SkyHigh,FlyHigh!

BACK | NEXT | TOP

  Part,38  

 早く眠りについたからだろうか。三人の中で一番初めに目を覚ましたのはまりいだった。
 体の疲れは全くない。これから旅を続けられそうだ。
「おはよう。昨日は眠れたかい?」
「はい。どうもありがとうございました」
 宿を提供してくれた主に頭を下げ、まりいは首をかしげた。
「あの――」
「セイ、その格好――」
 まりいよりも早く質問を口にしたのは一番最後に起きた少年だった。
 それは昨日とは違ういでたちだった。ゆったりとした格好ではなく、ズボンにシャツと肩にはおっている着物を除けばショウに近い服装だった。
「さすがにあの格好のままじゃ旅ができないからな」
「青藍(セイラン)さんも来るんですか?」
「おれがいたら不満?」
「そんなことないです!」
 眉間にしわを寄せる青藍に、まりいは慌てて首をふった。
「いーよいーよ。そんなにかしこまらなくて。実際おれも暇してたんだ。大丈夫。ちゃんと役にはたつからさ」
 嬉々として言う青年に、二人は顔を見合わせる。
「……どうする?」
「私が決めるの?」
 ショウの視線にまりいは目をしばたかせた。
「一人で旅をしているわけじゃないんだ。だったらお前の意見も聞くのが筋だ」
 ショウの言葉に、まりいは口をつぐんだ。探検家として常識的な意見を述べているだけにすぎないのかもしれない。それでも彼がそう言ってくれたことは嬉しい。
「こちらこそお願いします」
 彼はショウの知りあい、しかもユリも推薦していた人なのだ。反対する理由がどこにあるだろう。それを聞くと青年は満面の笑みを浮かべた。
「よろしくね。シーナちゃん。二人とも大船に乗ったつもりでいろよ!」
 こうして二人に新たな連れができた。
 ――のだが。
「あー、空気が美味い。外の空気は一味違う!」
「……まだシーツァンから離れて時間はたってないんじゃ」
 キョロキョロとせわしなく辺りを見回す青藍に、まりいはおずおずと声をかける。中と違い、馬車の御者席は一人もしくは二人しか乗ることができない。にもかかわらず現在乗っているのは三人。微妙なバランスを保ちつつショウは馬を走らせていた。
 一つ一つの景色に『昔通った道だ』『懐かしい』と感嘆の声をあげる青年。その様子だけを見ると本当に頼りにしていいのかわからなくなる。
「セイは昔からそういう奴だ」
 まりいの心の声に答えるかのようにショウはつぶやく。
「見た目はあんなだけど中身はしっかりしてる……はず。一見好奇心の塊にしか見えないけどやる時はやった……と思う」
 少年にしては不確定な物言いに、まりいはますます疑惑の念を深める。
「とにかく腕だけは確かなんだ。それだけは安心していい――」
「何か言った?」
「別に」
 何事もなかったかのように馬車の手綱を握るショウに、まりいは思わず噴出してしまう。それに気づいたのか、ショウは顔をしかめた。
「なんでもない。やっぱりショウって私と同じ歳だったんだなあって」
「そう言えば昨日、そんな話になったな」
 年齢の話をしてカップを床に落とした姿を思い出し、まりいは笑みをもらす。確かに昨日の一件では彼の意外な一面を見てしまった。だが気づいたのはそれだけではない。
「そうじゃなくて。ショウがあんなに親しそうに話をしてるのって初めて見たから」
 そう言うと、少年は怪訝(けげん)な顔をした。
「シェリアの時と変わらないだろ」
「そうだけど……」
 シェリアの時は、よそよそしいとまではいかなくても一つ線をひいているような感じがした。けれども昨日は本当に嬉しそうな、まるで歳の離れた弟が兄にじゃれつく――そんな感じがしたのだ。
 そう言ったら目の前の少年はどんな顔をするだろう。『なんでもない』と言うと、馬車の安定性をはかるため、まりいは荷台の中に入った。

