HOME | TOP

EVER GREEN 番外編

甘いものと苦いもの

 実はっつーか今さらだけど、甘いものは好きじゃない。嫌いというわけじゃないけど自分からはすすんで食べない。
 じゃあなんでこんな状況かと言うと――
「メレンゲは角がたつまでちゃんと泡立てる!」
 自分でもわからない。どうしてこんなことになったんだろう。
「そこ! もたもたしない。いらないものは早めに片付ける。その方が後が楽だろ」
 いつもならそこそこ広い大沢家の台所は、なぜか混雑していた。右側にはまりい、左にはシェリア。それなりに嬉しいはずの状況なのに嬉しくないのはなんでだろう。
「卵は三個でいい?」
「あと一、二個増やして。卵黄と卵白に分けてな」
 なんでオレはせっかくの休日にもかかわらず、こんな格好してるんだろう。青のチェック柄エプロンがこんなにもしっくりしているのも何故だろう。
「砂糖は100グラム。ちゃんと量った……ん?」
 視線を感じて振り向くと、そこには泡だて器を握ったシェリアがいた。
「今日のあなたっていつにもまして輝いてるわね」
「泡だて器をふらない」
 言われるセリフは予想してたから即行で言い返す。 にもかかわらず右手の泡だて器は左右にぴこぴことゆれていたりするが。
「あなたほどエプロンの似合う男の子もいないわね」
「ほっといてくれ」
 もしかしなくても嫌味にしか聞こえない。 無視すると今度は背後から盛大なため息が聞こえる。
「そんなに嫌なら手伝わなきゃいいのに」
「別に嫌って言ってないだろ」
「言ってるわよ。眉間にしわよってるもの」
 再び無視して生地をオーブンに入れるタイマーをセットする。
 ピ、という電子音と共にオーブンの中がうっすら赤くなる。あとは焼きあがるのを待つだけだ。
「昇くん。待っている間出かけてきてもいいかな。飾りつけの道具買ってきたいの」
「いーよ。オレ見とくから」
 エプロンを脱いだまりいを手をひらひらさせながら見送る。パタンとドアが閉まると、台所に残されたのはオレとシェリアのみ。
「あのさー、口動かす他にすることないの?」
「ないから言ってるんでしょ。あと暇だったから」
 オレは暇つぶしですか。そーですか。
「じゃあこれでも見てろ」
 そう言って取り出したのは見た目によっては科学の実験に出てきそうな代物。
「……これ何?」
「今のオレそのもの」
 サイフォンにお湯とコーヒーをセットするとシェリアはきょとんとした顔をした。いくら地球の生活に慣れたとは言ってもこれはわからなかったらしい。
 上のロートから下のフラスコの中に少しずつコーヒーがたまっていく。二人分の量ができるとフラスコからマグカップに中の液体を移しかえる。
「要するにだ。現実はお菓子のように甘くはなく、むしろこのコーヒーのように苦いものだってこと――」
「失恋の痛手から立ち直れてませんって一言で言えばいいじゃない」
 セリフを言い切る前に事実を突きつけられ言葉を失う。
「お姉さんに頼まれたからお菓子作りを手伝ったと。でもそれをあげる相手はあなたじゃなくてお姉さんの彼氏なのよね? でもちゃんと手伝ってるんだからあなってバカよね」
 なぜか『お姉さん』を強調され、さらに追い討ちをかけられ今度は完璧に撃沈。ついでに泣きそうになったけどなんとかふみとどまる。
「お前、オレのこと嫌い?」
 涙目でマグカップを手渡すと、『そんなことはないけど』と口ごもってしまった。ならどーして視線をそらす。
 やがてアラームが鳴り、オーブンから甘い臭いがもれる。中から出てきたのは円形のスポンジケーキ。ケーキを半分に切り中に果物を入れる。その上から出来上がったばかりの生クリームをぬっていけば八割がた完成。
「ほら」
 出来上がったものを皿にのせて手渡すと、シェリアは泡だて器をフォークに変えて黙々と口を動かした。
「あなたって本当にいいお嫁さんになれるわね」
「嬉しくない」
 自分の分のケーキを口に運びながら苦笑する。
「……やっぱ甘い」
「アタシは今くらいでちょうどよかったけど?」
 っつーことは女子にはよくても男には難しいってことか。いや、でもまりいはこれをショウに食べさせるつもりだから甘くていいのか。どっちにしてもまだまだ改良の余地ありだ。
「このままだとバレンタインも自作のチョコになりそーだよな」
 自分で言っててシャレにならないことに気づく。まりいに頼まれてショウ(恋敵)へのお菓子作りを手伝っているオレは一体なんなんだろう。断ればいいのに見張りまでやってんだから我ながらバカとしか言いようがない。
 けど追い討ちをかけた張本人はきょとんとした顔をしてこっちを見ていた。
「甘いもの食べれないんじゃなかったの?」
「その日は別」
「どうして?」
「誕生日の次の日だから」
 素直にチョコレートが欲しいと言うのもシャクだったから別のことを言う。ちなみにこの日に本命から甘いものをもらったことは一度もない。一日遅れの誕生日プレゼント、かつ義理という条件付きでならあるけど。
「ふーん……」
 フォークを皿の上に置くとシェリアはぽつりと言った。
「わかった。じゃあアタシが作る」
「へ?」
「甘いもの作ればいいんでしょ? その日なら大丈夫なんでしょ?」
「あ、うん……」
「ほしいの、ほしくないの?」
 なぜか眉をつりあげて詰め寄ってくる彼女にたじろいでしまうのはなぜだろう。 でもここは悲しいかな男の性。素直に頭を下げてしまう。
「じゃあよろしくお願いします」
「まかせといて!」
 満面で胸を叩いた後、彼女はしごく真面目な顔でこう言った。
「ところでノボル。『ばれんたいん』って何?」
「…………」
 異世界にバレンタインという言葉はなかった。

 二月十四日。誕生日の翌日がお菓子のようになるか、コーヒーのようになるかは誰もわからない。
 それは、異世界の住人の地球でのとある一日。
ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2003-2007 Kazana Kasumi All rights reserved.