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祭の夜

「お母さんなんて大嫌い!」
 大声を出しても、これだけうるさいとすぐにかき消されてしまう。
 あたしの住んでる町ではお盆の三日間近所の神社でお祭りが開かれる。今日はその最終日。テレビではUターンラッシュがピークだって言ってたにもかかわらず、神社は人であふれかえっていた。
『ごめんなさい。仕事で遅くなるの。だから――』
『そればっかり! いいもん、あたし一人でいくもん!』
『真由(まゆ)……っ!』
 浴衣(ゆかた)なんか着てくるんじゃなかった。これじゃ歩きにくいだけだ。草履(ぞうり)も埃まみれ。手さげ袋の巾着(きんちゃく)も地面すれすれのところでゆれている。
「……もう帰ろっかな」
 右を見ても左を見ても知らない人ばっかり。友達と会えるかな、って思ったけどこんな時にかぎって誰もいない。
 一人でいてもつまんないや。遅くまでいてもお巡りさんにつかまるだけだし。やっぱり帰ろう――
「君、一人?」
 呼び止められたのはそんな時。
 声をかけてきたのは浴衣姿の男の子。キツネのお面をかぶってるから顔は見えない。
「あなただーれ?」
「迷ったの?」
 あたしの質問と男の子の声が重なる。男の子の質問にあたしは首を横にふった。
「これから帰るとこ。あなたは?」
 聞き返すと男の子は『うーん』と首をひねったあとこう言った。
「僕は遊びに来た。年に一回のお祭りだしね」
「遠くから来たの?」
 そう聞くと男の子は首を縦にふった。
「ずっとずっと。とても遠いところから」
「遠くって外国?」
「それよりももっと遠いところ。歳をとったら必ず行けるところ」
 そんなのわからないよ。あたしまだ子供だもん。
「ね。せっかくだから遊ぼうよ」
「え?」
「これから帰るとこだったんでしょ? 僕一人なんだ。少しだけつきあってよ」
 そう言ってお面ごと頭を下げる。その仕草がおかしくてあたしは迷わずうなずいた。
「うん。遊ぼう」

 浴衣に顔にぴったりつけたお面と男の子にしては珍しいはずなのに、周りは何も言わなかった。やっぱりお祭りだからかな?
「お面、とればいいのに」
 歩きながら話す。あたしだったら息苦しくてすぐにはずしちゃう。
「話すのには不都合ないよ」
「でもそれじゃ顔見えない」
「見たいの?」
「だって気になる」
 そう言うと男の子は声をあげて笑った。
「これは最後のお楽しみ」
 よくわからなかったけど、とりあえずそれで納得することにした。
 わたあめに射的にくじ引き。色々なところを見てまわる。さっき一通りまわったはずなのになんだか違って見えた。
「……とれない」
「やり方が悪いんだよ」
「そんなこと言ってもとれないものはとれない!」
 ビニール製の小さなプールの前であたしは金魚と格闘する。
「そんなに力むからいけないんだよ」
 笑いながら新しい網を手に取る。おわんの中に金魚が浮かんだのはそれから数分後。あたしは一匹もとれなかったのに。なんか悔しい。
「はい。今日の記念」
 そう言うと中身を全部あたしのおわんに移しかえす。
「いいの?」
「いいよ。持っててもしょうがないし」
 でも男の子はお金を払ってない。これっていけないことなんじゃ……
「お嬢ちゃんよかったね。ちゃんと取れて」
 そんな様子をみても屋台のおじさんは何も言わなかった。お祭りだからサービスしてくれてるのかな?
 ビニール袋に移された金魚を手にとって『ありがとうございます』とだけ言うとその場を後にすることにした。

