エピローグ
ショウ、元気ですか?
私は元気です。
体の方も前に比べるとずっとよくなってきました。ことわざで『病は気から』って言うけど本当なんだなと思います。
あれから色々なことがあったの。
つかささんとはちゃんと話しあうことができました。少しずつだけど、『お母さん』って呼ぶことができそうです。つかささん――お母さんは、もうすぐ結婚します。相手は大沢くんっていう同じクラスの男の子のお父さん。話を聞いてはじめはびっくりしました。そんな話、一言も聞いてなかったから。
退院してからみんなで食事に行きました。大沢君も大沢君のお父さんもいい人そうだし、これなら安心してお母さんをまかせられそうです。
不思議だよね。私にこうして家族ができるなんて。シェリアが知ったら喜んでくれるかな? ショウもきっと喜んでくれるよね。
ショウと別れてからもう半年以上たちました。時がたつのって本当に早いです。
あの日、どうして私が空都(クート)に行けたのか。それは今でもよくわかりません。それはただの偶然だったのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だから、こう思うことにしたの。変わりたかったから。そう願う自分がいたからあの世界に行けたし、ここまでこれたんじゃないかって。
『神の娘』とか、『天使』とか。わからないことだらけでやることも山積みです。でも引き受けたのは私だし、すぐにそっちに戻らないといけないよね。それに、二つの世界で私を待っていてくれる人がいる。地球にも空都にもお父さんとお母さんが、家族がいるって幸せなことだと思うから。
別れ際に何か言ってたよね。あの時、あなたは何を伝えたかったの? もし私と同じことだったとしたら、少し……ううん、とても嬉しい。
私が伝えたかったのはごく当たり前で、でも大切なこと。
ショウ。あなたに会えてよかった。私はあなたのことが――
続きはまた会えた時に言おうと思います。だから、その時まで元気で。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「何やってるの」
背後から声をかけられ、まりいはあわてて振り向いた。
「手紙書いてたの。ちょっと時間かけすぎちゃった」
つかさの声に、いそいそと手紙をしまうと笑みを向ける。
「誰の手紙か知らないけど、ちゃんとやるべきことはしなさいよ」
「うん。わかってる」
何気ない会話。
「具合が悪いならわたしが行ってもいいけど?」
「一人で大丈夫。やれることは自分でやらなきゃ」
「まさかあんたがそんなこと言うなんてね」
だけど、意味のある会話。
『行ってきます』と声をかけると、まりいは家を出た。
少しずつ、だが確実に時は流れていく。
「椎名」
自宅を離れると、そこには大沢の姿があった。
「大沢君も今日だったんだ」
「椎名は一人で取りに行くの?」
「ううん、由香ちゃんの家で待ち合わせ」
「そっか」
たわいもない話をしながら道を歩く。少し前なら男子と肩を並べて歩くことなどできなかった。ぎこちなくはあるが少しずつ前に進んでいる。
「高校生かー」
季節は3月。卒業式も無事終わり、二人は真新しい制服を取りに学校へ向かうところだった。
「椎名が同じ学校受けるとは思わなかった」
この姿を見たら、栗色の髪の少年は何を思うだろう。ほっと胸をなでおろすだろうか。それとも。
「家から近い学校だもん。それに友達と一緒のとこだし」
「そうじゃなくてさ。その」
「男の子のいる学校なんて行けないと思った?」
視線を向けると大沢は一瞬言葉につまるも、決まり悪そうに頭をかく。
「少し前なら、そうだったと思う。でも、それだけじゃダメだから。元気じゃなきゃ相棒が心配するから」
「相棒?」
不思議そうな顔をする少年に、まりいはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「最高の相棒なの」
ますます顔をしかめる大沢に、まりいは声をあげて笑った。
今はこの言葉だけで充分だ。
心配させて、心配して。
拒絶もして、でも受け入れてもらえて。
互いの背中を守りあう存在。大切な人。
いつかは呼び方が変わってしまうのかもしれない。その時は。
「あ」
ふいに少年が声をあげた。大沢にならいまりいが視線を向けると、そこにいたのは。
「……鳥?」
緋色の鳥。青い瞳を持つそれは、空の瞳をまりいに向けている。
「なんかこいつ、椎名のこと見てるみたいだ」
それはもしかすると彼なのかもしれない。少年の言うように、ただの珍しい鳥なのかもしれない。
「大丈夫だよ」
鳥に視線を向け、まりいはつぶやく。
あなたは何を望んでいるんですか?
――しっかりした日常をおくること。
今のままでは駄目なんですか?
――ほんの少しでもいい。一歩ずつ進んでいこう。胸をはって会えるようがんばらなきゃ。
扉を開いてほしいんですか?
――本当はすぐにでも開いてほしい。でも今のままじゃだめだから。私にはやるべきことがある。
たくさんのことを教えてもらったから。
たくさんの出会いと別れがあったから。
大切な人に出会えたから。
だから私は生きていける。前に進める。
離れてしまったのは寂しいけれど、大丈夫。きっとまた逢える。
その時は伝えよう。自分の気持ちを。
その時は訊こう。彼の言葉を。
「椎名?」
「急ごう。早くしないと遅れるよ」
笑みをむけると、まりいは前に向かって駆けだす。
少女の頭上にある青空を、鳥はゆっくりと羽ばたいていった。
いつか、あなたに優しい未来がありますように。
FIN