SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,51  

 もしかしたら俺は女運が悪いのかもしれない。
 ぼんやりと。ただぼんやりと。
 目の前の光景を目の当たりにして、ショウはそんなことを考えていた。
「…………」
 それはいつかの光景と同じだった。
 草原に横たわるのは一人の少女。まるで昼寝でもしているかのように時々寝返りをうっている。いつかと違うのは、少女が彼女より小柄だったことと髪の色だろうか。
 肩より少し上の長さに切りそろえられた髪。まぶたが閉ざされているため瞳の色はわからない。
 天をあおいだ後、ショウは額に手をあてた。
 ただでさえ切羽つまっているというのに、どうして難題がふりかかるのだろう。俺は何かに憑かれているのだろうか。
 現実逃避をすればどうにかなると思えるほど少年は空想家でもなく、また少女を置き去りにしておけるほど、彼は人でなしでもなかった。
「おい、起きろ」
 手をもどすと、いつかと同じようにショウは少女に声をかけた。
「…………?」
「やっと気がついたか」
 いつかと同じようにショウは安堵の息をつこうとして――逆に息をのむ。
 開けられた少女の瞳。それは。
「あなた、だぁれ?」
「……空」
 呆然とつぶやいて、ショウは首をふった。
 バカらしい。何を神経質になっているんだろう。
 きっとフォンヤンの一件で気が動転していたのだ。少年はそう思うことにした。
「こんなところで寝ていたらどうなっても知らないぞ」 
 改めて少女の姿を目に焼きつける。
 白みがかった灰色の髪に夜空を思わせる藍色の瞳。空都(クート)では珍しくはあるが、まったくありえないという容姿ではない。
「誰かと待ち合わせでもしていたのか? だったら別の場所にした方がいい」
「あなた、だれ?」
「昼はよくても夜になると獣が出る。このままだとどうなっても知らない――」
「あなた、だれ?」
「…………」
 なんなんだこいつは。危険極まりない場所で眠っているかと思えば子供のように同じことを何度も聞いてくる。
 全く成り立たない会話にため息をつくと、ショウは自分から名乗りをあげることにした。
「俺はショウ・アステム。アンタは?」
「しらない」
「知らないわけないだろ。アンタの名前は何だって聞いてる――」
 再び同じことを問いかけようとして、少年は思いとどまる。
 前にも同じようなことがなかったか。記憶喪失なんてそうそうありえることじゃないのに。
「なまえ、しらない」
 少女はそう言って、無邪気な顔で笑った。

「お前、天然じゃなくて、天然タラシだったんだなー」
 開口一番そう言われ、ショウは青年をにらみつけた。
「どういう意味だ」
「言葉どおり。自覚がないぶん、よけい救いようがないよな」
 青藍(セイラン)の言葉に釈然としないものを感じるも、なぜか言い返すことができないのはなぜか。迷ったあげく、ショウは反論を一言だけにとどめることにした。
「あんな場所に一人でいて見捨てるのも人が悪すぎる」
 少年が言っていることにも一理ある。町の中ならいざ知らず、街道に少女が一人いれば何がおこるかわかったものではない。幸いにも、ここにいたのは少年をよく知る二人だったのでショウはそれ以上余計な詮索をされることはなかった。
「その……どう呼べばいいのかしら?」
 となれば、少女から事情を聞くしかない。
 灰色の髪の少女に視線を合わると、ユリは言葉をかけた。
「なまえあるよ。ステア」
「ステア?」
「ショウがつけてくれた。ステア、このなまえすき」
 欲しいものを買ってもらえた時の子供のような無邪気な笑顔。少女を見た後、ユリは弟の方をかえりみる。弟を見る姉の視線には、なぜか剣呑(けんのん)なものが含まれていた。
「……ステアって、小さい頃家で飼っていた猫の名前よね」
 姉の言葉に、弟は視線を宙にさ迷わせる。助け舟を得ようと兄貴分の方を見るも、彼も姉同様の視線を少年におくっていた。
「名前がないと色々不便だろ。試しに呼んでみたら気に入ったみたいで……」
 なぜか小声になって話すショウを見て、青藍とユリは大きなため息をつく。
 天は人に二物を与えない。
 青藍とユリの思考は見事に一致していた。
「じゃあ、あなたはどこから来たの?」
 ユリの問いに灰色の髪の少女は――ステアは小首をかしげる。まるで何を聞かれているのかわからないかのような、そんな表情。そして、ステアはそのままの答えを返した。
「わからない」
「わかならい?」
 ユリの言葉に彼女はうなずく。
「君の親は? 知り合いは心配してないか?」
 青藍の問いかけにも、ステアは呆けた顔をしていた。
「ステアはステア。ステアにはコウサしかいない」
 相変わらずつじつまの合わない会話に青藍とユリは顔を見合わせる。
 言っていることがちぐはぐで、ものごとのとらえようがない。そもそも、そのコウサとは誰なのか。
 背格好だけならば、ここにいない少女と同じくらいであろうに、その言動が彼女の雰囲気を一まわりも二まわりも幼いものにさせていた。
「ショウはだれをさがしてるの?」
「!?」
 そんな少女に予期せぬ言葉をかけられ、ショウは声の主をまじまじと見た。
「なんで……」
 どうして知っているのか。
 そう問いかけようとするも、少年にはできなかった。
「そのひとにあいたいって、ショウのめがいってる。
 ステアもコウサさがしてる。ショウのさがしてるひと、コウサとおなじところにいる」
 たどたどしい言葉。でもショウは彼女の言葉を聞き逃すことができなかった。
「ステア、ショウのやくにたつ。だからつれていって」


