世界の果てで会いましょう

第1話「平穏からの脱出」

「めんどくさい・・・。」
 あくびをかみ殺しながら少年と呼べる彼はつぶやいた。彼のすることはただ一つ。
 立っている後ろの牢を見張る、それだけの事だ。“彼ら”がこの町にやってきて彼は生きるために下についた。それだけの事だ。暗い地下で、少年の銀にも似た白髪は妙に明るく、黒の目はここを連想するかのようだ。
 不意に上が騒がしくなった。誰かが近づく足音が反響して返ってくる。
「ミルラ、こいつを見張っとけ。」
 大柄な男が、少年――ミルラより年は上だろう――を牢に放り投げながらいった。
「了解。」
 ミルラの声はそっけない。しかし、男はそれに対して脅すような事もとがめるようなこともいわず、去っていった。ミルラはほっと胸を撫で下ろした。あの男はいつも自分たちの都合の悪いほうに取ると、うるさく言ってくる。そればかりか、力でモノを言わさない。それだけは勘弁したかった。今回は、それがない様で、一安心したというところだろう。
「ねぇ、君。」
 不意に、牢に入れられた少年が声をかけてきた。ミルラは振り返る。
「金目?」
思わずミルラは少年の目の色に注目した。別段、金髪はありふれているのでそれほど珍しいとは思わないが、金の瞳というのははじめて見た。その少年は、怯える事もなく、屈託のない表情でミルラに笑いかけていた。



「まったく・・・あのバカどこに消えたんだ?」
町の中、大柄な青年がつぶやいた。青年は横にいる長い髪の少女に声をかける。
「お嬢。」
「何ですか?」
 少女は答える。
「バカ夜、どこにいるか分かるか?」
「今日は見えてますから・・・分かります。あ、あそこの地下に・・・夜、怪我してる!」
 少女はよどみなく答えると、目の前のほうに指を指す。しかし、状態が思わしくないのか、思わずうろたえた声を出した。
「お嬢、落ち着け。ほんとあいつに弱いんだから・・・。」
 青年はひとまず少女を落ち着かせるために声をかける。
「今日は・・・力が使えると思います。」
 少女は落ち着いたのか、自分の状況を報告する。青年はニヤリと笑い、
「そりゃ頼もしい限りで。昼は手が出せないから辛いが・・・。後は夜を待つのみだな・・・。」
 不敵につぶやき、それに少女はうなずいた。



 夜と名乗った少年は、町で絡まれている女性を助けようとしてここにつれてこられたのだという。
「ばっかじゃねぇの?」
 ミルラは思いっきり爆笑しながらいった。それに夜はムッとしたようで、
「困っている人がいたら助けるもんでしょ?」
 と反論する。
「それがバカだって言うんだよ。いいか、この町はカリブっていう男とそれの取り巻きの連中が仕切ってる。そいつらの決めた事がすべてルール。ジャマしたやつはここ行きかあの世行き。あんたはまだ運がいいほうさ。いや、明日処刑されるかもな。」
「ミルラ、君はその一員?それとも生きるために従ってるだけ?」
 夜の質問に・・・ミルラは黙る。夜は言葉を続ける。
「別に言ってもいいと思うよ?ここには君と僕以外誰もいない。僕は聞いてるだけ。大丈夫さ。君が思うなら、監視なんて何の役にも立たない。」
 どこか意味深なコトバに、ミルラは眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「言葉のままに。少なくとも、この時間ではね。」
バカにしている?それとも殴られすぎて頭が変になったのか?しかし、そう思えない。何故かは分からないが、信じろと頭の中で声がした。
「ああ、生きるためだけだ。けどそれももうむなしいだけさ。いやになる。ここから出たい位さ。なあ、あんたは外から来たんだろ?ここは腐ってるとは思わないか?けど、ここが俺の故郷なんだ。離れようがない。墓もまともに立ててないしな。」
 いつの間にか出ていた言葉は、自らの本音。気づいたのは遅い。手で口を隠しても。
「もう、終わりか・・・。」
「おわりじゃないよ。」
 自嘲的な笑みを浮かべたミルラに反して、夜は不敵に笑った。見ると青い光が夜の体を覆い、血が出ていた箇所や、青あざがきれいに治っていた。
「やっと時間が来た。じゃあとっとと出ようっと。」
「は??」
 夜の言葉にミルラはただ呆然とするばかりだ。夜は牢の中で、一本の鉄棒に手を握り、
「冷たき鉄は、さびの色。色はただ滅びを望むばかり・・・。」
 呪文のような、何かを口にした。たったそれだけの事。牢は溶けて消えた。ただそこに残ったのは、冷たい土のみ。呆然と立ちすくむミルラに、夜は手を差し出した。
「来る?僕と一緒に行ったら町の外に出られるよ。」
ミルラは手を差し出した。そのまま二人は上へ、走り出す。窓から見ると外は、もう夜になっていた。赤い月が見える。夜はそれを確認すると、
「そろそろかな。」
 小さくつぶやく。それはミルラには聞こえない。
「我望む ここの民決して力に屈する事なし 見えぬものは立ち去り、ここに在るものの名は 自由」
「何だよ?それ。」
 いぶかしみ、問いかけるミルラに、
「これで君を縛るものはいなくなったって事。」
 夜はただそれだけをいうのみ。夜はそのままミルラに向かい合う。
「ミルラ、君は昼だよ。」
「はぁ?」
 いわれたことに理解しかねる、といったニュアンスを含んだ反応に、夜は困ったように頭をかき、
「まあ、ついてきて。それで分かると思うから。」
釈然としないままに、ミルラは夜という不可思議な少年の後を追った。
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