SkyHigh,FlyHigh!
Part,57
(私って嫌な子だ)
膝を抱え、まりいは一人自責の念にあけくれる。
『自分の気持ちを間違えないでね』
まりいの胸の中には、ユリの言葉がずっと残っていた。
青藍(セイラン)のことが完全にふっきれたと聞かれれば嘘になるかもしれない。だが少なくとも、ユリに対する不快な感情はなくなった。自分の気持ちを堂々と口にすることができる人なのだ。そのように思えるはずがない。
ならば、今胸の中にある感情は何なのか。
(考えすぎなのかな)
ショウとステアが一緒にいた。ただそれだけのことなのに。
二人に食べてもらうはずだったリンゴ。結局渡せぬまま、ここまで持ってきてしまった。
少年が女の子と一緒にいたのはこれが初めてのことではない。シェリアと一緒のことだってあったし、その時は何とも思わなかった。なのに、何故こんな気持ちになるのだろう。
何度も経験した、苦い想い。それは――
チチ、チ。
鳥のさえずりに顔を上げる。そこには緋色の鳥がいた。
「あなたも一人なの?」
声をかけて、まりいは慌てて口を押さえる。ばかみたい。話しかけても仕方ないのに。
だが鳥は、少女の言葉がわかったかのようにまりいの元へ近づく。そんな仕草に笑みをもらすと、まりいは鳥に語りかける。
「ご主人様とられちゃったね」
鳥は――コウサは、ぱたぱたと羽を広げ、まりいの肩にとまる。その様子に視線をくれた後、まりいは言葉を続けた。
「ステアとショウってお似合いだよね」
音を奏でる二人は話しかけるすきがないほど絵になっていて。一緒に旅をしてきた自分の方が、とても小さなものに思えて。
もし初めに出会ったのがステアだったら、ショウはどんな旅をしていたのだろう。
もし後から出会ったのが私だったら、少年は彼女をどのように語るのだろう。
「……チ?」
急に押し黙ったまりいに、コウサは小首をかしげる。
『あなたでもやきもちやくことってあるのね』
「うん。私、嫉妬してる」
ユリの言葉に、まりいは素直に自分の気持ちを認める。
ステアに慣れているからだろうか。手をのばしても鳥は飛び立とうとしない。むしろそれをまっていたかのように、まりいにすりよってくる。鳥を軽く撫でると、まりいは静かにつぶやいた。
「友達をとられちゃったから。……一人になるのが怖いから。
友達をとられちゃうから嫉妬するって、嫌な子だよね」
力なく笑うと、まりいは再び膝を抱える。
一人になるのが怖くて他の女の子に嫉妬してしまうなんて。私はいつからそんなに嫌な子になったんだろう。
考えれば考えていくほど後悔の海に沈んでいくまりいに、鳥はなす術もない。
「何やってるんだよ」
声をかけられたのはそんな時だった。
「……え?」
「お前が持ってきたんだろ。食べないのか?」
差し出されたのは二つのリンゴ。姉の時と違い、一つはある程度皮がむけているものではあったが。
リンゴを差し出したのは、栗色の髪の姉弟の弟の方だった。
「お前、思ったより不器用だよな」
リンゴを片手でもてあそびながら、少年は苦笑する。視線の先には先ほどまりいがむいていたリンゴのなれの果てがあった。
「ショウはできるの?」
「お前よりは」
彼にしては皮肉げな物言いにむっとするも、まりいはまじまじと彼の顔を見た。
いつもと変わらない、気持ちつり上がった黒い瞳。男性にしては長い栗色の髪は、首の後ろで一つに束ねてある。
出会った時から変わらない。あの時と同じ少年の姿がそこにはあった。
「そいつ、お前のところにいたんだな」
緋色の鳥を見ながらショウが言う。視線を向けられた鳥は我関せずといったふうに体をまりいにすりよせる。
「すいぶん懐かれたな」
「ショウはステアになつかれてるよね」
間にして数秒。二人の間を冷たい空気が流れる。それは、二人が旅をしてきた中でもっとも冷たくもっとも重いものだった。
沈黙に耐えかねたのだろうか。首を左右にかたむけると、コウサは翼を羽ばたかせた。
「追わなくていいの?」
「勝手に飼い主のところにもどってくだろ」
「じゃあ、ショウはステアのところにはもどらないの?」
「どういう意味だ」
まりいの問いかけに、少年は眉をよせる。
「べつに。なんでもない」
本当になんでもないのならそんな表情をするな。
とはさすがに言えず。
「ほら」
