STAGE 1 委員長の受難。
その7
「実はこれは夢なんです」
求めていたのはそんなオチ。だってそうじゃないか。気づいたら別世界でしたなんて展開、今どきはやるはずもない。
百歩譲って夢じゃなかったとしても、せめて日本国内にいることを望んでいた。だって、あたしはれっきとした女子高生だ。別に人から恨まれることは――まあ、職業柄やっかまれることはあるかもしれないけれど。それでも誘拐されるとか危害を加えられるようなことをした記憶はない。ましてや異世界に連れてこられる覚えもまったくもってない。
状況確認からはじまって。話は学校レベルから世界レベル、最後には惑星レベルになってしまった。修学旅行先では友達とか先生とか心配してるのかな。『修学旅行中に女子高生行方不明』とか新聞に載ってたりするんだろうか。親に連絡がいくのも時間の問題だろうし。
「捜索願とか出されちゃうのかな」
不安から人目にもかかわらず思っていることをつい口にしてしまう。あの母親がちょっとやそっとで驚くたまじゃない。でも帰ったらこっぴどくしかられそう。言い訳でも考えておいたほうがいいんだろうか。
「驚きましたか?」
「驚かない方が無理です」
「そのわりには即答だったよね」
三人の声がほぼ同時に重なる。ちなみに質問をしたのはカリンさんで一番最後の台詞は先輩だ。
気づけば見ず知らずの変な場所にいて、しかもそこは生まれ育った場所はおろか世界、惑星(ほし)も飛び越えちゃってますって言われて驚かないわけがない。
「あの。質問なんですけど」
ここで、今までで一番気になった疑問を口にする。
「あたしは元の世界に帰れるんですか?」
親や学校に言い訳するのも無事に帰れてからのこと。これで二度と帰れませんとか言われたら、あまりにも理不尽だ。
満を持して投げかけた問いに二人は顔を見合わせると。
『さあ』
まるで明後日の天気なんかわかるわけないよと言うかのような素振りで。いとも簡単に言ってのける男子達に愕然とする。 さあって何。帰れないってこと? それともあたしを気遣って言葉をにごしてるのか。だったらはじめから無理だって言ってほしい。
今の季節は二月。出席日数は足りてるから進級はできるだろう。だけど、この状態がずっと続くとしたら? 留年はおろか中退扱いになったりでもしたら。そんなのどっちも嫌だっつーの!
「言い方が悪かったですね。正確には僕達にもわからないんです」
あたしの落胆ぶりがひどかったんだろう。カリンさんが慌ててフォローに入る。彼が言うにはこうだった。今までここの惑星に、霧海(ムカイ)にたどり着いた人はゼロではなく。逆に、ここから地球や他の惑星にたどりついた人もそれなりにいるらしい。
「『旅人』って言うらしいよ。なかなかしゃれてるよね」
そう言ったのは先輩。でも話を聴くのに精一杯だから相づちはしないでおく。生まれ育った場所とは別の世界にたどりついて、そこから元の世界へ帰ってきた人もそれなり。それなりっていうのがどれくらいの割合なのかとっても気になるとことだけど。
それでも帰れる確率はゼロではない。それを聞いて少しだけ安心した。希望はもってていいってことよね?
「でも、どうして私なんですか」
当然の疑問が頭に浮かぶ。かなしいかな、あたし高木詩帆(たかぎしほ)はごく普通の高校に通うごく普通の女子高生。何かの使命をおびて生まれましただとか、まるで映画のような運命も宿命もあるはずなく。この16年をごく普通に過ごしてきた。今回だってごく普通の学校行事に参加しただけ。飛行機や宿の中の写真は撮ったけど、肝心のスキーの写真はこれからで。おみやげだって一つも買ってない。一体、何がどうしてこうなった。
「たぶん、ぼくにも原因あると思う」
あえて流していた先輩の声に、ふと顔を上げる。いつもは人なつっこい表情をしてるのに、今だけは珍しく決まり悪そうに自分のほおをかいている。
「媒介者っていうのが必要なんだってさ」
聞き慣れない言葉に小首をかしげると、先輩は続けて言う。
「要するに別の世界へいったことがある人が身近にいると、ハプニングに遭遇する確率が高いんだって」
霧海にいて、そこから地球にもいた変な人。そんな人に、あたしはほんのちょっとだけど関わりがあったということで。
「さらにその人から何かもらってたりすると確率が上がるらしいよ」
心覚えが、あった。
あわてて制服のポケットをまさぐる。出てきたのは手のひらサイズの財布。散歩ついでにジュースでも買おうとしのばせておいたんだった。財布のチャックの部分にぶら下がってるのはクローバーの形に編み込まれたストラップ。売店のお姉さん径由で渡ってきて、おきっぱなしにするのも嫌だったからこうしてくっつけておいた。
みのりさんは『彼』に頼まれたと言ってた。その『彼』は目の前にいる男子のことで。
