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EVER GREEN 番外編

師匠と弟子と壷の一日

『師匠(ししょう)』
学問、芸術、武芸などを教える人。芸人に対する敬称の代名詞としても用いることがある。
『弟子(でし)』
師について学問や芸術などの教えを受ける人。また職人の徒弟。
『壷(つぼ)』
口がつぼんで胴のふくれた容器。
深くくぼんだところ。
サザエやタニシなどの石灰質の殻(某国語辞典より)。

「――他にもあるぞ? 宮中で建物や垣根に囲まれた中庭とか、図星とか」
「……ノボル。一つ聞いていいか?」
 教室の片隅で参考書を片手にショウが言う。
「お前、何してるんだ?」
「何って、暇つぶし」
 それに対するかのように、オレも辞書を片手にそう答えたのだった。
 夏休みも無事(?)終わり待っていたのは普通じゃない高校生活。
 自分でも忘れてるような気もしないでもないけどオレ大沢昇(おおさわのぼる)はれっきとした高校生。だから学校に通って勉強しないといけない。まあ今日の授業は終わってるしいつもはすぐ家に帰るんだけど。
 じゃあなんで学校に残ってるかというとショウに勉強を教えてるから。
 ショウは紺色のブレザーを着て机にかじりついている。なんでオレの学校の制服を着てかつ勉強しているかというと、色々あるので詳しいことはパス。
「別にここじゃなくてもオレの家でやりゃいーじゃん」
「あいつと鉢合わせするだろ」
 シャーペン片手にこのセリフ。今のを訳すると『まりいにカッコ悪いところは見せられない』になる。本人無自覚だけに余計手におえない。実はこいつってまりいに負けず劣らずの天然なんじゃって最近思うようになった。
「はいはい。未来の弟としましては心よく協力させてもらいますよ」
「なんか言葉にトゲがないか?」
「気のせいだろ。……ん?」
 再び辞書に目をやると、そこには気になる語訳があった。
「……ない」
「何が?」
「ほらここ!」
 読んでいた辞書をつきつける。そこには『壺』についての説明書きが載っていた。
「ええと……肝心、重要なところ。灸(きゅう)をすえる体の定まった位置?」
「もう一つ付け足すべきだ。ツボは鈍器だ。あれは絶対凶器だって」
 辞書を片手に握りこぶしを作る。後で『鈍器』を調べてみると鋭くない刃物、刃物以外の木刀、鉄棒などの凶器と書かれてあった。
「お前、実はバカだったんだな」
「うるせ。んなこと言ってる暇あったらさっさと続きやれって」
「お前が脱線させたんだろ」
 くだらない口論をはじめたその時。
「昇ー、いるかー?」
 オレンジに近い茶色の髪。やってきたのはクラスメートの坂井だった。
「あれ? 彰(ショウ)じゃん。二人して何やってんだ?」
「こいつに日本語教えてたんだ」
 ショウは帰国子女ということになっている。外国から来たという点では嘘は言ってないし。まあ実際は外国だけじゃなくて異世界からだけど。
「ツボ? お前帰国子女に何教えてんだよ」
 辞書をのぞきこみ目の前の悪友が呆れたように声をあげる。
「こっちの話。そーいやこれも凶器になる可能性大だよな」
 ページを閉じ凶器となりえるものを、辞書をまじまじと見つめる。ちなみに辞書じゃないが聖書でなら殴られた経験がある。どっちにしても使い方を間違っていることにかわりはないけど。
「そうそう。角で殴られた日にはもう」
「――って、殴られたことあるのかお前」
 そう言うと、友人はなぜかあさっての方向に視線をおよがせた。一体何があったんだ、坂井。
「とにかく。そんなに勉強したいんだったらあの先生に聞けばいいじゃん」
 視線を元にもどし軽く咳払いをするとオレ達に向き直って言った。
「あの先生?」
「アルベルト・ハザーだっけ。知り合いなんだろ?」
「そーだけど……」
 ショウだけじゃなく。なぜか極悪人も楠木(くすのき)高校にいる。しかも教師という肩書きつきで。夏休み前に勉強を教わったことはあったけどこんな形で目の前に現れるとは思ってもみなかった。
「あいつ絶対人間じゃないぞ。なんで目を通しただけで英語や数学が理解できるんだ」
「確かに。なんか不思議な人だよな」
 ショウと二人深々とため息をつく。
「そんなに気になるなら確かめてみれば?」
『は?』
 意味がわからず二人して坂井の顔を見る。
「後をつけるんだよ。幸いまだ学校にいるみたいだし。あいつが普段どんなことしてるか気にならない?」
『……気になる』
 かくして三人の極悪人追跡劇が始まった。


