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● Fairy tail  --- 第二話 妖精と男(ヤロー)共 ●

「…と、言うわけなの」
「どんなわけだ」
 返ってきたのはそっけない返事だった。



 妖精―ユキを家に連れ帰り、事の一部始終を兄貴に話したのはついさっきのこと。
「そもそも、『アタシの部屋で妖精が寝てたの』って言われて、はいそうですかと信じる奴がいるか? いたらいたで、そいつかなりやべーぞ」
 う、確かに。
「それで?」
「は?」
「見せてみろって言ったんだよ。でないと確かめようがないだろ。『百聞は一見にしかず』だ」
「…………」
「なんだよ」
 やっぱ兄貴はすごい。
 なんでアタシが妖精に詳しいかというと、なんてことはない。ほぼ間違いなく兄貴の影響だったりする。漫画とかゲームとか。暇つぶしにはもってこいだったから。
 兄貴はアタシより一つ上の19歳。大学一年でアタシより早く受験地獄から脱出していて、今はバイト三昧の生活にあけくれている。
「ほら、ユキ。兄貴に挨拶して」
 机の上でケーキにかぶりついている(さっき食べたばっかなのに)ユキにうながす。
(なんでおれがテメーの兄貴に挨拶しなきゃなんねぇんだ)
 う。相変わらず口悪い。
「姿を見せないと協力してもらえないでしょ」
(協力?)
 ユキが怪訝な顔をする。
「アンタの記憶を取り戻すための協力よ」
(なっ!?)
「記憶を取り戻したいんじゃないの?」
 てっきりそうだと思ってた。
(……そりゃあ、できるものならそうしたい。けど今までだって無理だったんだ。そんな簡単に記憶が戻るわけねーだろ!)
「やってみなきゃわからないじゃない。アタシ、アンタの力になりたいの」
(…………)
「妖精とやら、一つ言っとくけど、そいつ、明らかに下心あるぞ」
 兄貴が缶ジュースを飲みながらつぶやく(見えてないから視線はユキと別方向だけど)。
(なんだよそれ)
「いやー、ちょっと記憶を取り戻す代わりにお願い事を聞いてもらえないかなー、なんて。てへっ♪」
(…………)
 さっきとは違った意味の沈黙を、笑顔で誤魔化したりする。
「でも力になりたいって思ったのはホントよ?」
 ただ、好奇心と野心がそれよりもちょっと上回ってるだけで。
(だいたい、おれの記憶を取り戻したら願いを聞いてもらえるって発想、どこからきたんだ?)
 ユキが鋭いまなざしを向ける。
「妖精ってそんなもんじゃなかったの?」
(もしそんな力があるんだったら自分のために使ってるだろーが) 
 う。それは確かに。
「とにかく、おまえはその妖精とやらの記憶探しをしたいってわけだ」
 ジュースを飲み終えた兄貴が、こっちを見る。
「うん。よく言うじゃない。『三人寄れば文殊の知恵』って」
「三人じゃないだろ」
「アタシと兄貴とユキで三人でしょ」
 もっとも、ユキは妖精だから人に入るかわからないけど。
「俺は協力するなんて一言も言ってないぞ。バイトが忙しいんだ」
「そんなぁ」
(残念だったな。これでテメーの願い事とやらもチャラになったわけだ)
「ううう」
 アタシがなんとも情けない声をあげていると、見るに見かねたのか、兄貴がこう言った。
「要は協力者がほしいってことだろ? だったら、とっておきの奴を用意してやるよ」



