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  Part,49  

 リネドラルドは以前にもまして活気づいていた。
 大勢の人。通りを歩く子供連れや、声たからかに品を売りつけようとする商人。そんな通りの中をショウは力なく歩いていた。
「さすがに直談判はまずかったか」
「騎士団長や一国の王と直接対面できるってのもすごいけどな」
 ショウの隣で青藍(セイラン)が苦笑する。
「どんなにすごくても、結局ダメなら意味がないだろ」
「確かにな」
 青年と会話を交わす中、少年は少し前のことを思い出していた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「シーナとは、そなたが一緒に旅をしていた少女のことか?」
 急な会合ではあったものの、王と謁見するのに時間はさほどかからなかった。
 青藍とユリに協力を求めた後、一行は再びカザルシアを逆戻りしていた。もしかしたら今までたどってきた道で消息がつかめるかもしれないと思ってのことだった。だが焦げ茶色の髪の少女の行方はいっこうにわからず、とうとうリネドラルドまで道をたどることになってしまった。
 王と王妃に一連の事情を話した後、ショウは改めて二人の顔を見る。
「急にいなくなってしまったんです。もしかしたらこちらに戻ってきているかもと思い、無礼を承知でお二方に謁見にあがりました」
 二人の表情はかたい。当然だ。前回のシェリアの時とは違い、今回いなくなったのは王家とは何のかかわりもない少女なのだから。王族に、ほぼ初対面の少女の行方を尋ねることが無謀にもほどがあったのだ。
 ――いや、違う。
 少女は全く無関係ではない。自分にも、おそらく目の前の二人にとっても。
 唇をしめらせると、少年は口を開く。
「これは私の憶測に過ぎませんが――」
「少女が姪に、ひいてはアルテシアに似ているということか?」
 口を完全に開ききる前に答えようとしていた言葉をかけられ、ショウは言葉を失った。

 初代カザルシア王には三人の子供がいた。
 長男イグリスト、次男ラシーデ、長女アルテシア。三人は文武に長け、王に、カザルシアの繁栄に多大な功績を残したという。
 以後、王家の子孫には第一子にはイグリスト、二子にはラシーデというように順番に初代の子供達の名が与えられるようになった。
 例えば、現ミルドラッド公の妃――シェリアの母親は元を正せば先代のカザルシア王の第二子である。ミルドラッドに嫁ぐ際に名を受け継いでおり、故にその娘であるシェリアもそれをうけ、シェリア・ラシーデ・ミルドラッドという名を名のっている。
 もちろん王の子孫にもそれとは別に本来の名――誠名(まことな)があるのだが、身内や親しい者にしか呼ばれることはまずないため、王家に遣える者も王子や王女の存在は知っていても誠名を知る者は少ない。
 現在のカザルシア王は先代のカザルシア王の長女、第一子の夫――早い話が婿養子になる。先代の王はすでに他界し、今では彼がそのまま王位を引き継ぐこととなった。
 現在、先代の王の第三子は行方不明。
『我が后(きさき)の妹の行方を捜してほしいのだ』
 つまり、ショウが依頼を受けた妹姫の名こそ、アルテシアということになる。
 アルテシアとシェリアは面差しがよく似ていた。そのため王と后は姪をことのほか可愛がっていた。その姪が護衛にと連れてきた記憶喪失の少女。容姿が似通っていたのはただの偶然だろうか。
「私が気づかなかったとでも思うか?」
 ショウに対して、王はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「似ているというだけでは確証がないからな。それに、お前が着いているから大丈夫だと思っていたんだ。
 だが残念だがここには少女の知らせはない」
「……申しわけありません」
 王の言葉にショウは力なく頭をたれた。
 そもそも一国の王に一介の娘でしかない少女のことを聞いたのがいけなかったのだ。王とて暇ではないのだから。
「時間をわずらわせてしまい、申しわけありませんでした。引き続きフロンティアと妹姫の捜索にうつらせていただきます」
「ショウ」
 踵を返そうとした少年を王が引き止める。
「私は少女の面差しがアルテシアに似ているとは言ったが、彼女に連なる者だとも、そうでないとも言っていない。それにこれは后のみた夢に似ていないか?」
 それはショウも考えていた。数ヶ月前に同じ場所で聞いた后の夢。妹姫――アルテシアと一緒にいた男性と小さな女の子。それから導きだされる答えは一つ。
 確かにそのように考えればつじつまが合わないこともない。だが、それではあまりにもできすぎではないのか。
「仮に、もしそうだったらどうするのですか?」
 感情を抑えた声でショウは尋ねた。
「あの子にできなかったことをしてあげたい。もう一人の友人のためにもな」
『私も婿養子だったからな。あの頃はうかつに手が出せなかったんだ』と寂しげに、だがいたずらっぽい笑みを浮かべる一国の王に、ショウは何と答えればいいのかわからず口をつぐんだ。
「そうでなかったとしても、お前の変化を見れて嬉しいよ。お前もそういう年頃になったんだな」
 なぜか兄貴分と似たようなことを言われ、ショウは顔をしかめる。もっとも、王の方は『もうそろそろお前も知っておくべきだぞ。男たるものこれからは――』と口を開いたところで后にたしなめられていたが。
 こういうところは王家でも一市民と変わらないのか。二人は俺に何を期待しているんだ?