「なんでお前までついて来るんだ?」
 職員室の前で三人耳をそばだてる中ショウがもっともな発言をする。
「言い出したのってオレよ? それにこんな面白そうなことほっといたら損じゃん」
 お前の頭の中はそれしかないのか。
「バイトはいーのか」
「今日は休み」
「あっそ」
 坂井には面白そうなこと、特にオレのこととなると首をつっこみたがる習性がある。こいつ曰く『昇といると飽きないから』らしーけど言われた方はたまったもんじゃない。
「……来たぞ」
 ショウの一声に再び視線を扉に向ける。
 片腕に書類を抱えアルベルトはやってきた。スーツ姿が妙にはまってるのは気のせいだろーか。
(違和感ないよな)
(あいつ実は地球の人間でしたってオチじゃないよな)
 坂井に聞こえないよう二人で耳打ちする。ショウと同じくアルベルトは空都(クート)の住人だ。にもかかわらず違和感が全くない。
「ハザー先生さようならー」
「さようなら」
 女子達が挨拶を交わすのを余裕の笑みで見送っていく。しかも声をかけられた女子は黄色い声をあげてたりする。
「なんであれでモテるんだ? 世の中って間違ってるよな」
 坂井の発言に二人こくこくと相槌(あいづち)をうつ。
 確かにあいつって美形じゃないけどそこそこの顔の造りはしてる。オレに言わせりゃエセ笑顔も女子にとっては極上の笑みだったりするんだろーか。さすが極悪人。黙っていれば好青年というだけある。
「って、グチってる場合じゃないな。追うぞ」
 自分で自分にツッコミを入れつつ後を追う。しばらくすると奇妙な光景に出会った。
「ノボル、あれってなんだ?」
 そこにいるのは二人の男子生徒。
 ガタイのいい皮肉げな目つきをした男が気弱そうな男子生徒からサイフの中身を抜きとろうとしている。これは俗に言う『カツアゲ』というやつなのでは。
 こんな田舎でもあったのか。全く嘆かわしいことだ――って違う! んなこと言ってる場合じゃない!
「おい――」
 声をかけようとしたその時だった。
「あなた達、一体何をしているんです?」
 聞きなれた声を耳にし、三人慌てて物陰に隠れる。幸い視線は別のものに向けられてたようでとがめられることはなかった。
「これは俗に言う『カツアゲ』というものですか? どこの世界でもこのようなことはあるものなんですね。嘆かわしいことです」
 さっきまでオレが考えてたことと全く同じ発言をしながら金髪碧眼の英語教師が二人に近づいていく。
「さすがにやばいよな。他の先生にでも知らせる?」
 坂井の言うようにアルベルトははたから見ればただの優男だ。対してもう一人はいいガタイをしている。体格からして力の差は歴然だ。……普通なら。
「……いや、もう少し待とう。仮にもあの人は先生だ」
「そーだな。仮にも教師だしな。やばくなったらその時はその時だ」
「お前ら、あの先生になんか恨みでもあるの?」
 額に一筋の汗をたらしてつぶやく友人を黙殺しことの行く末を見守る。
「あっち行ってろ。外人の出る幕はねーんだよ」
 目つきの悪い男子生徒はひるむことなく英語教師をにらみつける。ああ、それが間違いだってのに。英語教師は教師で、いつものエセ笑顔で生徒を見ている。
「いけませんねえ。そういう悪い子にはお仕置きが必要ですね」
 そう言うと何かを手にする。もしや、あれは――
 ゴンッ!
 何かの攻撃をうけ、男はあっけなく倒れる。
 傍目から見ても、すごく痛そうだ。オレっていつもあーいうことされてるのか。
「なあ。一つ聞いていい?」
「……何?」
「あのツボ、一体どこから出したんだ?」
『さあ……』
 坂井の質問に答えられる奴はいなかった。