 凛(リン)はカザルシアとは異なった国だった。
 カザルシアが仮に西だとすれば、こちらは東と呼ぶべきだろうか。服装も違えば髪の色も違う。だがどちらかと言うと地球に、まりいのいた場所に近いものを感じるのは凛の方だろう。茶色の髪も、黄色人のような肌も――
「シーナちゃん」
 ふと声の方をむくと、そこには包みを手にした青年がいた。
「青藍(セイラン)さん?」
「差し入れ。腹は減っては戦はできぬだから」
 包みの中から中身を差し出すと彼はまりいの隣に座った。
「ショウは?」
「後から食べるってさ。大丈夫。あいつ腹持ちいいからちょっとですむさ」
 そう言うと自分の分を出して口にほおばる。包みの中身は米を三角の形に握ったもの――早い話がおにぎりだった。
 自分よりも年上のはずなのにその仕草からはほとんど感じさせない。その仕草がおかしくて、まりいはくすりと笑った。
「ん?」
「ごめんなさい。おいしそうに食べてると思って……」
 首をかしげた青藍に、まりいは慌てて言った。
 今日はずっと笑ってばかりのような気がする。それは二人の言動のせいか、それとも青年自身の性格からくるものか。
「青藍さんってその――」
「ストップ。青藍でいいよ。さんづけってなんかむずがゆいんだよな。な?」
 元々近くにいて顔を近づけられたのだから、まりいとしてはたまらない。こくこくと首を縦にふることが精一杯だった。
「で、おれが何?」
 やっとのことで呼吸を整えると、まりいは青藍に聞いた。
「青藍ってショウと付き合いが長いんですか?」
「一年……いや、半年くらいかな。でもあいつにとっては長い方だと思うぜ? 職業柄一箇所にとどまることって少ないから」
「じゃあどうやって出会ったんですか?」
 ショウやユリの話だと、青年は二人と長い付き合いのような感がみてとれた。にもかかわらず、少ししか会っていないというは一体どういうことなのだろう。
「それには色々と深い事情があるんだけど……まあいいか。
 高熱出してダウンしてたあいつをおれが手厚く看病してやったんだよ。その後なぜか一緒に行動することになってさぁ」
「そうなんですか?」
「そうそう。あの時のガキがもう一人立ちしてるもんな。月日の流れは早い――」
 青藍の話は拳によって遮られた。
「勝手に話を作るな。逆だ逆」
「逆って?」
「高熱出して倒れていたセイを俺が見つけて介抱したんだ」
 拳の主はショウだった。どこから聞いていたのかはわからないが眉がつり上がっている。一方青藍の方は飄々(ひょうひょう)としていたが。
「そう言わないこともないな」
「そうとしか言わない」 
 二人とのそんな様子を見て、まりいは複雑な心境だった。これまでとは違う、まるで兄弟のようなやりとり。逆を言えば、それはまりいには気を遣っていた――もしくは心を許してなかったということにもとれる。それなりに月日を共にしてきたのだ。彼の性格からしてそんなことはないだろう。だが、まりいにはそれが寂しく感じられた。
「どう? 今後の参考になっただろ」
「今後?」
 まりいが首をかしげると、青藍はそれこそ好奇心むき出しの表情で言った。
「彼氏のことは詳しく知っておくに限る。兄貴分としては若い二人の行く末を見守る義務があるってこと」
 青年の言葉を頭の中で反芻し、まりいは手を打つと二人に、特に青年の方に向かって深々と頭を下げた。
「そうですよね。これからよろしくお願いします」
 ようやく旅に慣れてきたとはいえまだまだ未熟なのだ。これからはショウだけでなく青藍にも教えを乞うに限るだろう。
 そんなまりいを二人はじっと見つめていた。
「どうかしましたか?」
『いや、別に……』
 そう言うと男二人肩を寄せあう。
(なかなか手強そうだな)
(だから違う)
 ぶすっとした顔のショウに戸惑いつつも、うなずこうとして――まりいはある事実に気づく。
「ショウ、馬は?」
「止めた。止めざるを得ない状況だから」
「もう着いたの?」
 まりいの問いかけに少年は首を横にふる。
「獣がそばにいる。避けて通るのは難しそうだ。どうする?」
 それまでの会話とは対極の内容に、まりいは顔を強張らせた。
「道は一つしかないんだろ? だったらやることは一つ」
 まりいの肩を叩いて青藍が不敵な笑みを浮かべる。
「腕慣らしといきますか」
BACK | NEXT | TOP

このページにしおりを挟む

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2004-2006 Kazana Kasumi All rights reserved.