番外編競作 その花の名前は 参加作品

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 EVER GREEN番外編

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向日葵

椎名かざな

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 それは、母さんが好きな花だった。

「この花はね、母さんが大好きな花なの」
 そう言って、母さんは笑ってた。
「この花はね、いつもお日様のほうを向いて咲いてるのよ?」
「ホントだ。じゃあ太陽の花だ!」
「そうね。お日様の花。――そして、あなたの花よ?」
「おれの花?」
「そう。『日はまた昇る』あなたはお日様なの」
「そーなの?」
「おいおい、こいつはまだ10歳だぞ? ガキにそんなこと言ってもわかりゃしないって」
「ガキってなんだよ! おれもう10歳だぞ!」
「はいはい」
「わたしから言わせてもらえれば、あなたのほうがよっぽどガキに見えるけど?」
「まどか……」
 そう言って、親父は一人しょげていた。
「やーい、ガキ!」
「息子の癖に生意気な!」
「どっちもどっちよ。……ったく。帰ろっか。もう日も暮れたし」
「もう帰るの? ……また、ここに来れる?」
「あったり前だろ? いつだって来れるさ」
 親父がおれの頭をクシャクシャとなでる。
「昇はこの花が好き?」
「うん!」
「よかった。じゃあ三人でまた来ようね」
 そう言って笑った母さんの方が――よっぽど向日葵みたいだった。



「……また来たよ」
 あれから五年の月日が流れた。
「母さん、オレ、新しい家族ができたんだ」
 目の前には前と変わらない景色が広がっている。……でも、一緒に来ようと言ってくれた人はもういない。
「それも二人もいっぺんに。新しい母さんと、姉貴。二人とも、とってもいい奴なんだ。これって、多分、とっても幸せなことなんだと思う。けど……時々思うんだ。オレ一人、幸せになっていいのかって」
 向日葵(ひまわり)畑の中で、誰にでもなく一人淡々と語りかける。
「……オレ一人、生きていていいのかなって」
 返事は返ってこない。それでも、言わずにはいられなかった。
「でも、それじゃあダメなんだよな? 泣いた後は無理してでも笑わなきゃ」
 目じりにたまっていたものを強引にぬぐい、顔を上げる。
「『本当の親不孝』をしないですむよう、そこで見守っていてください」
 それだけ言うと、きびすを返し、もと来た道を歩きはじめた。



「昇くん!」
 そこには義理の姉――椎名まりいの姿があった。
「椎名? 待っててくれたんだ」
「うん。……心配だったから」
「オレってそんなに頼りない?」
 椎名にまで言われたらおしまいだよな。
 目のはしにたまっていたものを(もう拭いたと思ったけど)、再び強引にぬぐう。
「…………」
「椎名?」
「だから……なんだね。家にあの花が生けてあるのって」
「? ……ああ」
 確かにアレは、仏壇に供えるにはあまりにも不釣合いだろう。
「本当は別のがいいんだろーけど。でもやっぱりあの花じゃないとダメなんだ」
「そう……」
 正直、あの花をみると胸が詰まる。
 でも母さんが好きな花だから。……三人の思い出の花だから。
「昇くんって、ご両親によく似てるよね」
「え?」
「能天気なところとか、一緒にいると元気が出るところとか」
「……なんか、褒められてるのかけなされてるのかわかんないな」
「ほめてるんだよ。私にはない長所だもん」
「…………」
 なんか……素直に喜べないのはなぜだろう。
「昇くんはお母さんのこと好きだった?」
「……まぁね。笑顔が向日葵みたいだったってのはオレも同感だし」
 親父がよく言っていた。
 とりたてて美人じゃなかったけど、一緒にいると安心できて、その笑顔に惚れたって、真顔で話してた。
「あれからもう五年もたつんだよなー」
 椎名から少し離れたところで立ち止まり、目をつぶる。
「事故……だったんだよね」
「うん……」
 そのまま、静かに時は流れる。
「母さんさ、オレの目の前で死んだんだ」
「……え?」
「元々体は強い方じゃなくて、その時一時的に退院できたんだ。オレ嬉しくて、うかれてて。……うかれすぎたんだよな。目の前に車が来ていることなんか全く気づかなかった」
「…………」
「ひき逃げだってさ。……即死だった」
 目の前には赤い血。ただひたすらに赤い。赤い――
「巻き込まれないようにオレを突き飛ばして。……はじめは、母さんが死んだのはオレのせいだって何度も考えた」
「…………」
「でも、それじゃつらすぎるもんな。だから、オレは生きる。母さんのぶんまで。母さんのぶんまで幸せになろうって……そう決めたんだ」
 それが、オレにできる唯一のことだから。
「ごめん。辛気臭くなったな」
「そんなことない。……昇くんは、強いんだね」
「強くなんかないって。ただ、そう考えないとつらすぎるし」
 もっとも、そう思えるようになるまでかなり時間がかかったけど。
「昇くん」
「ん?」
「さっきの長所に一つ付け足しておくよ。昇くんは向日葵みたいな人だって」
「え……」
「まどかお母さんは、本当に向日葵みたいな人だったんだね。そうじゃなかったら、昇くんみたいな男の子が生まれてくるわけないよ。お日様の光を体中に浴びて、みんなに元気や安らぎを与えてくれる。だから、昇くんはもっと幸せにならなきゃ」
「…………」
「……って、なんだか恥ずかしいこと言っちゃったね」
 そう言って、椎名が恥ずかしそうに笑う。
「………………」
「昇くん?」
「………………」
 ふいに、目の前の女の子を抱きしめたい衝動に駆られた。
「……昇くん!?」
 椎名が体を強張らせているのがわかる。でも、オレはそうしたかった。
「……ありがとう」
 そう言って、額を彼女の肩に押し当てる。
「……帰ろう。お父さん達心配してるよ」
「……そーだな」
 お互い、照れくさそうに体を離すと、家路に向かって歩き始めた。

『おれは母さんのぶんまで幸せにならなきゃいけない』
 五年前のあの日が鮮やかによみがえる。

 別に悲しいことがあったわけでもないのに、目頭が熱かった。

FIN


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掌編

  向日葵

 椎名かざな

番外編紹介:

ごく普通の高校生だったオレ。それが、気がついたら異世界に、もっと気がつけば、公女様の護衛と極悪人の弟子になっていた!?誰か、オレに平穏無事な眠りをください。
主人公、昇(のぼる)の地球でのとある一日。あの日を、あの花を、オレは忘れない――

注意事項:

注意事項なし

(本編連載中)

(本編注意事項なし)

◇ ◇ ◇

本編:

 EVER GREEN

サイト名:

 五月十八日。

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