SkyHigh,FlyHigh!
Part,60
《この地に足を踏み入れたのは汝(なんじ)か》
それは声だった。
いや、声とは違う。聴覚を通して聞こえるというわけではない。頭に直接語りかけているというべきか。
《我の眠りを妨げたのは汝かと聞いている》
なぜならば、声の主が人の言葉を解することなどまずありえないのだから。
声の主は巨大な鳥。少女よりもひとまわりもふたまわりも大きなそれは、まりいを静かに見おろしている。
「わからない。だけど、そうだとしたらごめんなさい」
洞窟を荒らしたつもりはない。だが相手がそのように言うのならそうなのだろう。
深みのある青い瞳。その双眸(そうぼう)に映る自分は、まるで空の中に漂う雲のようだ。鳥に備わる二つを見つめながら、まりいは一言ずつゆっくりと言葉を重ねた。
「ここを通りたいんです。お願い。通して」
こんなに大きな鳥は見たことがない。どちらかと聞かれれば恐怖の対象になるのだろう。
だが、目の前にいる者からはその類のものは感じられない。話をすればわかってくれるはずだ――まりいはそう直感していた。
《何故だ?》
「それは……」
「シーナちゃん、誰と話してるの?」
鳥と少女の会話を止めたのは青年の一声だった。
「シーナさん。わたし達には何も聞こえないの」
まりいの疑問を打ち消すかのようにユリが言葉を返す。ユリの言葉に、まりいは自分の耳をうたがった。だったら自分は何なのだろう。この巨大な鳥と会話をしている自分は。
「ショウは……?」
すがるように少年をふりかえるも、彼は他と同じく首を横にふるのみだった。
「考えることはたくさんあるだろうけど、後回しだ。今は先に進むことだけ考えろ」
少年の言うことはもっともだった。ステアのこと、自分のこと。考えればきりがない。
だったら彼の言うようにやれることをやるしかない。
「お願い。この先に通してください」
再び鳥に願いを述べると、鳥は空の瞳を少女にむけた。
《何故(なぜ)先に進まねばならぬ》
「フロンティアを探すためです」
フロンティアを探せばショウの目的が果たせる。彼の旅についていくことで、自分の何かが変わる。そう思っているから。
《それは、どのような意味を成すの汝にはわかっているのか?》
鳥の声には何か別のものが含まれていた。まるで少女を、わが子を案じているかのような。
だが、まりいにはそんなことを気づく余裕もない。鳥は、翼をはためかせると言った。
《本来ならば、ここは人が足を踏み入れてはならぬ場所。今この場にいることでさえただならぬことだが――》
ちらと、鳥は視線をめぐらせる。そこにいるのは五人の人間と一羽の鳥。
違う。人は三人。残りは――
《条件がある。我に汝の意思をみせよ》
途端、鳥が巨大な翼をはためかせ、まりい達に襲いかかってきた。
耳をつんざぐような鳥の鳴き声。鳴き声というよりもそれは、獣の咆哮に近かった。
とっさのことに、まりいは何が起こったのかわからなかった。全てを理解したのは視界をさえぎられた時。
「何やってるんだ。怪我したいのか!?」
視界をさえぎったのは少年の背中だった。まりいをとっさに突き飛ばし、彼女に攻撃が当たらないようにしていたのだ。
「でも……」
「驚くのはわかる。でもどうみてもむこうは本気だ」
少年の言うことも、まりいは充分わかっていた。翼を武器として襲いかかってくるその姿には、攻撃をやめる気配などみじんも感じられない。
「教えてくれ。あいつは何て言った?」
「『我に汝の意思をみせよ』って」
まりいの言葉に一同は顔を見合わせた。
だがそれは一瞬のこと。互いにうなずくと、鳥に向かって身構える。
「汝の意思を見せよってことは、この場合戦えってことでしょうね」
「それ以外に考えられないよな」
ユリは拳を構え、青藍(セイラン)は刀を抜き放つ。
タタタッ。
降りかかってくる巨大な羽を、二人は己の武器を用いて振り払う。それにならい、斧を構えながらショウは問いかけた。
「決めるのはお前だ。どうする?」
栗色の髪の少年の言葉に、まりいは目を閉じる。
洞窟に導いてくれたのはステア。鳥の声を聞いたのは他ならぬ自分。その鳥が意思をみせろと言ってきたのだ。やるべきことは一つしかなかった。
「決まったみたいだな」
まりいの取り出したものを見て、少年は笑みを浮かべる。
それが意思だと言うのなら、やるしかない。
背中から取り出したのは一本の矢。
弓につがえ、鳥に向かって放つ!
