EVER GREEN 番外編
弟子の受難。その1
可愛い子には旅をさせろってよく言うけどさ。
まあ確かにそりゃ一理あるとは思う。楽ばっかりしてれば人間落ちぶれるだろうし、ろくな人間にはなれない。
けどさ、これはどーみてもあんまりだろ。
「――と、オレは思うんですが」
「あきらめなさい。人として誰もが一度は通る道なんですから」
オレの抵抗も、目の前の男の声に一瞬にしてかき消された。
「弟子がかわいくないのか」
「知らないんですか? 獅子は我が子を谷に突き落として這い上がってきたものを育てるというじゃありませんか。これも師匠の深い愛情です」
どう考えても、こんな愛はないと思う。どう考えても人が苦しむさまを見て楽しんでいるようにしか見えない。オレとしてはむしろ、そこはかとない殺意を覚える。
「これも試練です。大丈夫ですよ。これを終えれば、きっと輝く未来が待っているはずですから」
そんな未来はいらない。何が悲しくて、したくもない苦労なんかしなきゃならねーんだ。
と言っても、今回は自業自得なので黙ってされるがまましかなく。
「はい、出来上がり」
傍観者に徹していた公女様が、化粧道具の入った箱をしまう。
途端、あたりを不気味な沈黙が支配する。
「いつも思うけど、あなたってその格好すると急に映えるわよね」
とてつもなく不本意な言葉を浴びせられるも、原因を作ったのは他ならぬ自分自身。ここは黙って引き下がるしかない。
人間、旅をしていればそのうち金もなくなる。なくらなないようにするためには稼がないといけないわけで。
「勝負に負けたあなたが悪いんです。負けた人が勝った人の言うことをきくという約束でしたから」
目の前には巨大な洋菓子屋。その扉の前には『スタッフ募集。高賃金。ただし女性のみ』の張り紙が、異世界の文字ででかでかと書かれてあった。
「人間、人としてのルールは守るべきですよね。それではノボル。資金稼ぎ頑張ってください」
ヅラにロングスカートをはいた弟子を、師匠はとてつもなく爽やかな笑みで送り出してくれた。
ジャンケンをして負けたら女装させられたあげく、ただ働きさせられました。
大沢昇、十五歳。
平穏無事な安眠への道のりは、まだまだ遠い。
……頼むから、人としてごくまっとうな生き方をさせてください。
テーマ『試練』
お題 枷 沈黙 輝く ラジオ ルール 血 挑戦 道のり