 あたりはすっかり暗くなっていた。
 たくさんまわった。とっても疲れた。でも楽しかった。
「わ、もうこんな時間!?」
 腕時計の針は夜の八時二十分をさしていた。
「すっかり長居しちゃったね。もう帰りなよ。お母さんも心配してるから」
 『送ってくよ』と言ってさしのべた男の子の手をあたしは振り払った。
「心配、してるわけないよ」
「……え?」
「本当はね、お母さんとここにくるはずだったの」
 ずっと前から言ってたのに。お祭りには二人で来ようねって。『急に仕事で遅くなる』って来れなくなった。
「……約束してたのに」
 ちょっとだけ涙が出た。
 いっつもそう。運動会だって授業参観だって来てくれなかった。何かあるとすぐ『仕事だから』って。友達の親はちゃんと来てくれるのに。
「お母さんあたしのこと嫌いなんだ!」
 今度はたくさん涙が出た。
 しゃがみこんでわあわあ泣くあたしを男の子はずっと黙って見ていた。
「お母さんは真由(まゆ)のこと嫌いじゃないよ」
「……え?」
 今度はあたしが聞き返す番だった。
「真由もお母さんのこと嫌いじゃないでしょ? だからその浴衣着てるんでしょ?」
 あたしの隣にしゃがむと頭の上に手をのせる。ポンポンとたたくその手は不思議と心地よかった。
「……うん」
 お祭り用にってお母さんが買ってきてくれた。今日のためにって。
「帰りなよ。お母さんきっと心配してるよ」
「でも『大嫌い』って言っちゃった」
「ごめんなさいって言えば大丈夫だよ」
 そう言って男の子はキツネのお面をあたしの頭にかぶせた。
「おまじない。ちゃんとお母さんと仲直りできるように」
 また頭をポンポンと軽くたたくと立ち上がった。
「帰るの?」
「また来年来るよ」
 お面をはずした男の子の顔はどこかなつかしい感じがした。
「来年は二人で来るんだぞ? もうお母さんとケンカしちゃダメだよ?」
 どこかで会ったことがある。それもつい最近。あれは――
「それじゃあまたね。真由」
「まって!」
 お面を取ると慌てて呼び止める。あたし、自分の名前が『真由』だって一回も言ってない! 浴衣のことだって何で知ってるの?
「あなたはだれ?」
 初めにあった時と同じ質問をする。
「僕は――」
「真由ちゃん!」
 男の子の声とよく知った女の人の声が重なる。その声は――
「お母さん!」
「真由ちゃんやっぱり一人できてたのね」
 お母さんは肩で息をしていた。もしかして走ってきたのかな?
 手にはさっきもらったキツネのお面があった。
『おまじない。ちゃんとお母さんと仲直りできるように』
 お面をつけるとお母さんにむかってぺこりと頭をさげた。
「……ごめんなさい。心配かけて」
 本当はわかってた。お母さんもわざと約束やぶったわけじゃないんだよね。あたしのために夜遅くまで働いてくれてるんだよね。
「お母さんのこと大好きだよ」
 そう言って手をぎゅっとにぎる。
「お母さんも真由のこと大好きよ」
 お母さんも笑ってあたしの手を握りかえした。
「ずっと一人でまわってたの?」
「ううん、男の子と一緒に――」
 振り返ると男の子の姿はもうなかった。
「男の子? さっきから誰もいなかったわよ?」
 お母さんが首をかしげる。
「いたもん! さっきまで一緒にいたもん! これくれたんだもん!」
 金魚とってもらってキツネのお面くれて。
 はめていたお面をまた手に取る。右手には元気よく動き回る金魚。どちらも偽物じゃなかった。
 目の前を一匹の虫が通り過ぎていったのはそんな時。それは――
「あら。今年はもう来たのね」
 お母さんが虫を見て目を細める。
「もしかしたらお真由が会ったのはお兄ちゃんだったのかもね」
「お兄ちゃんってこの前お参りに行った?」
 あたしには歳の離れたお兄ちゃんがいた。あたしが生まれる前に死んじゃったけど。お菓子お供えしてお祭りのこと言ったんだ。『浴衣きてお祭りに行くの。だからお兄ちゃんも遊びに来てね』って。
 そっか。だから来てくれたんだ。だから全部知ってたんだ。
「蜻蛉(とんぼ)はね、死んだ人の魂をのせて運んでくると言われてるの。もしかしたら一足早く連れてきてくれたのかもね」
「きっとそうだよ!」
 蜻蛉を見てあたしもうなずいた。
 きっとあたしとお母さんがケンカしたの遠くで見てて心配してきてくれたんだ。一人で寂しくないように一緒に遊んでくれたんだ。
「またお兄ちゃんのお墓おまいりに行こうよ!」
「そうね。行きましょう」
 来年来るって言ってたもん。また会えるよね?
 手をつなぎながら、笑いながら、あたしとお母さんは神社を後にした。
 
 そして夏休みもあとわずか。あたしの部屋にはキツネのお面がかざられることになった。
 小さな水槽の中、今でも金魚は元気よく泳いでいる。




「夏休みの友」に投稿したものです。ひと夏のエピソード。ちょっと童話チックですね。子供の作品てなにげに難しいです。
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