それはつまり。
「な……」
「な?」
「なんてことしてくれちゃったんですか、あんたは――!!!!!」
部屋にはあたしの涙声だけが響いていた。
ありったけの絶叫の後は、途方もない脱力感。叫んだり相手の首をしめたところで状況は変わるわけもなく。
「ひっどいなあ。先輩はもっと敬ってくれなきゃ」
「予告もなく変なところに引きずり込む人を一体どううやまえって言うのよ!」
あまりにもあまりにだったからお皿やカップを手当たり次第に投げつけた。もちろん先輩に向かって。今は男子二人を追い出し、こうして一人毛布にくるまっている。
窓の外は暗くなっていた。この世界でも夜はあるのね。一日中明るかったら眠れなくて困るもの。そういえば、千歩譲って異世界であるとして。ここは異世界とやらの、霧海(ムカイ)ってところのどこなんだろう。
「起きてる?」
「寝てます。入ってこないで下さい」
あたしが言ったところで躊躇することもなく。軽快にドアを開けて入ってくる。
「起きてんじゃん」
入ってきたのは銀色の髪の男子。
「なんだかややこしい話になっちゃってごめんね」
声には覇気がない。少しは責任を感じてるんだろうか。
「まさか、そばにいただけでこうなるとは思わなかったからさ。ほんとごめん」
まったくもってその通りなので返事の代わりに毛布を頭からすっぽりかぶる。あたしだってパンを一緒に食べたくらいでこんなことになるとは思いませんでしたよ。
「地球の帰り方を知ってる人には明日会えるよ。ぼくが手配しておいた」
これも当然のことなので返事をしないでおく。というよりも、帰り方知ってたんだ。だったらまぎらわしい言い方はしないでほしい。こっちは本気で心配したんだから。
心の中で不満をたらたら連ねていても話がすすむわけがなく。しばらくすると、今度はぎし、という音がした。たぶんイスにでも腰かけたんだろう。だからといってお互いに話すこともなく。あたしは毛布の中で先輩はイスに腰かけたまま、不気味な沈黙が流れた。
「ちょっと時間はかかるかもしれないけどさ」
沈黙をやぶったのは先輩の方。みし、という音と共にベッドがゆれる。どうやらイスからもっと近くに寄ってきたらしい。これ以上近づいたらひっぱたいてやる。毛布の中でこぶしを握った時、頭上から声がした。
「安心して。委員長はぼくが守るから」
静かで優しい、真面目な声色。ここだけ聞いたらいつもの皮肉屋とはとうてい思えない。
「ん? 何?」
身じろぎしたのがわかったんだろう。先輩が問いかける。
「委員長じゃないです」
毛布をはねあげて青の瞳を見つめる。
「だってイインチョウだって自分で言ったじゃないか」
そうだけど。そうじゃない。
「高木です。高木詩帆(たかぎしほ)」
学校では委員長だと認めたけれど。こんなわけのわからないところまで委員長よばわりされてもたまったもんじゃない。
「ぼくも先輩じゃないけど」
確かに。学校で会ってから今まで『先輩』としか呼んだことなかった。今さらながらにその事実に気づく。
「先輩の名前って何でしたっけ」
「ひっどーい。あれだけ一緒の時間をともにしたのに」
「誤解を招くような発言はやめてください!!」
怒声をあげるとその調子とけらけら笑われた。なんだか始終先輩のペースに乗せられてる気がする。むくれていると、ぽんぽんと頭に直接手をのせられた。
「セイル」
「は?」
「ぼくの名前。いつまでたっても『先輩』はないでしょ。委員長」
「あたしだって、いつまでたっても『委員長』はおかしいです。それと、そういうことは好きな人にでも言って下さい」
「そういうことって?」
わざとらしく小首をかしげる。絶対わかって言ってる。あと女慣れも絶対してる。これだけは確信をもって言える。
「もういいです!」
言い返すのも悔しいから再び毛布をかぶると、先輩は優しい声色で語った。
「責任感じてるから言ってんじゃないか。こういう時は素直に守られておきなさい」
毛布の上からでも先輩が苦笑してるのがわかる。おまけに毛布越しにぽんぽんと頭をたたかれて。これじゃあ、あたしがすねた子どもみたいだ。
しばらく頭をたたかれた後、またみし、という音がした。
「おやすみ。詩帆ちゃん」
ベッドから離れたらしい。遠ざかる足音に毛布の中から声をあげる。
「おやすみなさい。……セイル先輩」
ぱたんとドアの閉められたのを確認すると、もそもそと毛布から顔を出した。
なんでかわからないけど見ず知らずの場所にいて。目の前には顔見知りの先輩がいて。元にもどるまでの間、先輩は自分を守ると言ってくれた。
顔、見とけばよかったな。案外、真面目な顔してたのかも。
なんて現実逃避していても駄目なんだよね。
「……寝よ」
さっきよりもさらに毛布を深くかぶり、その日は体力保持に努めたのだった。