「結局何もわからずじまいだったなー」
 後をつけること一時間。極悪人の行動は予想のつかないものばかりだった。さっきと同様、時には挨拶をかわし時には生徒に鈍器をふるい――笑顔で見送りながら極悪人は校内を歩いていく。
「あいつを知るにはこれくらいじゃ足りないってことだろ」
『言えてる』
 考えてみればあいつに始めてあったのは四月。あれから半年近くたってもわからないんだ。たった一日でわかるわけがない。
「あーあ。もうこんな時間か。見ろよ、先生も帰ってくぜ?」
 駐車場には一台の車。荷物を中に置くとサングラスをかけ颯爽と校舎を後にする。
 ……車?
「あいつ、車もってたのか」
「社会人だから普通じゃん?」
 いや、けど赤のスポーツカーはどうかと思うぞ? しかもサングラスかける意味はあるのか。
「っつーか、免許どこでとったんだ」
 本当にいつどこでとったんだ。
極悪人、得体が知れない。
「仕方ない。オレもう帰るわ。またなー」
 降参宣言を残し追跡劇の立案者は帰っていった。
「ノボルはどうする?」
 悪友の後姿を見送りながらもう一人の友人が声をかける。
「先帰ってて。ちょっと寄るとこあるし」
「わかった」


 寄るところとはなんてことない近所のスーパー。今日はオレの料理当番だった。
「冷凍もの特売日で助かったなー」
 一介の高校生らしからぬ発言をしながら家路を歩く。
「野菜はまだ残ってたはずだし今日は野菜炒めかー……ん?」
 道沿いにある公園でふと足を止める。そこには砂場で遊ぶ子供達と赤いスポーツカーがあった。
 アルベルトは公園のベンチに座っていた。何をするわけでもなく視線を子供に向けている。
「ここが、あなたの生まれ育った場所なんですね」
 それは独白というより誰かに言い聞かせているようだった。
「月日が過ぎるのは早い。本当ならあのままが一番なんだろう。でも俺は……」
 一体何のことを言ってるんだ? 全然わからない。
 それからあいつは無言だった。オレも帰るに帰れず二人して公園に居座るはめになる。
「……出てきなさい。そこにいるんでしょう?」
 沈黙をやぶったのは極悪人の方だった。
「夕方からずっとつけていましたね。何か用があったんでしょう?」
 げ。バレてるし。
 バレてる以上黙ってるわけにもいかない。買い物袋を片手にベンチに腰をおろす。
「わかってるなら声かけろよ」
「あなたこそ正々堂々と声をかければいいでしょう?」
 相変わらずのエセ笑顔でのたまう。こいつ、やっぱり得体がしれない。
「帰りましょうか。送っていきますよ」
 
「なあ。これどこで買ったんだ?」
 家にたどり着き、荷物を中に入れた後、これ――赤いスポーツカーを指差す。
「諸羽(もろは)の家からお借りしました」
「免許は?」
「無免です」
「なっ……!」
「そんなわけないでしょう。ちゃんとこちらの世界で取りましたよ。合宿免許というものを知らないんですか?」
 一瞬、大勢の学生に混ざって勉強するアルベルトの姿が思い浮かび噴出しそうになったけど慌てて表情をひきしめる。
「もう一つ聞いていい? アンタそれいつもどこから出してんだ?」
 それ――なぜか車の中にあったツボを指差す。
「企業秘密です」
「……もういい」
 聞いたオレがバカだった。
「少しは強くなれましたか?」
 サングラスをはずし目を細めて言う。
「まだこれから」
「早く強くなりなさい。私を見返すんでしょう?」
 確かにこの前言った。『絶対、強くなってやる。なってアンタを見返してやる』って。悔しいけどオレは弱い。だからこそ強くなりたい。そうは思うもののなかなか強くなれない。
「アンタはいーよな。強くてなんでもできて。怖いものなんてないんだろ」
「そんなことありませんよ。私だって怖いものの10や20はあります」
 普通『一つや二つ』だろ。しかも言ってる奴が奴だけにうさんくさいったらありゃしない。
「ちゃんと勉強するんですよ? 予習復習はかかせませんからね」
 教育者らしいセリフを言い残し英語教師は去っていく。最後まで、極悪人についてはわからずじまいだった。

『アルベルト・ハザー』
 エセ笑顔でとんでもないことをする極悪人
 なんだかんだ言って強い。
 とことんわけのわからない、オレの師匠(大沢昇 心の辞書より)。


ひのさんへのキリ番です。
えーと、リクエストうけたのは一体いつですか? 自分(滝汗)。
師匠の日常をということだったんですがかなりかけ離れたものになりました。ごめんなさい。本当にごめんなさい(平謝り)。

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