世界の果てで会いましょう

第6話「子ども」

「え?うそだろ・・・。」
 意図せず大声を出すミルラに、側にいた朝は耳をふさいだ。
「まぁ、私も聞いたときは驚きましたしね。」
 といって、ユエも控えめに笑みを浮かべており、驚きの張本人はひどく不服そうに、
「そんなに意外?僕が一番年上だ、なんて・・・。」
 そういって、頬をふくらませる。そんな様子が幼く見せていることを、本人は自覚しているのだろうか?これでこの一行の年長者など、ここにいるもの皆当てられるものではないだろう。そう、夜こそが一番年長な野田だった。
「これで結構生きてるからな、夜の奴。」
 付け足したのは、外見上最も年長に見られそうな朝。夜と同じく顔の作りは幼いが、大柄な体格とどこからかにじみ出る哀愁が、年上に見られるのだ、どうしても。夜は決して小柄とはいわないが・・・子供っぽさが抜けない大人という印象があるため、年上に醜いというのが本音かもしれない。もちろんミルラの。その付け足しは、一応フォローだったらしく、夜はえっへんと威張って見せた。
「人は見かけで判断できないって、本当なんだな・・・。」
 ポツリとミルラはそんなことをつぶやいたという、ある夜の酒場での、一こまである。

「この先にあるもの?ああ、お若いの。やめときな。」
「へ?どういうことっすか?」
 珍しく朝早くに目が覚め、なんとなしに村の人に聞いたやりとりがこれだった。この先にあるものが、ミルラの目的地だと3人から知らされていた。だが、そこに何があるのかは教えてもらっていない。そのため、近所に住む村の人に聞いてみたのだが・・・・・・・・・。40代にさしかかろうとしている女性は、声を潜め、
「泉があるのさ。決して大きくはないのに深い泉でね。そこで沈んだものは二度と戻ってこないのさ。底無しの泉とか、深淵の泉とも呼ばれていてね・・・・・・  次第に熱を帯びてくる女の言葉をミルラは聞き流しながら、ただ立ちつくしていた。彼の表情は蒼白になり、フラフラと力ない足取りでその場を去る。先ほど話しかけた女はそれに気づかずに、同世代のもの達で井戸端会議を開いているようだった。
「俺、どうなんの?ついてきてよかったのか?信じないほうがよかったのか?」
 そう、ぶつぶつ言いながら、いつの間にか村の外へ歩いていった。
「ミルラ!」
 不意に名を呼ばれ、ミルラはゆっくり振り向く。その声には魔力がこもっているのではないかと思うほど、人を惑わす力がある。持ち主は彼が知る限り、一人しかいない。そう、その場にいたのは・・・
「ユエ・・・さん?」
「一緒に、歩きませんか?」
 ぼんやりつぶやくミルラに、ユエは穏やかな笑みを浮かべ、そういった。

「本当は、もう私はこの世にいなかったんです。」
 唐突に語られたのは、ユエの過去だった。彼女は淡々と続ける。
「元々、私の一族は“夜”に仕えるもの。赤い月が満ちるとき生まれた者は、“夜”への捧げもの。生まれたときから私は“夜”への捧げものでした。だから四年前、私は死ぬはずでした。」
 ユエの心地のよい声をミルラはぼんやり聞いている。誰かの過去など初めて聞いたから、どう反応していいのか、分からないのだ。ユエは続ける。
「けれど、夜に出会ったんです。夜は、“夜”だから。私を死の呪いから解放してくれました。」
 そこで、初めて彼女は笑みを浮かべる。年相応の、どこか艶っぽい妖艶な笑みを。思わずミルラはそれに魅入った。前からきれいな人だと思ってはいたけれど、ますます・・・・・・。と、そこでユエはミルラに視線を合わし、優しい口調で言う。
「この先にある泉に行くのは本当です。でも、私もミルラと同じ目的で行ったことがあります。だから、大丈夫。」
「・・・え?」
 ミルラの内心を察したユエの発言に、ミルラは呆然とつぶやく。そんなに分かりやすかったのかと、ふと恥ずかしくなった。
「・・・本当に俺って、子どもですよね。」
 ポツリとつぶやいた意図は、自嘲だったのか・・・・・・本人にしか分からないことだろう。ユエはそのつぶやきにはあえて触れず、少し話題をそらす。
「夜は、性格的に子どもっぽいだけで、しっかりしている面もあるんですよ?」
「・・・知ってます。」
 だから、ミルラもそれにありがたく便乗した。その後のユエの会話が、完全なのろけであっても、心中穏やかになれたミルラは寛大に聞くことができた。

 その後・・・
「ねぇミルラ。僕の顔に何かついている?」
「いいえ、何もついてないですよ?」
 宿屋兼酒場も兼ねる同じ店での夕食時。じーーっという擬音がつくほどミルラに見つめられている夜は、とうとう困惑してそう尋ね、ミルラはすっとぼける。
 ビールジョッキを傾けつつ、その光景を見ていた朝は『珍しい』と一言漏らす。その側で、ニコニコその光景を見るユエ。朝はミルラとユエを交互に見合い、一人頷く。
「ああ、お嬢のおかげか。」
 と問う。それにユエは少し困った表情で、つぶやく。
「ちょっと違うと思うんですけど・・・多分、ミルラとは生きてきた年数が近かったから、聞き入れやすかったのかもしれませんね。」
「・・・そういうもんか。」
「そういうものですよ、きっと。」
「さいですか。・・・にしても、気づいてないんだろうな、あいつ。このメンバーって、結構似たとこあるんだってこと。」
 朝がつぶやいた独り言は、喧噪の中に消えた。
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