SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,52  

「ショウ……?」
 自分の名を呼ぶ少女に、栗色の髪の少年は息をのんだ。
 そこにいたのは焦げ茶色の髪の少女。肩には緋色の鳥がとまっている。
 どこか頼りなさげな、でも最近は別の色も灯すようになった、明るい茶色の瞳。少女の名は椎名まりい。少年がシーナと呼ぶ少女だった。
「どうしてここに?」
 それはこっちのセリフだ。
 そう言いたいのを、ショウは喉元まででとどめる。
「お前はなんで……っ」
 それ以上は言わなかった。
 言えなかったのだ。たくさんの感情があふれ出て、言葉がみつからなかったから。
 無言のまま時は流れる。
 チチ、チ。
 まりいの肩にとまっていた鳥が身じろぎする。その後、鳥は飛びたってしまった。
「まってコウサ!」
 鳥の羽ばたきと共に、白みがかった灰色の髪を持つ少女は姿を消す。そんな一人と一羽をよそに、まりいは小首をかしげた。
「今の女の子は?」
「あいつがここに連れてきてくれた」
 違う。言うべきことはそんなことじゃない。
 頭でわかってはいても、口から出てくるのはとりとめのない会話ばかり。
「どういうこと?」
「だから。俺が道の途中で倒れているのを見つけたんだ」
 話がそれていることもわかっている。それでも少年は他の言葉を探すことができなかった。
「倒れていた?」
「だから――」
「心配したんだよ」
 このままではらちがあかない。
 どこまでも天然で不器用な少年に、青年は助け舟を出した。
「青藍(セイラン)? どうしてここに」
「ショウが教えてくれたんだ。『俺のせいだ』ってずいぶん心配してたから。あの時の顔、シーナちゃんにも見せたかったなぁ」
「セイ兄!」
 赤い顔をして怒鳴る弟分をたしなめつつ、青藍はまりいの反応を確かめる。だが残念なことに、少女も少年に負けず劣らず異性の好意には鈍かった。
「ごめんなさい。また青藍に心配かけて」
 しかも謝る相手が違う。苦笑すると、青年は普段、弟分にやっていたように少女の頭を撫でる。
 どうやらこの二人の道のりはまだまだ長そうだ。
 視線をユリに送ると彼女も同様の視線を返す。
「わたし達はあの子を捜してくるわ。シーナさん、弟をお願いね」
 年少組二人を残し年長組の二人はその場を後にした。

 急に目の前にあらわれて。
 泣き出したかと思えば、常識では考えつかないとんでもないことをしでかして。
 かと思えば顔を赤くしたり怒ったり、また泣き出したり。
 ようやく落ち着いたかと思えば、今度は目の前から消えてしまった。

「心配……したの?」
 まりいの疑問にショウは真面目な顔をした。
 はじめは何を言おうかと戸惑っていた。
 遠くまで捜しにいったことや変な男と出会ったこと。
「急にいなくなったら捜すのが普通だろ」
 でも実際に顔をあわせてみれば、むこうは憎らしいほどいつもと変わりなくて。
 何気ないふりをよそおい声をかけるのが精一杯だった。
 ……何気ないふり?
 自分の言動に少年は戸惑いをおぼえる。
 どうして目の前の少女にこんなにも振りまわされなければならないのか。
『シーナちゃんはお前にとって何だ?』
 何度となく訊かれた少女に対する問いかけ。そんなこと決まっている。
 目の前にあるのは、いなくなった時と全く変わらない明るい茶色の瞳。
「相棒なら心配かけさせるな」
 何度使ったかわからない言葉を口にすると、ショウはまりいの肩に額をあてた。

 相棒。
 その言葉の響きに、まりいは不思議な印象を受けた。
 レイノアを離れるときに泣き言は言わないと目の前の少年に言った。少年と出会って色々な場所を旅して。助けられたり、はげましてもらったり。
 ――だが。
「……シーナ?」
 そういうものなのだろうか。 
 まりいはふと考える。確かに連れが急にいなくなれば心配もするだろう。だがそれだけで、こんな表情をするのだろうか。
 こんな、文字通り切羽つまったような表情、獣との戦いでも見せなかったはずなのに。
「相棒だから心配したの?」
「相棒だから」
 まりいの声にショウは首肯の意をあらわす。
「今度からはいなくなる前にちゃんと言え。そうじゃないとどうしようもない」
「それも、相棒だから?」
「そうだ」
 やはりそういうものなのだろうか。
「じゃあ、ショウがいなくなる時もちゃんと言ってくれるの?」
「そうだ」
 もしこの場に二人の会話を耳にする人物がいたら、それは違うと即座に否定しただろう。だが幸か不幸か、この場には二人しかいなかった。
「相棒は相手の背中を守れてこそ一人前なんだ。守る相手がいなかったらどうしようもないだろ」
 彼の言葉も間違ってはいないが正しくもない。だがそれを指摘する者も誰もいない。
 よくわからないが、冒険者としては先輩の彼が言っているのだ。間違いはないだろう。一人そう理解すると、まりいはショウに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。心配かけて」
 故意にではなかったにしろ少年の元からいなくなってしまったのは事実だ。
「今度からは迷惑かけないようにする。だから、ショウもちゃんと言ってね」
 だから、まりいは言う。
「私もショウの力になりたい。私もちゃんとショウの背中を守れるようになるから」
 迷惑をかけるだけの存在は嫌だから。
「だってそれが相棒なんでしょ?」
「……そうなのか?」
「そうなの!」
 ショウの問いかけに今度はまりいが首肯の意をあらわす。ショウの答えと同様、まりいの答えもまた、正しくもあり間違いでもあった。
「だから私、強くなる」
 いらない子供になりたくないから。
 相棒と呼ばれる人の力になりたいから。

 そんなまりいの姿にショウは目をすがめた。
 どうして迷惑をかけられた相手にそんなことを言わなければならないのか。
 どうして迷惑をかけられた相手にそんな勝ちほこった表情をされなければならないのか。
 考えればきりがない。だけど。
 一つ息を吸うと、ショウはまりいに向かって声をあげる。
「勝手にしろ!」
「勝手にする!」
 空都の空の下、少年少女の声がこだました。
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