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● 家族写真 ●

第五話

 椎名の体調は日に日に良くなっていった。発作も前に比べればずいぶん軽いものになったし医者の話だと今後は入院する必要もないそうだ。
 親父と一緒に見舞いにも行った。はじめはぎこちなかったけど次第にうちとけるようになった。これは正直嬉しい。やっぱりあれだ。人間最後には気力がものをいうんだな。
 その後、椎名は無事退院し、一週間後改めて四人で食事をすることになった。
 ちなみに食事の時に一番緊張してたのは親父だった。なんでもこの前の夕食で使うはずだった勇気を見舞いの時に使い果たしただとか。人にはさんざん言っときながらこれだ。一体何度フォローしたことか。
 そして。
「昇ー。準備できたか?」
「とっくにできてる」
 季節は流れ、新しい春を迎える。
「あー! ネクタイが決まらない!」
「早くしろって。入学式から遅刻ってオレ絶対嫌だからな」
 柄にもなく鏡とにらめっこをする中年親父を見ながら仏壇に手を供える。
 
 母さん。そっちはどうですか? オレは元気でやってます。
 親父はつかささんと再婚しました。姉貴もできました。今日から一緒に暮らすことになります。
 高校にもちゃんと合格しました。これから行ってきます。
 母さん、オレは――
 
「一人で溜め込むなよ」
 背後からそう言って頭を叩かれる。声は確認するまでもない。
「溜め込んでなんかない」
「ならいいけどな。本当に泣きたい時はちゃんと泣けよ? お前は母さんに似て妙なところで強情だからな」
「それはどっちの母さんのこと?」
 そう言うと、背後の人物はそれっきり答えなかった。我ながら意地悪な質問。けど、こんな時だからこそ聞いとかないといけない。
「……父さん」
「ん?」
「母さんのこと、好きだった?」
 向き直ってまっすぐに。親父の目を見据えて言う。いつもならこんなセリフ恥ずかしくて言えない。けど、こんな時だからこそ言わなきゃいけない。つかささんは公衆の面前で堂々と言った。親父ならどうする?
 数秒後、予想通りの答えが返ってきた。
「あったりまえだろ。ハニー以上の女はいないぞ?」
「『ハニー』はやめろ」
 ジト目で言うと、親父は豪快に笑った。
「そうそれ! まどかもお前くらいの歳によく言ってたな」
 親父とまどか――母さんは幼馴染。物心ついた頃から一緒にいて、そのまま一緒になったんだそうだ。そしてオレが生まれて。本当にひねりもなんもない。けど幸せだったってオレに言ってた。
「あのさ。たまには思い出してやれよな」
 目を見たまま静かに言う。
「母さんのこと。オレは忘れないから」
 つかささんのことが嫌いってわけじゃない。嫌いだったらそもそも再婚に賛成するわけない。でもそれとこれとは別だ。
 再婚したら自然と母さんのことを忘れていくだろう。それは悪いことじゃない。でもオレは忘れない。忘れたらいけない。
 親父はオレをじっと見た後、真面目な顔でこう言った。
「お前さ、何か勘違いしてないか?」
「え?」
「忘れることと消えることは違うぞ?」
 今度は頭を豪快に撫でつけられる。
「人なんだから忘れることだってあるだろ。それともなにか? おまえは一年前の夕食のメニュー覚えてるか? 十年たっても今日のこと確実に覚えてるっていうのか?」
「そんなの覚えてるわけないじゃん」
「それと一緒だよ。
『まどか』は『まどか』、『つかさ』は『つかさ』だからな。俺はつかさが好きだから結婚した。でもまどかのことは忘れはしても絶対に消えない。いや消さない」
 それは、ある意味つかささんに失礼なことなんじゃとも思う。けど親父らしい考えで笑えた。
「もっともそう簡単に忘れてなんかやらないけどな」
 本当に親父らしい。
 そうだ。再婚が嫌だったんじゃない。忘れることが嫌だったんだ。たくさんのことを忘れる。どーでもいいようなことや楽しいこと。悲しいことも全部。母さんを忘れる――母さんの存在が消えてしまう。それが怖かったんだ。
「ほら行くぞ」
 ようやく手を離し玄関に向かう。その時の親父の後姿は素直に格好いいと思った。
「忘れても消えない、か」
 親父の言葉を口の中で反芻する。それはただの気休めだったのかもしれない。けどオレにとってはそれで充分だった。
 消えないなら、いつか思い出せるだろうか。時々夢に見る怖いもの。懐かしくて哀しくて、怖くて。けど何よりも大切なもの。
 って――
「一体何する気?」
 家を出て目にしたものは。
「写真なんてずいぶん久しぶりね」
 スーツ姿に化粧をしたつかささんと。
「本当にやるの?」
 オレと同じ学校の制服を着た椎名と。
「入学記念だ。これくらいやっとかないとな」
 同じくスーツ姿でカメラを手にする父さん。
「この歳で記念撮影ってハズいんですけど」
 っつーか、ここ普通に道だし。
 道端で記念撮影なんて……小学校の時やってたな。確か。けど今は高校生。恥ずかしいことこの上ない。現に通行人の視線が突き刺さるし。
「いいだろ別に」
「っつーか、学校遅れるし」
「今タイマーかけたからな。早くしないと遅れるから一回できめるぞ」
 そう思うならするなよなー。と言ったところでもう遅い。
「……仕方ないか」
 嫌がる反面少しだけくすぐったかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 こうしてオレ達は家族になった。
 写真たての中、四人はみんな笑ってる。
 
 家長、大沢勝義。
 妻、つかさ。
 長男、昇。
 長女、まりい。
 
 もっともオレだけは別の感情も生まれてしまった。
 それは――
「昇くん?」
「なんでもない」
 不思議そうに顔をのぞきこむ姉に慌てて視線をそらす。
「他の写真もあるから見よーぜ」
 悟られてはいけない。オレ自身まだよくわからない代物なのだから。
 きっと一時的なもんだ。同年代の女子が一つ屋根の下に住むことになってなんとも思わない奴はいない。時期がくればなんとも思わなくなる。
 
 オレの姉になった人。そいつの名前は大沢まりい。
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