ドーン!
大砲にも似た大きな音があたりに響き渡る。
「そんなに耳ふさがなくても大丈夫だろ?」
右隣にいる息子に呼びかける。
「ふさいでるわけないだろ?」
嘘付け。しっかりふさいでいたくせに。
「恐いか?」
「恐くなんかないもん!」
ドーン!
「うわっ!」
ほれ見ろ。やっぱり恐がってた。
「恐くないならその手をどけてみたらどうだ?」
「うっ……」
そう言うと、それっきり黙ってしまった。面白い奴。
今日は花火大会。休みをとって、家族そろって花火の見える海沿いまでやってきた。
――のはいいんだが。
花火の音にびびって息子がなかなか見てくれない。
「いい年して息子と張り合うんじゃないの。そんなことして楽しい?」
「うん。とっても」
「…………」
左隣にいたかみさんは、冷たい一瞥をくれると小さくため息をついた。
「あなたって本当に変わらないのね」
「人間、そう簡単に変われるかよ」
「そうね。あなたの場合、特にね」
再び小さなため息。でも瞳は笑っていた。
「来年も来ようね!」
ようやく耳から手を離し、俺達に向かって小指を差し出す。
近頃、息子はしきりに約束をしたがる。理由はわかる。むしろばればれだ。
「そうね。約束」
かみさんも意図がわかったんだろう。くすりと笑うと指をからめる。
「ホント? 約束だよ! ほら親父も」
「俺もか?」
「うん! 花火大会見て、そのあと――」
本当にばればれだ。しかも、本人はばれてないと思ってやがる。
「ったく、仕方ねぇなぁ」
お互い、顔を見せあって笑うと、提案者と同じ高さに目線を合わせる。
「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーら針千本のーます!」
翌年。その約束は果たされなかった。
次の年も、果たされることはなかった。
そして――
外は雨がふっていた。
「花火大会中止かー」
せっかく休みとれたのにな。
「ダチと遊びにはいかねえのか?」
部屋の中でくすぶってる息子に呼びかける。
「昨日行った」
「うわー。お前って友達いないの? 寂しい奴」
「…………」
おや、珍しい。一言も反論しないとは。
「……見たかったんだろ。花火」
「……うん」
おや、珍しい。いつもなら慌てて反論するくせに。
「痛っ! なにすんだよ!」
後頭部をおさえながら振り返る。息子よ、もう少し反射神経鍛えろ。
「ほら行くぞ?」
「行くってどこにだよ?」
「海。どうせ暇なんだろ?」
手にした物を見ると、息子はだまってうなずいた。
雨はもうやんでいた。
「久しぶりだよなー。二人で花火なんて」
手にした物――花火セットとバケツを砂場に置く。
「すっげー嫌な光景だな」
仏頂面のまま、息子がぽつりとつぶやく。
「これってあれだな。はたから見たらどんな風に見えてるんだろうな」
「……帰る」
「うそうそ。冗談。頼むから見捨てないで!」
背中にかじりつくと、かみさんとよく似た顔で小さくため息をついた。
「前から思ってたけど、その妙にガキくさい口調やめたがいいって」
ガキのお前に言われたかない。
「じゃあさっさとやるか。あんまり長居はしたくないんだろ?」
袋から取り出したのは――
「シュールすぎ」
「味があっていいだろ? 文句言わないでさっさとやる」
「わかってるよ」
取り出したのは線香花火。派手な打ち上げ花火でもなく、ただの線香花火。
パチパチ……と、小さな音を立てて花火が燃える。
「……ごめんな。なかなか守れなくて」
片方の手で髪をがしがしと撫でつける。
「あいつも、どこかで見てるさ。母さんが約束忘れるわけねぇだろ?」
『花火大会見て、そのあと花火やるんだ! だから母さん早くよくなってね!』
こいつはわかっていた。かみさんの寿命がそう長くないことに。
約束でもしないとつらすぎたんだろう。俺だってそうだったのだから。
「覚えてたんだ」
「当たり前。可愛い一人息子との約束なんだ。忘れてたまるか!」
俺だって、できることなら約束守りたかった。三人で何度でも行きたかった。
でも、あいつはもういない。俺達の――息子の目の前でいなくなってしまった。それも、病気とは違う、全く別の原因で。
これは、弔いの花火。かみさんと息子との約束の花火。
「……父さん」
うつむいた状態で、息子がつぶやく。
「オレ、生まれてきてよかった? オレがいたから――」
相変わらず表情は見えない。ったく。こいつは。
「ふわっ!?」
「ばーか」
そのまま、頬を左右に引っ張る。
「お前が何を考えてるかなんてお見通しなんだよ。っつーか、ばればれ」
「……そこまで言うか」
手を離すと、赤くなった頬をさすりながら恨みがましく睨んでくる。わが息子ながら面白い奴。
「俺はお前にぜんぜん遠慮なんかしてないぞ? だから、お前も俺に遠慮なんかする必要ねえんだよ」
はたして言葉が息子に届いたかどうか。
「……うん」
一言そうつぶやくと、次の線香花火に火をつけた。
ったく、こいつは。
口ではわかったと言いながら全然わかってない。明らかに無理をしている。俺の息子だったらもう少し羽目はずしてみろってんだ。
でもお前はあいつじゃない。俺でもない。それでいい。
あいつはもういない。だけど、繋がっているものはある。お決まりのセリフだけど、あいつは俺達の中で生きている。
「母さん、見てるかな?」
「見てるに決まってるだろ。そうじゃなかったら無理矢理連れてくる」
「どーやって」
「気合いだ! 気合い」
「そんなんでどーにかなる問題じゃないだろ。ったく……」
それから息子は何も言わなかった。二人、黙って花火を続けていた。
なあ、かみさん。俺は約束守れたよな?
なあ、息子。来年もまた、花火しような。
……えーと。『俺』は35歳、『息子』は13歳の時の話になります。
「突発性企画『花火』」に参加させていただいた時のものです。ジャンルを色々考えた挙句、この作品の番外編とさせてもらいました。あえてノーコメントで。
Copyright (c) 2003-2007 Kazana Kasumi All rights reserved.
ヒトコト感想、誤字報告フォーム 送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。