佐藤さん家の日常

学校編 その3

便利部奮闘記〜文化祭編〜

「――ではそのように」
「わかりました。他ならぬあなた様のためですから。それよりも例の件お引き立て願えますよう」
「便利屋。お主も悪よのう」
「いえいえ生徒会長様こそ」
 放課後の生徒会室で、そんな会話が繰り広げられただとか繰り広げられなかっただとか。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 季節は秋。
 秋と言えば色々ある。スポーツの秋、食欲の秋。恋愛の秋なんてのもある。そしてなんと言っても欠かせないのが――
「文化の秋に決まってるでしょ」
「先輩どこに向かって言ってるんですか」
 僕の呼びかけに聖ちゃんは冷たいツッコミをくれた。
 朝比奈聖(あさひなひじり)。この部活のたった一人の後輩だ。
 僕の所属する部活『便利部』は現在部員が二名(自分含む)。彼だって入学式の時にたまたま目に付いて無理矢理――もとい、誠意を見せて勧誘した。でも二名。まだ二名なのである。
「だめだめ聖ちゃん。先輩じゃなくて『副部長』。こういうことはちゃんと形から入らなきゃ」
「いつ副部長になったんですか。それに部長の顔なんて一度も見たことがないんですけど」
 この聖ちゃん、言動とは裏腹になかなか可愛い顔立ちをしている。よしよし、これなら例の件は間違いない。きっと当日は大成功だ。
 なんてことを悟られないよう人差し指を自分の額に押し当てる。
「んー。本当は部長がいたんだけどやめちゃったんだよね。だから僕が部長代理なわけ」
「だったら代理じゃなくて春樹先輩が部長になればいいじゃないですか」
 『副部長』の発言をしっかり無視して聖ちゃんが聞いてくる。わかってないなぁ。
「『部長』と言いたいところだけど、ここは謙虚に二番手にまわったわけよ。この心いきなかなかのものでしょ」
「…………。
 それで、今日呼び出した理由はなんですか?」
 そうそう。呼び出したのはちゃんと理由がある。僕らがどうして生徒会室にいるのか。まずはそれを説明しなくちゃならない。
「これこれ」
 バン! と一枚のポスターを突きつける。そこに書かれたのは我が部のキャッチフレーズ。
『君も便利部に入らないか。今ならなんと部長になれるぞ!』
 たくさん活動しているのにもかかわらず、便利部は部員が二人しかいない。だったらこの機会に部員を獲得するしかない!
「二十枚刷ったぞ。後は会長に許可をもらって貼れば、部員増員間違いなし!」
「捨ててください」
 またもや突っ込まれた。かつ丸めて捨てられた。そのポスター徹夜して作ったのに。なんてひどい後輩だ。
「またまた。照れる気持ちはわかるけど入学して半年はたつんだからいい加減慣れなきゃ」
「春樹先輩。人から『我が道を行く人』だとかよく言われない?」
「気のせいでしょ」
 なつくんには『傍若無人(訳:人前はばからず勝手気ままに振舞うこと)って言葉知ってるか』とか言われてるけど。それはそれ、これはこれだ。
 そうこう言っているうちに、お目当ての人物がやってくる。
「悪いね。待たせてしまって」
 ガチャッとドアを開け、入ってきたのは深層の令嬢然とした女子。その立ち振る舞いに一体校内のどれだけの男子が頬を紅く染めたことか。そしてその実体に校内のどれだけの男子ががっかりしたことか。いや、この場合女生徒と言うには語弊がある。なんと言ってもこの人はれっきとした男子生徒だ。
 鳴海道治(なるみみちはる)先輩。桜高校の生徒会長だ。女装をしているのは本人の趣味らしく、これがまた似合ってるからかなわない。普通ならクレームがきそうだけど似合っているし生徒会の雑務も楽々こなしていくという切れ者だから誰も(一部を除いて)文句を言わない。今じゃ学校の名物にさえなっている。
 ああ、僕は一目見てわかったよ? 僕、人(特に女子)をみる目はあるから――そんな話は置いといて。
「いいっすよ。生徒会のお仕事も大変でしょーから」
「そう言ってくれるとありがたい。この子が例の子かい?」
「そうこの子。ぴったりでしょ」
「なるほど。これならいけるな」
 聖ちゃんの顔を覗きこみながら『服はいつ作ろう』『髪型はこうした方がいいんじゃ』と着々と会話が進んでいく。
「あの。話が全然見えないんですけど」
 そんな中、聖ちゃんだけが額に汗をかいていた。
 くどいようだけど便利部は部員が二名。だから地道な活動をしないとすぐ廃部になってしまう。
『生徒会の劇に協力する代わりに部の存続を認める』それが生徒会長の提案だった。
「頼むよ聖ちゃん。部の存続にかかわるんだ」
「無理矢理入部させられた俺としては一刻も早くやめたいんですけど」
「そんなつれないこと言わないで」
「部長代理もこう言ってることだし」
 こうして聖ちゃんは心よく大役を引き受けてくれた。


「はぁ……。何やってんだろ、俺……」
 生徒会室を大きなため息と共に出たのは聖ちゃん。
「いーじゃないの。生徒会企画って毎回凄い客入るんだぜ? 楽しみにしてる人も多くてさー。うちの母親もくるって」
 我が家、特にお母さんは行事好き。子供の頃から片手にカメラとかたっぱしから写真を撮りまくってた。せっかくだから聖ちゃんも撮ってもらおうかな。そんなことを考えてるとぼそっと言われた。
「……俺、両親いないですよ」
 そう言った聖ちゃんの顔は寂しそうだった。
 まずい。思いっきり地雷を踏んでしまった。慌てて謝っても『いいですよ』と気のない返事。嘘だ。絶対嘘。きっと目の前の可愛い後輩のガラスのように繊細な心をとんでもなく傷つけてしまったに違いない。傷ついた後輩を元気づけるにはどうしたらいいか。
 その時、脳裏に一つの案が浮かんだ。
「私が今日からあなたのお母さんよ」
「気色悪いのでやめてください」
 せっかく心を込めて言った言葉も部員には届いてくれなかった。冷たいなぁ。くすん。

「会長。相談があるんですが」
「……君がそれでいいのなら協力しよう」
「ありがとうございます! さすが会長!」
「しかし君もよくそんなことするね」
「それが便利部のお仕事ですから♪」
 その日の夜、そんな会話があっただとかなかっただとか。


 そして劇の当日。
「聖ちゃーん!」
 真っ赤なスーツに茶髪のウィッグ。化粧をほどこせば気分はキャリアウーマン。
 やっぱり生徒会長ってただ者じゃない。一言相談しただけでこんなぴったりの服そろえてくれるんだから。
 男だったら有言実行。聖ちゃんだけに嫌な思いさせるわけにはいかないでしょ。
 舞台はつつがなく進行された。
 この後『俺の母親はそんな不細工じゃない』と言われた。これでも自信あったのになぁ。でも『ありがとうございました』とも言われたからこれでよしとしよう。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 便利部は生徒の願いを叶えたり、幸せにしてあげることがお仕事デス。
 現在副部長一名、部員一名。ただいま部員募集中。
「あ」
 ……ポスター貼るの忘れてた。
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