委員長のゆううつ。

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STAGE 2 委員長の旅立ち。

その3

「もしもし、お母さん?」
 電話をかけたのは地球時間にして午後の8時半。仕事中かとも思ったけど今日は早めにきりあげたとのこと。ちなみに母は飲食店を経営している。
『約束ちゃんと守ってるみたいね。感心感心』
「お母さんが言ったんでしょうが」
 二週間家を留守にする交換条件が家への電話と父親を二発殴ってくること。前者は電話をかける頃合いに携帯電話のアラームをセットして忘れないようにしている。後者は見つかり次第いつでもやれる。もちろん、ぐーであることは間違いない。
『それで。あいつは見つかった?』
「見つかったら苦労しない」
 あいつとは父親のことを指す。偶然出会った叔母さんと一緒に春休みを使って父親を捜しに行く。これが今回の表状の理由だ。父親がいる場所が異世界だということは当然知らせていない。裏の目的は修学旅行のやり直しだけど今は問答無用で父親を殴りたい気持ちでいっぱいだ。
『叔母さんはそこにいるの?』
「今は一人。みんな部屋で休んでる」
 二人旅じゃなかったのねという母親の声にあいまいにうなずく。二人旅どころか五人旅、しかも『人』と呼んでいいのかさえ怪しいところだけど。事実を伝えたら卒倒しかねないので叔母さんの友達も一緒だとごまかした。
『本当は私も挨拶するべきなんだろうけどね』
「忙しいんだから仕方ないでしょ」
 仮にお休みだったとしても本人みたら冗談かと思うでしょ。あたしだっていまだに話についていけてないのに。
 そう言えたらどんなにいいことか。でも言ったところで時間の無駄なので当たり障りのない話をする。叔母さんがとにかく元気だとか父親と仲はよかったらしいとか、修学旅行の雪国もすごいと思ったけど今度の場所はもっとすごかったとか。あんた一体どこにいるのという質問には長旅でテンションが上がってるだけだから気にしないでと返した。
『あんたにしては思い切ったことしてるわよね。ホームシックにならない?』
「叔母さんの友達もいるし学校の先輩もいるから心強いかも」
『そんな人も一緒なの』
「成り行きで」
 まさか学校を案内したりパンを食べたりしただけでここまで話が大きくなるとは思ってなかったけど。ましてやその先輩と異世界で再会するだなんて驚きのはんちゅうを超えてるけど。
『あんた部活入ってなかったわよね。いつ知り合ったの』
「高校生にも色々あるの」
 説明するのも面倒だったから強引に押し通した。
『深くは聞かないけど。学校が始まるまでにはちゃんと戻ってくるのよ』
 ちゃんと戻れるのかなぁ。といった不安の声はもらすことなく、わかったとだけ言って電話を切った。どうして霧海(ムカイ)で電話が使えるのかは疑問だけど使えるうちはしっかり使っておこう。なによりもこういった日常会話をしておかないと自分の立ち位置がわからなくなる。
「盗み聞きなんて趣味悪いですよ。そこで聞いてる人」
 携帯電話を閉じてふり返る。そこにはコップを二つ手にした先輩の姿があった。
「おっかしいなぁ。気配は消したつもりだったのに」
「甘い臭いがしました」
 手元を見ると、ご名答とばかりにお皿にのせられた焼き菓子があった。どうやら差し入れらしい。
 春休みになって二日日、修学旅行の時を合わせたら四日間。霧海(ムカイ)について色々とわかったことがある。まずはこの世界、海の中だからといって思ったより食べられないものはない。海藻サラダとか卵のスープだっておいしかったし。後で聞いたら正式名は違うそうだけど一つ一つ覚えるのも大変そうだったから途中でやめた。くらげとか魚とか変なゲテモノのか出てきたらどうしようかと思ったけど杞憂に終わった。
「話しこんでたね。そんなに重要な話?」
「高校生にも色々あるんです」
 受け取った焼き菓子をほおばりながら少し前と同じ台詞を口にする。なんてことはない状況報告の電話だったけど全部説明するのは面倒だから『色々』の言葉にすべてを要約しておく。
「さっき話してたの、お母さん?」
 ジュースをすすりながら先輩が問いかける。秘密にする必要もないからそうですとうなずくと今度は身をのりだしてきた。
「詩帆ちゃんのお母さんってどんな人?」
「さっき話してた通りですけど」
 さすがに話の内容までは聞き取れないよと肩をすくめられる。これも秘密にすることはないし、もしかすると父親捜しに協力してもらえるかもという考えから素直に話すことにした。
「普通の親とは言い切れませんね。女手ひとつであたしを育ててくれましたから」
 お菓子とジュースを受け取りつつさっきまで電話をしていた母親を想像してみる。エプロン姿で朝早くからパンを作って働いて。人手が足りないからってバイト感覚で時々仕事を手伝って。そういえばお小遣い前借りって形で携帯電話買ったんだった。きっともどったらただ働き決定だな。どれくらい手伝えばいいのかなぁ。
「恋愛結婚だったらうまくいったんでしょうけど。あたしができちゃったことを報告する前に逃げられちゃったみたいです」
 先日聞いたばかりの事実を伝えると先輩はふむふむとうなずく。どうやら興味しんしんらしい。
「お母さんに言われたことは二つ。電話はちゃんと入れることと、父親に会ったらお母さんとあたし自身の分ぶんなぐってくること」
