プロローグ
男は道を急いでいた。
(まずいな。このままじゃ遅刻しちまう。前の村でゆっくりしすぎたかな)
男は――と言っても、まだ少年だが、馬を急がせる。一刻も早く王都へ、城へたどりつくために。
「頼むぞ。相手は王様なんだからな」
手綱を持つ手に力が入る。
(それにしてもなんて遠いんだ。まぁ仕方ないか。王には昔からお世話になってたしな)
ヒヒーン!
突然馬がとまる。
「わっ! ぶねっ!」
慌てて台車につかまる。土台がしっかりしていたため、かろうじて外に放り出されることだけはまぬがれた。
「なんだよ、急に止まったりして……」
そこで手綱を持つ手が止まり視線がある一点に釘付けになる。
少年の視線の先にあったもの。それは、道端に横たわる一人の少女だった。
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「お客さん、連れの方は大丈夫かい?」
「はい。もうだいぶ落ち着いたみたいです」
「それは良かった。ではこれで。何かあったらすぐ呼ぶんだよ」
人のよさそうな宿の主人が部屋を出て行く。
ここはカザルシアのとある離れ村。 ジアノ。
あの後少年は、少女をここまで連れてきた。となると、当然城にたどり着くのは当分先になる。
「仕方ないよな。行き倒れをほっとくわけにもいかないし。王もきっとわかってくれるさ」
そう自分に言い聞かせる。
自分が助けた少女。
多少、気をとがめつつもベッドの上に視線を移す。
(変わった格好だよな。このあたりじゃ珍しい。よほど遠いところから来たんだろうな)
少女は今、気持ちよさそうに眠っている。
(何であんなところに倒れていたんだ? まずはそれを聞かなきゃな。今さら村に帰るわけにもいかないから、連れて行くしかないだろうな)
少年が一人、物思いにふけっていると、少女が目を覚ました。
焦げ茶色の長い髪。明るい茶色の瞳が眠たそうにしている。
「気がついたか?」
「ここは……」
そう言いながらも、意識はまだ夢の中らしい。目がうつろなままだ 。
「ああ、ここは……。あっ、おい、まだ立つな! 危ない――」
ドサッ、ゴンッ!
急にベッドからおりたため、立ちくらみをおこしたのだろう。支えようとしたが間に合わず、結果として少年の上に少女が倒れこむという形になってしまった。
(だから言わんこっちゃない。あれ? 『ドサッ』はわかるけど何で『ゴンッ』なんだ?)
「おい、起きろよ。……おい?」
少女は再び瞳を閉じ、それきり動かなかった。
「おい、おいっ!」
激しく肩を揺さぶるも、目を開けようとしない。
(まさかこのまま動かないなんてことないよな……ん?)
少女の後頭部を見る。
そこには大きなコブができていた。目の前には洋服棚。
「なるほど」
ため息を一つつき、少女を再びベッドへ移す。
(誰かに似てるな。可愛いし。……じゃないだろ! 何を考えてるんだ俺は!)
「まずは頭冷やさないとな」
自分にそう言い聞かせ、水を借りるために部屋を後にする。
そして少女は、別の場所で――別の世界で目を覚ました。