍(セイラン)の声に、ショウははじめて顔をむけた。
「なんでもない」
 絶対何かあったな。
 そんなことはおくびにも出さず。年長者二人は少年をながめやった。
「……シーナは?」
「あそこよ」
 ユリが指したのは洞窟の中。そこにはまりいと、雪色の髪の少女がいた。


「あなたは誰?」
 雪色の髪の少女にまりいは問いかけた。
「ステアはステア」
 まりいの質問に、少女は静かな笑みを浮かべる。それはまりいが見てきた中でもっとも神秘的で、もっとも歳相応で、もっともはかなげな笑みだった。
 そう言われれば、他に問いかける言葉もなく。
「あなたはだれ?」
 逆に問いかけられ、言われるがまま答えを返す。
「私はシーナ」
「ほんとうに?」
 ステアの眼差しに、まりいは言葉が見つからない。
「シーナはシーナなの?」
 私はシーナ。椎名まりい。
 だが、この名前は人に与えられたもの。
 じゃあ本当の名前は? 本当の自分は一体何なのだろう。
「ステア、ショウすき」
 それは、少女の純粋な感情。
「ステア、シーナすき」
 それは、少女のあこがれ。
「ステア、もっとたくさんのことしりたい。ステア、もっとたくさんせかいをみたい」
 それは、少女の願い。
「でも、できない」
 それは、少女の絶望。
「シーナ、いつかステアのこと、コウサのことたすけてくれる?」
 それは、少女の――希望。
 真摯な瞳を向けられ、まりいは言葉につまった。
「ステアがステアでなくなっても、ステアのことおぼえていてくれる?」
 なにを言われているのかわからない。でも少女の願いが本物だとわかっていたから。
「うん。友達だから」
「トモダチ……?」
 初めて会った時と同じように小首をかしげる少女に、まりいは言葉の意味を伝えた。
「大切な仲間のこと」
「シーナとステア、ともだち」
 一言一言、かみしめるように少女はつぶやいた後、雪色の髪の少女は花がこぼれるように笑う。
 本来ならば、これがステアの本質なのかもしれない。漠然とだが、まりいはそう思った。あどけない表情の中に、人を突き動かすものが見え隠れしている。今まで出会った人の誰とも違う女の子。自分にできることがあるのなら何かをしてあげたい。本気でそう思ったのだ。
「コウサ!」
 指笛を吹くと、緋色の鳥が少女の肩にとまる。
 だがとまったのは雪色の髪の少女ではなく、焦げ茶色の髪の少女のものだった。
 戸惑う少女と満足そうにそれを見る少女。鳥と視線を合わせると、鳥は悲しそうに一声鳴く。
「……コウサをおねがい」
 それが、ステアとの最後の会話。
 あたりを洞窟に入る前と同じ、まばゆい光が包む。
 そこにはもう、雪色の髪の少女の姿はなかった。
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