 続けて話すと今度は腹を抱えて笑いだした。
「なかなかすごいお母さんだね」
「否定はしませんけど」
「だから君みたいな娘さんが生まれたわけだ」
「そこは否定させてください」
 普通でないことは認めるけど。あたしまで同類に見られたらたまったもんじゃない。それに、先輩だって普通とは思えない。皮肉屋だし異世界でも平然としてるし。
 そういえば。
「先輩のご両親は心配してないんですか?」
 だって先輩はあたしの通う高校に遠い国からやってきた留学生で。あたしと同様、ううん、もしかしなくてもあたしよりもずっと前から異世界に滞在している。言い換えれば地球では長期不在にしているということになる。あたしはちゃんと母親に承諾をもらってきたけれど、先輩のご両親は心配してるんじゃないか。
「先輩?」
 そう思って尋ねたけれど。先輩からの返事はなかった。
 何か思うところがあるんだろうか。仕方ないから焼き菓子をほおばりながら返事を待つ。
 しばらくして返ってきた声は。
「心配って何を?」
 なんでそんなことを聞いてるのかわからないといった、そんな表情。反応に戸惑いつつも会話を続ける。
「実の息子が姿を消しちゃったから、ご両親はさぞかし心配しているだろうなーって」
「してるわけないよ。いないから」
 ぶっきらぼうと言うよりも吐き捨てるように言い放つ。もしかしなくても触れてはいけないところに触れてしまったんだろうか。
「父親も母親も物心ついた頃からいなかったよ。だから心配のしようもない」
「……ごめんなさい」
 会話の糸口にするつもりが自分から墓穴をほってしまった。いつも明るい、というよりも少々うざいくらいに元気な先輩。目の前の男子にそんな生い立ちがあっただなんて。
「気にする必要ないよ。親代わりの人がそばにいてくれたから全然淋しくなかったし」
 そう言って無邪気に笑う。どんな人だったんですかとあたしが逆に問いかけると、口数は少ないけど頼もしい人だという声が返ってきた。
「自分からはちっとも話してくれないからさ。こっちから声かけるようになったわけ。一挙一動を理解するのにずいぶん時間がかかったよ」
 だから先輩はそんなにおしゃべりなのか。突っ込みたかったけどまたやぶへびになるのも嫌だったからうなずくだけにしておく。
「ぼくのことはいいからさ。詩帆ちゃんはどうやってこっちにもどってきたか教えてよ」
「もどってきたとか言わないでください」
 ただでさえ半強制的なんだから。
「だって気になるじゃん。ぼくでさえ異世界にくるのは大変だったんだから。今後の参考にさせてよ」
 何がどうやったら参考になるのかわからないけれど、悪いことを訊いてしまったという引け目もあるのでここは素直に教えることにする。
「これです」
 そう言って差し出したのはさっきまで使っていた携帯電話。けれども肝心なのはそっちじゃなくて端にくくりつけられたクローバーの形のストラップ。の、先についてる石の飾り。
 手渡されたのは売店のお姉さんからだけど、よくよく聞くと、地球産なのはストラップの紐だけで他の石は霧海(ムカイ)産なんだそうだ。さらにたどればリズさんを径由してもらったとか。異世界の住人との接触もしくは物が手元にあると、異世界との接触率が高くなるらしい。道理でこっちにきてしまったわけだ。
「電話をしたら『リズさんの力』とやらであっという間に異世界に連れてこられました」
 正しくは電話を合図にリズさんが何かつぶやいていたような気がするけど。
『今からそっちに行きます』
『はーい。ちょっと待っててね。準備するから』
『ゆっくりでいいです。心の準備が――』
『はい。着いたよ』
 そんなやりとりと勢いで気づいたら異世界にたどり着いていた。非常識的なことがなんでこんな簡単にできてしまうんだろう。
「君の叔母さんはなかなかすごい人だね」
「否定しませんけど」
「こういうのって地球のことわざで言うんだよね。『類は友を呼ぶ』?」
「全力で否定させてください」
 あとあたしを核にしないでください。眉根を寄せると今さらでしょと笑われた。まったくもって不本意だ。
「差し入れは終わったんでしょ。だったら帰って下さい」
「ひっどいなぁ。わざわざ来てあげたのに」
「こっちは現実と非現実を受け入れるのに精一杯なんです」
 全然受け入れられてないよ。本音が清々しくだだもれしてたよって発言は気にしない。一介の女子高校生が常人にはできないことをやらかしてるんだ。これぐらいは大目にみてもらいたい。
「リズっちから伝言。明日の朝出発するってさ」
 ジュースを手に片目をつぶる。どうやらそれを伝えるためにここまで来たらしい。
「お父さんをぶん殴るためにもがんばらないとね」
 確かに。うらみつらみはたくさんあることだし、ここは素早く終わらせなきゃ。
「当然です。さっさと捜してきっちり殴ってとっとと終わらせます」
「そうそう。女の子はそれくらい元気じゃないと」
 おどけたようにからから笑う。その様子につられてあたしも思わず笑みを浮かべてしまった。

「もっとも、ぼくには殴る人もいないけど」
 だから、後に続いたつぶやきをあたしはみごとに聞き逃してしまった。
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