 ふと先日の姉と兄貴分のやりとりを思い出し、ショウは慌てて頭をふる。
「一つだけ教えてください。妹姫の、アルテシア様の本当の名を」
 やはり感情を抑えた声で問いかけると、今度は王妃が厳かに答えた。
「わたくしの名はイグリスト。
 ルイゼ・イグリスト。そして妹の名は――」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ショウ」
 自分を呼ぶ声に少年は足をとめる。そこには気持ち眉をつり上げた青年の顔があった。
「他をあたってくるからお前は宿で休んでろ」
「でも――」
「いいから休め」
 有無を言わせぬ口調にショウは息をのむ。
「基本的にお前は真面目すぎるんだよ。ここはお兄ちゃんに任せてちっとは休んどけ。後で倒れても知らない……ん?」
「悪い。昔みたいだと思って」
 青藍(セイラン)が首をかしげると、ショウは笑った。青藍がショウにやったこと。それは普段ショウがまりいにしていることにも似ている。
「ありがとう。セイ兄」
 笑みをおさめて礼を言うと、青年はショウの頭を軽く小突いて去っていった。
 とは言われても何もすることがない。しかし、ああ言われた以上寄り道するわけにもいかない。
 もしかしたら俺は焦っているのだろうか。
 宿への帰路につきながら、少年はぼんやりそう思う。
「お兄さん」
 ……そうかもしれない。フロンティアの後はたどっているはずなのに未だにその存在がつかめていないのだから。
「もしもーし」
 あげくに少女までいなくなってしまったのだ。焦らないはずがない。
「少年、呼んでるんですけど」
 少女がいなくなったのはこれで二回目だ。しかも間接的にだが原因は自分にある。
 もしかしたらと今までたどってきた道を逆戻りしてみても、これではただの道草だ。
「そこの少年。いい加減気づいてくれませんか?」
「……?」
 四度目の声に振り返ると、そこにはフードを目深にかぶった男がいた。
「あなた、実は紙一重ですね」
 あまりな物言いに、少年は眉間にしわをよせる。
 中肉中背。年の頃なら二十歳前後だろうか。真っ赤な服に緑のフードつきマント。体には不釣合いなほどに大きな水色の袋を背負っている。
 普通なら目立ちそうな容貌だが、不思議なことに誰もそれをとがめようとしない。むしろ、周りにはそれが見えていないような――
「あんたは……」
 妙な違和感を感じ、ショウは男をまじまじと見つめた。
 前に、まりいが言っていなかったか。このような容姿の男に金を巻き上げられたと。その男の名は確か。
「リザ・ルシオーラ」
 少女から聞いた名前をショウはつぶやいた。
「おや。あなたとは初対面だと思いましたが?」
「連れから聞いていた。あんたのこと」
 そう言うと男は無言で目を細める。
「絶対騙されたんだって、あいつ友達に怒られてた。
 悪いけどアンタにかまってる暇はない。シーナは今――」
「彼女は今、ゼファーの元にいる」
 男の――ルシオーラの言葉に、少年は自分の耳をうたがった。
「壁画を見たんだろう? だから君は戸惑っている。彼女が何者なのか」
 ルシオーラの言葉にショウは絶句する。
「だから君は戸惑っている。彼女は君の追い求めるものに、あまりにも繋がりすぎているから」
 確かに戸惑っていた。少女の素性にも、自分の進路にも。
 だがそれは誰にも口にしていなかった秘め事。ならば目の前の男は一体何者なのか。
「アンタは一体――」
「通りすがりの商人です」
 ショウの疑惑の声にも、ルシオーラは静かな笑みをたたえるのみ。
「悩むのは若者の特権ですが、時には何も考えず初心にもどることも必要ですよ」
 それは表情と同じ、静かな声。
 フードからのぞく紫の瞳は、まるで水晶のようだった。
 大きな力によって押しつぶされているわけではない。なのに、なぜ体を動かすことができないのだろう。どうして声をあげることができないのか。
 ふと足元に軽い衝撃を受ける。
「君と彼女にお土産」
 そこにあったのは緑色の武器だった。
 小ぶりの短剣。柄に模様が彫られている。
「全ての鍵はフロンティアにある。そこに君と彼女の答えがあるはずだ」
 足元に落ちたものを拾い、顔を上げる。
 そこにはもう男の姿はなかった。
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