「何かと思って来てみれば……」
『とっておきの奴』と呼ばれた人は、家に着くなり大きなため息をついた。
「暇つぶしにはなるだろ」
「先輩、オレ暇じゃないんですけど」
 そう言って、『とっておきの奴』――男の子はさらにため息をつく。
「おまえ、この前のバイト遅刻したろ。その時の穴をうめてやったのは誰だ?」
「う」
「あの時言ったよな。『借りは今度返します』って。今返さなくていつ返すんだ?」
「うう」
男の子の額に、うっすらと汗がにじむ。
「恩を返さないって、そんなふとどきな後輩を持った覚えはないけどなぁ」
「先輩、それって脅迫って言うんですよ」
「そうとも言うなあ」
「…………」
 脅迫だ。明らかに脅迫だ。でも言わない(せっかく協力してもらえそうだし)。
「美由希、こいつ、ゆき」
「ゆき?」
 ユキと同じだ。まあ、あだ名なんだろうけど。
「先輩、その呼び方何度言ったらやめてくれるんすか?」
「かわいくていーじゃん」
「ヤロー相手に可愛いも可愛くないもないでしょ」
男の子が―ゆき君が苦笑しながらこっちに向き直る。
「坂井です。えーと、よろしく」
 ゆきと呼ばれた男の子が挨拶した。
「よろしく、ゆき君」
「……先輩の妹だけあっていい性格してますね」
「そう?」
 なぜか顔が引きつっていたけど、気にしないことにする。
「ほら、ゆき君にも挨拶して」
(…………)
 もう一人のゆき―ユキに呼びかけるけど、こっちはケーキを食べることに夢中になってた。
「でもオレ、信用したわけじゃないっすから」
「う」
「そもそも、『妹が困ってるみたいだから手伝え』って言われて来たんすよ?『妖精の記憶探しを手伝え』って言われても」
(まあそれが普通の人間の反応だろ)
 ケーキを食べながらユキがつぶやく。
「アタシは違ったじゃない」
(テメェが非常識なだけだ!)
「だいだい、妖精なんてゲームならまだしも『ここにいます』って真顔で言われたら正気を疑いますよ」
 う。そこまで言わなくても。
「もっとも目の前に現れたら別ですけど。大方、虫か何かと見間違えたんじゃないんすか?」
(なんだとテメー言わせておけば!)
『虫』と言われたのが気に食わなかったのか、ユキがゆき君に体当たりをかます。
「てっ!」
(誰がそんな人間に頼むか!おれは虫じゃない!)
 ……やっぱり『虫』って言われたこと気にしてたんだ。
「誰が頼まれるか!おまえみたいな小動物に!」
(誰が小動物だ!)
「おまえ以外に誰がいるんだよ! ああ、羽が生えてるから虫か?」
『…………』
 目の前で口論らしきものが繰り広げられていく(見方によっては危ない独り言だけど)。 
 でも、アタシと兄貴はそれを唖然として見ているだけだった。
「ゆき、もしかして見えてる?」
 兄貴がアタシより早く、それを口にする。
「………!!」
「ちょっとゆき君!」
 アタシ達の制止も聞かず、ゆき君が後ずさる。
「見なかった! オレは何も見なかった!」
 そのまま、家から出て行こうとする……
「まだ話は終わってないぞ、ゆき」
 けど、兄貴の手がそれを阻止した。
「ゆき、妖精が見えるのか?」
 再び同じセリフを、今度は確信を持って言う。
「見えるわけないっすよ。第一、先輩コレ見えます?」
 ゆき君がコレを―ユキをしっかり指差して言う。
「うんにゃ。」
「ほら。先輩に見えなくて、オレに見えるわけがないじゃないですか」
「だそーだが、美由希、そうなのか?」
 兄貴がアタシに聞いてくる。
「ゆき君には見えてるよ。指差してる方向がユキと同じだもん」
「う」
「さっき言ったよな。『目の前に現れたら別だ』って」
「うう」
 ふたたび彼の額に汗がにじむ。
「約束だったよな。ちゃんと守れよ」
 ついに観念したのか、ゆき君はがっくり肩を落とすとこう言った。
「……今回だけですよ?」
「当たり前だろ。可愛い後輩のためだ」
 そう言う兄貴の顔は、明らかに目の前の人物の反応を面白がっていた。
 
 こうして、ユキの記憶探しに新たな助っ人が加わった。
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