リンゴと一緒にショウはあるものを差し出した。虚をつかれたのか、差し出されたまりいはリンゴとそれを交互に見つめる。少年が差し出したものは緑色の短剣だった。
「預かりもの。お前がよく知ってる人」
そう言われても、まりいがわかるはずがなく。
「リザ・ルシオーラ」
「ルシオーラさん!?」
久しぶりに聞く第三者の名前に、まりいは思わず大きな声をあげてしまった。
「あの人、一体何者なんだろう」
ショウから受け取ったものを見ながら、まりいはつぶやく。
隅から隅までが緑色。それ以外はとりたてて特徴のないシンプルなそれは、少女の手の中にすっぽりとおさまった。
「これって他のものと違うの?」
「見た目は店に売ってあるものと変わらない」
少年の言うように、武器はこれまで店の中で見たものと大して変化はなかった。全体的に緑がかっている。ただそれだけ。他に特徴らしきものはなんら見受けられない。
「貸して」
少年からリンゴを受け取ると、まりいは短剣を使って包丁よろしくリンゴをむきはじめる。
「お前、それ……」
「いいの」
ショウの静止もよそに、まりいはリンゴをむき続ける。
「ステアだったらよかったね」
果物に視線をやったまま、まりいはつぶやく。
「は?」
「だってステアは本当の記憶喪失なんでしょ? はじめに会ったのが私じゃなくて、ステアだったら……」
「本気で言ってるのか」
普段よりも怒気を含めた声に、まりいは顔を向ける。そこには眉をつり上げた少年の姿があった。
少年の言葉の意図することは、まりいもわかっていた。
ステアは何もわからないと言った。生まれのことも両親のことも。わかっているのはコウサという鳥のことだけ。まりい自身、覚えてもいない両親のことを言われるのは辛かったのだ。たとえ冗談でも、そんなこと口にするようなことではない。
「ごめんなさい」
「俺に謝ってもしかたないだろ」
そう応じたショウも、まりいを見ようとはしなかった。
「お前、最近変だぞ」
「うん。私、変だ」
ショウの指摘に、まりいは素直に首肯した。
「私、嫌な子だもん。ショウが怒って当然だよね」
なぜそんなことを言うのか。
「私、嫌な子だもん。ステアがショウのこと好きになって当然だよね」
一体どこをどうやったらそんな発想になるんだ。
寂しそうな笑顔の前には声を荒げることもできず。嘆息すると、ショウは代わりになる言葉をさがした。
「ステアの言ってることは何か違うような気がする」
ショウの独白に、まりいは呆けたような眼差しをむけた。
「……そうなの?」
「そうだろ」
雪色の髪の少女は、まるで知っていたかのように少年を焦げ茶色の髪の少女の元に導き、雪色の髪の少女は、まるで幼子に語りかけるかのように少年に『好き』という言葉の意味を教えてくれた。
その少女が好きだと言ったコウサ。彼女が言っていることに間違いはないのだが、正しくもない。もしくは別の意味が含まれている――少年はそう感じていた。
「ステアの力になれるのは、俺よりもお前の方なんじゃないのか?
シェリアの時だってちゃんとやれてたんだ。できないはずないだろ」
「うん……」
その後、二人押し黙ったまま時間が流れる。
もう一度、まりいは少年の横顔を眺めた。
自分とは何もかも違う。瞳も、髪も、性別も。目の前の少年に、自分は何度助けられてきたのだろう。
「私達」
「俺達」
ふいに言葉がもれる。
「相棒……だよね?」
「相棒……だよな?」
その後、紡がれた言葉も同じものだった。
「相棒だったら」
先に口を開いたのはまりいの方だった。
「背中を守れるようにならないといけないんだよね。相手をちゃんと理解しないといけないんだよね?」
「それは……」
「違うの?」
「違……わない」
まりいの勢いに、ショウはたじろぎながらもうなずいた。
「じゃあ頑張ってみる」
「……そうだな」
相棒だから、相手のことが気になるのだ。
相棒だから、ささいなことで怒ったり嬉しくなったりするのだ。そうあり続けるためには、お互い強くなるしかない。
二人はそう思うことにした。
旅をする上での大切な仲間。時には背中をあずけ、時には体を盾にして守る。それ以上でもそれ以下でもない関係。
少なくとも今は、これでいい。
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