佐藤さん家の日常

02. 放課後の夕焼け

 外は赤かった。当然だ。もう夜の七時なのだから。
「なつくーん。部活まだ終わんないの?」
「待ってくれとは言っていない」
「ひっどーい。それがお兄ちゃんにいうセリフ?」
 いつもの戯言を無視して校門を出る。
 今日は部室の掃除をしていたから遅くなった。とは言うまい。
「部活って大変だね」
「お前も部活しているんじゃないのか」
 そう言うと、『便利部は便利な時しか活動しないからいいの』とわけのわからない台詞が返ってくる。それを適当にあしらいながら歩く俺。春にかまっている暇はない。ただでさえ先約があるのだから。
 自転車を押して――自転車通学なのだ――黙々と歩みを進める。校門を出て、道に出て。通学路の丘の上まで無言のレースが続いていく。
「ねぇ、なつくん」
「黙れ」
 自転車を押して隣を歩く春に一言放つ。本当は自転車に乗って早々に立ち去りたいところだけど、今日だけはそうもできず、言葉の応戦をするしかない。
「なつくんってばぁ」
「黙れと言って――」
 振り向いて、押し黙る。
 そこには夕日があった。
「きれいだろ。この時間帯が一番いいんだよな」
 否定する理由もなかったので素直に首を縦にふる。丘の上から見える夕日は、掛け値なしに綺麗だったから。
「なつくんと見る夕日も、あとどれくらいになるんだろうね」
「今さら何を――」
 首をまわして、また押し黙る。
「だって、ずっと一緒ってわけにはいかないでしょ」
 そう言った春の顔は寂しげだったから。
 こいつはこれを伝えるためにわざわざ待ってたのか。なんて酔狂な。
「だからさ、今くらいいちゃいちゃしてようよ」
 笑って聞き捨てならない台詞を吐く春を、言いくるめられない俺は甘いんだろうか。
 そもそも、言動ははた迷惑なくらい明るいのにどうして俺には自虐的なんだ。
「離れ離れになっても変わらないものだってある」
 そう言うと、春はきょとんとした顔で聞いてきた。
「変わらないものって?」
 答えはわかっているはずなのに、今度は顔を近づけてくる。
「ねえ教えてよ。僕わかんなーい」
「自分で考えろ」
 そう応えると、春は『ちぇー』と口をとがらせた。

 歳をとるのは当前のこと。
 どんなに近しい人でもいつかは離れ離れになる。それも当然のことだ。
 容姿が同じでも、いつも同じものを見て同じ事を考えているとは限らない。同じことだってあるし違うことだってある。
 ――今のように。
「残された時間は有意義に使うしかないか。お互いにね」
 やはり、春はわかっていた。
 『邪魔者のお兄ちゃんは早めに退散します』笑顔で俺の肩をたたくと、春は自転車に乗って去っていく。
「わかってるなら待ち伏せなんかするな」
 去り行く後姿に声を一つ。
 一分一秒、全く同じ日常なんてまずありえない。でもそれは大切で、かけがえのないものなんだろう。
「お互いに……か」
 ……確かに。
 ため息をつくと、自転車を止める。
「待たせてすみません」
 荷物を置いて一呼吸。頭を下げると、先約の人に声をかけた。
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