だが矢が鳥に当たることはなかった。とどかなかったのではない。ましてや狙いがはずれたわけでもない。純粋に当たらなかったのだ。
「そのこ、けっかいつかってる。ふつうのこうげきはあたらない」
洞窟の入り口を開けた主が、にこやかに語りかける。
どうしてこんなことをするのか。そもそもあなたは何者なのか。
雪色の髪の少女に問いただしたいことはたくさんあったが、まりいは頭をふってそれらを打ち消した。相手の意図がくみとれない以上、かまっている暇はない。
《汝の意思はその程度のものなのか》
声と共に、翼から突風が吹き荒れる。
「あの風をどうにかしないとどうしようもないな」
「術を使える人がいればいいんですけどね」
いくら体術に優れていても、いくら剣術に優れていても近づけないのなら意味がない。
(こんな時にシェリアがいれば……!)
だが、この場にいない友人のことを思っても仕方がない。再び頭をふってそれらを打ち消すと、新しい矢をつがえる。だが結界の前には当たるはずもなく、矢はそれていくばかりだった。
やがて背中に準備していた矢もすべてなくなる。
他に武器になりそうなものはと探してみるも、出てきたのは術書と少し前にもらった短剣。二つを胸に抱えると、まりいは術書を広げた。
「光に宿りし精霊よ、我は汝の加護を求める者なり……」
いつの日か森の中で唱えたもの。普通の攻撃があたらないなら試してみるしかない。
だが、急な場面ではつたないまりいにはできるはずもなく。
「シーナちゃん後ろ!」
「!」
青藍の刀をそれた巨大な羽が、まりいの手元をかすめる。本は持ち主のはるか彼方へ転がっていった。
後にまりいに残されたのは緑色の短剣のみ。短剣はおろか、剣の扱い方などまりいは知る由もなく。だが他に手立てとなるものもなく。
「シーナ!」
鳥が目前にせまる。
「…………っ!」
無我夢中で、まりいは短剣をかざす。
突然の突風。
目を開けるとそこにあったものは。
「緑の――女の子?」
そうとしか表現できないものは、宙に浮いていた。
服も、髪も、瞳も。肌までもが緑に覆われた少女。まりいと同じくらいの容姿に見えるそれは、彼女をじっと見つめている。
「あ、あの……」
《我を呼び覚ましたのは汝か》
少し前と全く変わらぬ問いを緑の少女は投げかける。
彼女とは初対面だったが、彼女と近しいものに出会ったことがあった。あれはそう、ミルドラッドにたどりつく少し前。まりいが会ったのは、全てが青の優しい笑みを浮かべた女性。その人は水の精霊と呼ばれていた。
「あなたはアムトリーテの知り合い?」
まりいが問うと、少女は首肯の意をしめした。
《無論だ。我は風の精霊なのだから》
短剣を介して突如現れた風の精霊。目の前には意思を示せと攻撃する巨大な鳥。二つを目前にして、やることは限られていた。
「おねがい。力をかして」
《了解した》
一つうなずくと少女は姿を消す。
再び姿を現した時、緑色の少女は――それは、まりいの手の中にあった。
《我を使うがいい》
形をなした少女がまりいに呼びかける。
まりいの手の中にあるのは緑色の弓。まりいがそれまで引いていたものではない。緑色の少女がそのまま具現化したものだ。
『これはステアの意思』
以前、雪色の髪の少女はそう言って歌を口ずさんでいた。
意思の、想いの形は人それぞれだ。だったら今は、求められている意思を示すしかない。
右手の先に、淡い緑色の光が灯る。
「これが私の意志……っ!」
まりいは矢を鳥に向かって放った。
ブワッ。
風の精霊が姿を現した時以上の風と光が場を包む。
辺りが静寂に包まれる。鳥の羽ばたきも、仲間の声すら聞こえない。
「お前……一体何をしたんだ?」
しばらくして少年がつぶやいた。
「矢を放っただけ……」
「普通の矢ならあんなふうにはならないわね」
ユリの言葉に、まりいは視線をこらす。
視線の先にあったのは巨大な氷の柱。鳥はその中にいた。
「あの人に礼を言わないといけないよな」
苦笑した少年に、まりいはなんと言っていいのかわからず。うなずくことで精一杯だった。
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