「ショウのさがしているひと、どんなひと?」
 馬車の中で、少年はそんな声をかけられた。
「シーナのことか?」
 御者席には青藍とユリが座っている。することもなく、暇をもてあましていたショウは情報収集もかねてアナスタシアと会話をしていた。
「ショウのすきなひと、シーナっていうの?」
「…………は?」
 馬車の中で、ショウはそんな声をあげた。
 それは、そんなひと時に起こった出来事だった。もし彼を知る者が彼を見たら、きっと噴出したに違いない。それくらい、この時の少年の顔は間が抜けていた。
「ステア、コウサのことすき。ショウもシーナのことすきなんでしょ?」
 ステアの爆弾発言に、ショウは言葉を失う。
 ――誰が誰を好きなんだ?
 仮にそうだとして、だったらどうだっていうんだ。
 そもそも『好き』ってどういう意味なんだよ。そんなの誰も教えてくれなかったぞ?
 そんな独白が胸中で繰り広げられているなど知るはずもなく。少年の目の前で、ステアはにこにこと笑っていた。
「ちがうの?」
「それは……」
 違うのか?
 確かに嫌ってはいない。だからといって、即好きだという感情にはつながらないだろう。
 だから、好きってなんなんだよ! どうして俺がそんなことで悩まなきゃならないんだ!!
(すごいな。あの子)
(何気ないようで、ちゃんと的を射てますね)
 御車席でささやきあっている年長者二人組の言葉をあえて無視し、咳払いをするとショウはステアを見る。
「とにかく。そういうのとは違う」
 『そういうの』がどんなことを指すのかは不明だったが、少年は少女の藍色の瞳を見るとゆっくりとかみしめるように言った。
「じゃあ、シーナってどんなひと?」
「シーナは……」
 どうしてこんなことばかり聞かれるのだろう。
 ショウは胸中で深々とため息をついた。だが聞かれている以上答えるのが礼儀なのだろう。
 あらためて、ここにはいない焦げ茶色の髪の少女のことを考える。
 頼りなさそうでよく泣いて、時にはとんでもないことをして。でも放っておけない奴。
「相棒だ」
 幾度となく繰り返してきた言葉を唇にのせると、ステアは小首をかしげた。
「あいぼう?」
「相棒。一緒に旅をしてきたんだ」
「やっぱりステアとおなじ。コウサといっしょだもん」
 それ以上は何と言っていいのかわからず、少年は外に視線をやった。
 外にあったのは見慣れた風景。だがこの光景を焦げ茶色の髪の少女はいつもせわしなく見つめていた。まるで映るもの全てを目に焼き付けておこうとするかのように。
 今考えると必死だったような気がする。
 だがその少女はここにはいない。
「コウサってどんなやつなんだ?」
 灰色の少女に問うと、ステアは目を輝かせて言った。
「あたたかい。いっしょにいるとおちつく。ショウといっしょ」
「それは違うだろ」
「ちがわない。
 コウサ、ステアをとめてくれるひと。ステアをステアでいさせてくれるひと」
 相変わらずの言葉にショウは眉をよせた。だが眉をよせたところで言葉の意図が理解できるわけでもなく。
 やっぱり俺は女運が悪い。
 いや、それ以前に女というものがわからない。姉の姿は何度も目にしているが、いい思い出はあまりなかったような気がする。
 正直なところ、青藍(セイラン)がなぜ姉とそんな仲になったかはわからなかった。だが二人がショウにとって大切な人だということには変わりはなく、二人が一緒にいたいというのならそれでいいのだろうと漠然と思っていたのだ。 
「とめて!」
 ふいに、少女の鋭い言葉によって馬車は足をとめる。
「どうしたの?」
 ユリの言葉にも耳をかそうとせず、ステアは馬車の荷台に手をかける。
 それから先の行動は早かった。馬車から飛び降りると、今までの言動が嘘であるかのようにかけていく。
「コウサ!」
 そこには二人の捜しもとめていたものがあった。
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